強制撤去②
アパートの階段を上る足音が、やけに重く響く。
「ルーク社長⋯⋯ここ、ですよね」
目指すアパートの前に立った瞬間、私は思わず身震いをした。
あれ?なんで?
今まで感じたことのない感覚。
昼間だというのに、そのドアの周りだけまるで真冬の深夜みたいにひんやりとした冷気が漂っている。私が住んでいた時には、一度も感じたことのない異様な空気。
あれ?いつもこんなだったっけ?⋯⋯なんかおかしい。
アパートの階段を上りすぐ目の前の部屋の前。
「うん。ここだよ」
ルーク社長は繋いでいた手をそっと離すと、ニコニコした笑顔でドアを見上げた。
でも、その赤い瞳は笑っていない。
「美鈴ちゃんは話に納得いってない顔してるけどさ。百聞は一見に如かず、だよ。⋯⋯入るよ」
ノックもせず、ルーク社長がドアノブに手をかける。
カチャリと鍵が開く音がして、静かにドアが押し開かれた。
「あら。いらっしゃい。」
暗がりの中から聞こえてきたのは、聞き覚えのある、あの優しいおばあちゃんの声。
息をのんで部屋の中を覗き込むと、そこにあったのは温かい生活の匂いなんかじゃなかった。
部屋の奥、薄暗い畳の上にぽつんと座っているおばあちゃん。その足元には、カビとホコリに塗れた大量の骨⋯⋯がうずたかく積まれていて、部屋中から悪臭が立ち込めている。
ほ⋯⋯骨?
「あらぁ?久しぶり。最近見かけないとおもってたら。引っ越ししたのかねぇ?あんたも狙ってたのにねぇ。早くやっちまえばよかった。」
ニコニコと笑いながらおばあちゃんが私の前にふわっと飛んでくる。
「ヒッ⋯⋯!」
「ちょうどいいから。喰っちまおうか」
私の目の前でおばあちゃんはニヤリと笑う。
私は声も出ず、後ずさりすると、ルーク社長が私の前にそっと片手を差し出して庇った。
「ねぇ、ばーさん。すごいなそれ。その姿になってからいったい何人喰ったの?」
ルーク社長の声からは、先ほどまでの愛らしさが完全に消え失せていた。
冷たく、突き放すよう重い響き。
おばあちゃんのニコニコしていた顔が、ピクリと止まる。
「⋯⋯なんのことかねぇ?かわいい子ども。子どももやわらかくてさぁ⋯⋯」
おばあちゃんの首が、あり得ない角度でギギギ……と横に折れ曲がった。
部屋の隅々にちらばる骨が、まるで意思を持った蛇のように蠢き始める。
「邪魔しないでぇぇぇ!!」
首が真横に折れ曲がったまま、おばあちゃんの口が耳まで裂けた。
ガラガラと骨の山が崩れ、どろりとした漆黒の殺意となって部屋中に吹き荒れる。
「ひっ! な、なにっ!?」
私はあまりの恐怖と悪臭に呼吸さえ忘れてへたり込んだ。
ルーク社長は私の前に立つと、そのおばあちゃんだったものを見つめる。
「生前は殺して喰って庭に埋めて⋯⋯死んでからも人に取り憑いて喰い続けてさぁ。こんなになるまでとはね。もう見た目は化け物じゃん。人間であったこともわからないね。それだと。」
押し寄せる殺意の嵐を前にしても、ルーク社長は眉一つ動かさない。
ポケットに両手を入れたまま、退屈そうに息を吐く。
「⋯⋯いや、もう人間ですらないただの『害虫』か⋯⋯」
ルーク社長が、トン、と小さく床を蹴った。
次の瞬間、化け物の放っていた凄まじい妖気がまるで目に見えない壁に激突したかのように一瞬で弾け飛ぶ。
散らかる骨が一瞬にして消え去った。
「ギギ!? な、なに……あんた何者ォォ……!?」
悲鳴を上げる化物を見下ろすルーク社長の赤い瞳が、部屋の闇を切り裂くように怪しく不気味に発光した。
「んふふふ。そんなもんか?ばーさん?」
「ギギギギギギ」
「もう声も出せない?もうただの化け物だしね。」
ルーク社長は目を細めてその化け物を見つめる。
その瞬間、弾け飛んだはずの黒い妖気が、狂乱した叫びとともに一気に膨れ上がった。
『殺す!喰⋯喰う喰ってやるぅ゙ぅ゙!!』
部屋中の空間が歪み、壁や天井から無数の黒い影が突き出してくる。
化け物の姿が大きく歪み、折り重なる骨と黒いモヤを巻き込んで、天井に届くほどの巨大な蜘蛛のような巨躯へと変貌した。
鋭利な爪がルーク社長と私に向かって振り下ろされる――!
あまりの威圧感に、私は悲鳴すら出ず目を瞑った。
――ズドォォン!!
凄まじい衝撃音が部屋に響き渡る。
けれど、痛みが来ない。恐る恐る目を開けると⋯⋯
ルーク社長はポケットに片手を入れたまま、もう片方の手の指先一本で、部屋を押し潰さんばかりの巨大な爪を受け止めていたのだ。
「うそ⋯⋯でしょ⋯⋯?」
私の呟きに、ルーク社長はちらりと振り返り、悪戯っぽく口角を上げた。
「ふふふふ。僕つよいでしょ♪」
余裕の微笑み。
赤い瞳がきれいに光った。




