安アパートのシンデレラ②
「さぁて。ただいま深夜12時です!」
私の元アパートの前。
掃除機を片手にもつ刹那さんの横に私は立つ。
あたりは真っ暗。
安アパートだから、余計暗く見えるのよね⋯⋯。
「大して時間経ってないんですけど。懐かしい感じがします⋯⋯。」
しみじみとアパートを見上げる。
「そうですか、そうですか。」
刹那さんはそう言いながらアパートの2階へ続く階段を上がる。
⋯⋯と、2階から人が降りてくる。
ポロシャツにチノパン。スッキリとしたスタイルの。
オトナの男性。
「どうもぉ〜。こんばんは〜」
刹那さんがすれ違いに挨拶すると、軽く会釈をして、通りすぎていく。
「あ。隣の人だ。」
思い出した。いつも夜に帰ってくるときに、階段とか廊下ですれ違う人。
隣に住む男性。
年の頃なら⋯⋯40代かなぁ?
私の前いた部屋のお隣。
ただ、夜のお仕事のようで、この時間に廊下や階段で見かけるだけ。
たしか⋯⋯
一緒に住んでる女の人はもっと若い感じだったんだよね。
でも。その女の人が⋯⋯幽霊さんなんだよねえ。
2階の部屋の前。
そこには男性を見送る女の人が立っている。
前に見た光景と全く一緒。
いつもの光景だ。
よくみると。
ああっ。本当だ⋯⋯うっすらしてる⋯⋯。
「どうもぉ〜どうもぉ〜。」
2階の部屋の前に立っている女性に向かって刹那さんが駆け寄る。
女性⋯⋯幽霊さんは一瞬びっくりしたような顔をして、こっちを見た。
「どうもぉ〜私こういうものです!ここで立ち話もなんですから、お部屋入れていただいてよろしいですかねぇ〜?」
刹那さんは名刺を渡しながらそう言って、勝手に玄関のドアを開ける。
「さぁどうぞどうぞ!」
どちらが家主かわからない感じで、部屋の中へ入っていく。
そして入った瞬間。
「さて!それではお引越しですよぉ〜!!!」
刹那さんはいきなり掃除機を振り上げる!
えええええっ?!
い、いきなり?!
「きゃぁぁぁ〜。なにこれー!」
ゴォォォォ!!!!
大きな音を立てる掃除機をみて、その幽霊さんは大きな声を出して、部屋の端へ駆けていく。
⋯⋯
「ちょっ、ちょっと刹那さん!!いきなりでは?!」
私はびっくりして刹那さんの掃除機を横から支えて大きな声で言った。
すると⋯⋯。
刹那さんは何をおっしゃいますみたいな顔で私を見ると。
「どうしましたぁ?こういう方はさっさとお引越しした方がよろしいんです。」
そう言って幽霊さんを見る。
いったい何があるの?この幽霊さんに。
『ちょっとまってください!いきなり!!!』
幽霊さんが大きな声を出す。
「はい〜?どちらで待ちますぅ?というか、いますでに待ってますよねぇ?」
刹那さんは、ゴォォォォと音を立てる掃除機を幽霊さんへ向けて答えた。
えええっ。なんかいつもより刹那さん怖い感じがする。
「刹那さん?何かあるんですか?この方。」
私は刹那さんの横でタブレットを出す。
えっと調べ方は⋯⋯。
「この方は、サキさん。ああ。昼間お話しましたっけ?はっきり言って、最悪な幽霊です!」
ええええ?!
目の前の幽霊さん。
最悪って何よ?
刹那さんは掃除機のスイッチを仕方がなさそうな顔をして切ると。
部屋の中に入っていく。
「あ!前も言ってますけど!ここは靴脱ぎますよ!」
慌てて刹那さんに伝える私。
「あなた。なんでいつまでもこんなとこにいるんです?!」
刹那さんは幽霊さん⋯⋯サキさんに問いかける。
思っているより冷たい声。
刹那さんからあまり聞いたことがない声。
『え?健一と⋯⋯一緒にいたいから。』
サキさんはそう言って泣きそうな顔をする。
えええっ。死んでもなお恋人にみたいな?
そういうのなら、ストーカーって言えないよ?
好きって未練がのこったってことだよね?
話を聞く限り、最悪な人には見えないんだけど⋯⋯。
「へぇ?死んだくせに?」
冷たいひと言。
刹那さん⋯⋯そんな言い方。
「せ、刹那さん⋯⋯。なんでそんないいかた。」
言いかけて、口ごもる。
刹那さんのこんな顔は初めてだった。
怒ってる顔なんだけど。
とても冷たい目。
『だって、健一が好きだから。離れたくないもん!』
サキさんはそう言って刹那さんを見る。
刹那さんは冷たい視線を向けて。
「よく言いますねぇ。自殺のくせに。」
⋯⋯は?
どういうこと?!
私は刹那さんを見る。
刹那さんは私に視線を移すと。
「美鈴さん。タブレットでこのアプリ開いて⋯⋯サキさんのお名前入れてください。」
「あ。はい。」
「はい。そしたらちょっと貸してくださいねぇ。」
刹那さんは、私からタブレットを受け取ると。
タブレットへ目を落とす。
「あなた。やってること最低ですよ。」
サキさんを見てそう言った。
私もタブレットを覗き込む。
「サキさんと健一さんはご夫婦ですね!
でもあなた。相当わがままで、健一さんを困らせてばかり。
なんでも、都合が悪くなるとすぐ『死ぬ!』って脅して言いなりにさせていたみたいですね。」
⋯⋯。
なんてこと。
そんなのって愛とはいわない。
刹那さんはどんどん話し進める。
「あなたが昼夜問わず健一さんを呼ぶから、健一さんお仕事苦労してますね。
何度も途中で早退や遅刻、欠勤を繰り返しては、会社をクビになってますね。
それで、お金が大変になるたび、あなたがまた彼を困らせる。
お金がないのは困るので。罵倒したり⋯⋯。
ほぅ⋯⋯暴力まで⋯⋯。
ひどいことをしてますねえ。
あなたのせいなのに。
そんなことばかりしてたんですね。」
⋯⋯。
言葉がでなかった。
それで、好きだからそばにいたいってどういうこと?
『なによ!健一は私を幸せにするためにいるんだから!愛し合っているんだから。
私は健一とずっと一緒にいたかったもの!愛してるの!ひとりぼっちにさせられたくなかったんだもん!私の生活すべてを快適にするのも健一の役目だもの!!』
え⋯⋯。
それって愛なの?!
そんなの変だよ!
「それは身勝手な愛です!そんなもの!愛ではないですっ!!
しかもあなた。あなたのせいで仕事をクビになり、なかなか次が見つからない健一さんがあなたの罵倒にたえ、やっとの思いで見つけた仕事の最終面接のときに。
お得意の『早く帰ってこないと死ぬ!』
をやったんですね。
もう、本当どうしょうもない方ですね。その結果あなたは死んだ。」
え?どういうこと?
「それはどういう⋯⋯。」
私が聞くと。
「はい。あの方はいつも死ぬ死ぬ⋯死ぬ気もないのに脅すだけのために、手首切ったり首つろうとやってたんですよ。
健一さんにわざと見せつけるようにね。
死ぬ気もないのに。
しかし、その時また死ぬ気もないのに死ぬ死ぬやってて、たまたま吊りどころが悪かったんじゃないですかぁ?
本当に死んでしまったんですよ。
本当に大馬鹿者です。」
えー⋯⋯。
声も出ない。
そんなことで相手を試すみたいなこと。
絶対に駄目だよ。
それなのに幽霊で居続けちゃうなんて⋯⋯。
「本当にストーカーじゃないですか。」
私は声に出して言ってしまった。
「はい、その通りです!迷惑なだけの方です!
しかもあなた!自殺なんて一番いけないことですよ?!わかっていますか?!
この世に生を受けたものは、命ある限り生きることを全うするんです。
どんなに苦しくても簡単に死んではいけない!
苦しいことはあるかもしれませんよ?でも。死んではいけないんですよぉ!!
いいですか?人間は声で意思を伝えられる。それは罵倒するためではありません!
言葉は相手を思い合ってお互いのために話し合うためにあるんです!
あなたは自分のことだけしか考えていません!」
刹那さんの言葉はとても響く言葉だったと思う。
サキさんは。黙っていた。
「でも。健一を愛していたのは本当なの!」
サキさんはそう言って刹那さんを見る。
刹那さんは冷たい目を向けて、
「はぁ?だからなんなんですかねぇ?
その証拠に、あなた、彼がいない時間にしか姿が保てないじゃないですか。
昼間彼が家にいる時間は、存在すらない。」
え?どういうこと?
私は意味がわからなくて首を傾げる。
するとサキさんは。
「⋯⋯そんなの関係ないでしょ?!」
「いいえ。これは、罰ですよ。」
「刹那さんどういうことですか?」
「サキさんは幽霊なんですが。幽霊として形を保つ時間に制限があるんですよ。彼が家にいる時間以外は形を保てる。彼が家にもどってくると形が保てないんです。
不思議ですよねぇ。
勝手な理由で自ら命を絶つようなことをするとそういう不思議なことが起こるんです。
神様からの罰なんじゃないですかねぇ?
深夜12時に姿を現すなんてなんかシンデレラみたいですねぇ!」
そんな罰があるの?
自ら命を絶つということは、罰を受けるってことになるのかな?
勝手な理由って言ってたから⋯⋯。
未練があって幽霊として彷徨うとかだけでないってことなのかな?
「だから!あなたは、健一さんに思い出されることもないんですよ!
だってそうでしょ?彼がいるときは存在がないんです。もう忘れてますねぇ。何年経ったとおもってるんですか?」
『そんなことない!』
サキさんはそう言って刹那さんに掴みかかろうとする。
と、その瞬間。
「さっさと、お引越ししてくださいなさぁい!あなたたいがい本当に心底!!めんどくさい方ですよぉ?!」
掃除機を振り上げると。
ゴォォォォォォ〜!!!
大きな音を立てて
『きゃぁぁ〜』
サキさんは吸い込まれていった。
「ふぅ。お引越し完了です。
⋯⋯シンデレラなんかじゃなかったですよね。
シンデレラさんに申し訳ないですねぇ。」
刹那さんはそんなことを私に言った。




