第2話 ③
俺と日岡の競射はいつも的中競射と決まっていた。
互いに四本の矢を放ち、的に中った数を競う。
四本で決まらなければ次の四本、それでも決まらなければ次の四本、合計二十本射っても決着が着かなければ一本づつ交互に射る。
ちなみにこれまで最初の四本で決着がついたことはない。
俺と日岡は、互いに弓と矢を持ち的前に正座した。
右に日岡、左に俺。
今日は日岡が先攻だ。
的に一礼して立ち上がり、作法に則り足踏み、胴造りまで進み俺は一度動作を止める。
俺の目の前で、日岡が弓を構えて打ち起こす。
初めて会った時もちっちゃいなと思ったが、今改めて目の前で見てもやっぱりちっちゃいなと思う。
打ち起こした時でさえ、矢が俺の目線を超えない。
当然日岡の頭は目線の遥か下にある。
いつだったかそんな日岡の姿を子リスに例えてひどく怒られたことがあったっけ?
後から聞いた話だと、リスはいいけど子が気に入らなかったとか。
そんなことを考えているとすでに日岡は会に入っており、しばらくして矢が離れた。
パン!
さっきまでの気の抜けた音ではなく、空気を激しく振るわせる的中音が響く。
お見事。
と声に出さず日岡を褒めて俺も弓を構える。
構えた弓をゆっくりと打起し、引き分ける。
ギリギリと弦と弽につけたギリ粉が鳴る。
押し手と勝手にかかる力を感じながらゆっくりと引き切り会に入る。
両肩、両肘、両掌が自分の中のベストな位置に落ち着く。
こうなればあとは狙いを定めなくても矢は的に飛んでいく。
パンっ!
俺も矢も的に中った。
それを見て日岡が次の矢を番える。
その間に後ろから声をかけた。
「大学生活はどうだ?」
「何ですかいきなり?」
日岡はそれだけ返して打起しを始めた。
離れるまで俺は口をつぐむ。
パンっ!
「いや、ちょっと気になってさ。
一回生はこの時間一般教養だろ?確かスポーツの抽選に当たったって言ってなかったか?」
日岡からの返事はない。
パンっ!
1射目よりも少し右にずれたが中った。
パンっ!
俺の残心が残っているうちに、日岡は三本目を中てていた。矢は全て的の中央に集まっている。
「……サボりました」
俺が打ち起こす直前に、届くか届かないかギリギリの声で日岡が言った。
パッ!
危ないさらに右に逸れて的枠ギリギリに中った。
端だったせいか、あまりいい音が出なかった。
パンっ!
間髪入れずに日岡の四本目が中る。
「少しバランスがズレちゃったな」
俺はそう呟き四本目を番える。
矢が右に飛ぶ理由はいくつかあるが、俺の場合勝手が強くなっていらことが多い。つまりは左右のバランスがズレているのだ。
押し手の力をほんの少し強め、全身のバランスが揃うのを感じながら引き分ける。
パンっ!
今度はちゃんと真ん中に中った。
今日も四本では決着がつかなかった。
「怒らないんですね」
矢を回収しながら、日岡が尋ねてきた。
「何で怒るんだ?」
「だって授業サボってるんですよ?』
「そりゃ大学生だからな。そんな日もあるさ。
俺なんてさっきの授業は出席はしたけど何もノート取れてないぞ。こんなのサボってるのと一緒さ」
「先輩に真面目さを期待した私が馬鹿でした」
「授業をサボったことは問題じゃない。
けど、俺とは違って真面目な日岡が授業をサボらなきゃいけなくなっていることには問題があると思ってるぞ」
日岡の動作が止まる。
振り返ると泣きそうな日岡の顔があった。
慌てておどけた声を出す。
「どしたん?話聞こか?」
日岡は眉を顰めながらもぷっと吹き出した。
「厄神先輩はいつから心が弱った後輩女子を誑かそうとする悪い人になったんですか?」
「安心しろ。残念ながら人間の女性にそう言う感情は抱かないんだ」
日岡はさらに笑った。
日岡は翔馬と同じく俺の秘密を知っている。
高校時代、俺が後輩の女の子の告白を断った時に詰め寄られ洗いざらい吐き出した。初めは嘘をついていると散々詰られたが最終的に翔馬の執りなしで信じてもらうことができた。
ちなみに余談だが、俺はこの時に日岡が翔馬のことを好きになったのではないかと睨んでいる。
わざわざ地元から離れたこの大学を選んだのも、翔馬を追いかけてきたからではないだろうか?
日岡の学科は翔馬と同じ建築だ。
それはさておき
「実際何があったんだ?弓道場の鍵を借りる時日岡の名前があってかなり驚いたんだぞ」
「本当にくだらないことです。
あーあ、全世界の男が全員先輩みたいだったらよかったのに」
「何だよそれ、俺みたいな性癖異常者で埋め尽くされたらたちまち社会は崩壊だよ」
全ての男が河童を追い求める世界。
そんな世界になったら、とふと考えた。
その世界では凛子さんは誰に見つかるのだろう。




