第2話 子リス系後輩よりも昨日の河童に夢中になるのは変ですか?①
頭痛がする。
吐き気もする。
午前中の講義を、俺は最悪のコンディションで受講していた。
教卓では若い助教授がフーリエ変換の基礎について講義をしている。
助教授がホワイトボードに描く波形に合わせて視界が揺れる。
きっと大事なことを話しているのだろうけど、今日の俺はこの講義を吐かずに終える以上の成果を持ち帰ることができそうにない。
ノートを取るのを諦め、吐き気を抑えるためにミネラルウォーターの入ったペットボトルのキャップを開けて飲む。
飲み終わったペットボトルを見つめ、ガンガンと揺れる脳みそで昨日のことを思い出そうとする。
昨日は、友人の翔馬主催の合コンに参加していた。
合コンといっても2対2の飲み会みたいなもので、相手は大学OGの社会人。
一人は凛子さん。もう一人の名前は忘れた。
会は俺の特殊な性癖の暴露などもありそれなりに盛り上がった。
そのあとなぜか俺のことを気に入ってくれた凛子さんと二人で二次会へ突入した。
そこまでははっきりと覚えている。
問題はそのあとだ。
凛子さんとはこまめに店を変えながら三、四軒飲み歩いた。
最後のあたりの記憶は曖昧で、なにを食べてなにを飲んだのかも覚えていない。
記憶はそこで一旦途切れる。
次の記憶はホテルから始まる。
俺はもう一度ミネラルウォーターを口に含む。
そこから先の記憶は、酔っていたにしては随分とはっきりとしている。
はっきりとしてはいるのだが、そのどれもが現実のものとは思えない。
ベットに拘束され、目の前には裸の女性、かと思えばその女性は河童に変身し、それを見た俺のアソコは光り輝きながら膨張、挙句全ても解き放った俺は萎むように小さくなった。
シャーペンでノートに書き出したその文字を、俺は力一杯消した。
酔っ払いが見た夢にしても荒唐無稽すぎる。
とはいえ、その全てが夢でないことはわかってる。
何故なら今朝俺はラブホテルで目覚めた。
料金は既に支払われており、昨日の夜俺以外の誰かが、そこにいたことは確かだ。
それに証拠はもう一つある。
俺は、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「居酒屋 一等星」
居酒屋の店名と住所、電話番号が書かれた一枚の名刺。
その裏にボールペンの文字でこう書かれていた。
「もっと知りたいならここに来て」
筆跡鑑定なんてできないけれど、俺は直感で凛子さんの文字だと思った。
なにについて教えてくれるのかは書かれていないが、(現実味がないという意味で)夢のようだった昨夜の出来事とこのメッセージはリンクする。
凛子さんは河童だった。
脳裏にあの緑色の姿が浮かぶ。
途端に股間に熱いものを感じ、俺は慌ててそのイメージを振り払った。
円と波形と数式が並ぶホワイトボード出来を鎮める。
もし今ここで昨日のようなことが起こればパニックになる。
周りに気づかれないようにそっと触ると、いつものサイズのままのそれに少し安堵した。
授業が終わると俺は急いでトイレに駆け込んで3回吐いた。
と言っても朝から何度も吐いているので出てくるのは液体だけ。
そのあと何度か空えずきを繰り返し、ようやく落ち着いたところで外に出るとニヤつき顔の翔馬が待っていた。
「昨日のお楽しみについて聞きに来たのに、その様子じゃせっかくの初めてもあんまり記憶に残ってなさそうだな」
「なんだよ、建築学科が機械科に何のようだ」
機械科と建築学科は別の棟だ。
ここは機械科棟の一番端のトイレ。建築学科の学生が迷い込む場所ではない。
「一夜の成長を遂げた親友の姿を見ようと思ってな」
「成長って……」
「おいおいなんだよ?
あのあとなにもなかったなんて言わないよな?それも相手はあの凛子さんだぞ」
翔馬は大袈裟に驚いてみせる。
まるで初めからそのリアクションを準備していたかのように。
「あってもなくても翔馬には関係ないだろ」
「ま、幸太郎ならそういうか」
はぐらかすと、翔馬はあっさりと食い下がった。
軽いキャラではあるがこういうところで無理に聞き出そうとしないところが、長く友達をやれている理由の一つだ。
「まあでも驚いたよ。
河童に惚れてる男が俺を置いて美女をお持ち帰りしたんだからな」
「どちらかというと持ち帰られた側なんだが」
「まぁそうだな」
翔馬は俺の返しに声を出して笑ったあと、それはさておきと前置きしてからこう言った。
「俺が紹介しといて今更なんだけどさ、凛子さんには深入りしないの方がいいぜ。
たまに呑んで遊ぶくらいならいいが、それ以上の個人的な繋がりは持たないことだな」
いつもはヘラヘラと笑っている翔馬が珍しく真面目な顔をしている。
しばし沈黙が流れる。
グランドからスポーツの講義の準備をしている男女の楽しげな声が聞こえてくる。
「繋がりを持つとどうなるんだ?」
「友達が悲しむのは見たくない」
俺の問いには答えず、翔馬はそう言い残して立ち去った。
俺はポケットの中に、まだ居酒屋の名刺が残っていることを右手で確かめた。




