第3話 ④
「うーん、今日も美味しい」
半分ほど空にして、凛子さんはジョッキを置いた。
「さて、昨日ぶりだね幸多郎くん。
その様子だと無事に帰れたんだね」
「おかげさまで」
一旦落ち着いた事で凛子さんの姿をしっかりと見ることができた。
凛子さんは昨日とは違いパンツスーツ姿だ。
「お仕事帰りなんですか?」
「ん?まぁそんなとこ」
「河童が仕事をしてるんですか?」
「がっつくねぇ、まるで童貞捨てたばっかりの男の子だよ」
凛子さんに揶揄われて顔が熱くなる。
昨日のことを思い出してしまう。
凛子さんの緑の鱗を思い出し、股間が少し熱くなる。
「まぁ気になるよね。
と言うか、幸多郎くんは落ち着いてる方だよ。
昨日あんなことがあったのに、普通に大学に行って講義受けて来たんでしょ?」
「つけてたんですか?」
「あそこは私の母校だからね。色々ツテがあるのよ」
凛子さんは怪しく笑うと、もう一度ジョッキを煽る。
「で、何が一番知りたいの」
改めてそう問われ、俺は一瞬考えた。
昨夜から聞きたいことは膨れ上がっている。
河童に変身した凛子さんのこと
光る股間と縮んだ体のこと
この空間のこと
わからないことだらけだが、一番初めに聞きたいことは考えるまでもなく口をついて出た。
「十三年前に俺の地元にいた河童のお姉さんのこと知りませんか」
ぶーー
直後、顔全体を水飛沫が襲った。
それが凛子さんが口に含んでいた酒であることは考えるまでもなく明らかだった。
目の前でスーツ姿の年上のお姉さんが顔を真っ赤にして盛大にむせている。
「そ、そこ?!
こんなに色々あってそこ?」
凛子さんはお酒を吹き出して酒浸しにした事を謝るどころか、俺のことを詰ってくる。
「え、だってずっと思い焦がれてきて……」
「だとしても、だとしてもさ!
目の前に私と言う存在がいて、こんな不思議なところに連れ込んでるって言うのに、一番に出てくるのがそれ?」
「すみません」
全身を酒で濡らしながら俺は謝った。
おしぼりくらい取ってくれてもいいのに。
さっき落ちた水と違って、今度の酒は簡単には乾いてくれない。
「まぁ、幸多郎君が変だってことは、昨日一日で嫌と言うほどわかったけどさ」
「俺って変ですか?」
「嘘でしょ、自覚ないの?」
さらっと傷つくことを言われてしまった。
出会って二日目での変な人認定。それも、出会って初日の年下男子をラブホテルで拘束する凛子さんに……。
貴方には言われたくないと言い返しそうになったが、話がされそうなので我慢する。
俺が落ち込んでいると、凛子さんはふぅと息をついた。
「まぁいいや。
さっきの、質問の答えはノーよ。
幸多郎くんの地元がどこかは昨日ざっくりとしか書いてないから詳しくは知らないけど、そもそも幸多郎くんの地元に限らず、私には県外の知り合いがいないからね」
「そうですか」
「そう落ち込まないでよ。
それに、その河童って随分年上なんでしょ。今更見つけたところで幼い日の思い出に傷ができるだけじゃないの?」
凛子さんの言葉は最もだと思う。
だけど、あの日見た衝撃がまだ俺の中には強く残っている。
たとえ歳をとっていたとしてもあの河童の姿をもう一度見たいと願ってはいけないだろうか?
「それに、そんなに一途なふりして、昨日の夜わたしのカラダでここを大きくしてたのはどこの誰かしら?」
凛子さんはそう言って机の下から足を伸ばして、俺の股間に右足の親指を乗せて来た。
ほっそりとした色白の右足。
ストッキングも靴下も履いていない生足が、太ももの上に乗る。
生の男性ならポーカーフェイスを保つのが難しい状況なのだろうが、"俺の"は案の定、この状況に反応せず沈黙していた。
「ほんと人間には反応しないのね」
つまらなそうに凛子は呟く。
右足はなぜか俺の股間に置かれたままだ。
「あの、凛子さんって人間なんですか?
それとも河童なんですか?」
俺がそう問うと、凛子さんは少し嬉しそうな顔をして答えてくれた。
「今は正真正銘人間よ。
何を持って人間と定義するかは難しいけど、少なくとも今の姿のわたしが病院に行って全身くまなく調べられたとしても怪しいものは何一つ出てこないわ」
「今は?
じゃあ昨日の夜は?」
凛子さんは、そうねと呟くと店員を呼んでお酒のおかわりとお冷を頼んだ。
お酒とお冷はすぐに運ばれて来た。
右足が股間からいなくなった。
凛子さんはお冷が入ったグラスを持ち上げると一口口に含んだ。
そして、そのままグラスを頭の上に持っていくと、昨日と同じようになんの躊躇もなく頭から冷水を被った。
「んっ」
小さな吐息と共に凛子さんの身体が淡く光って河童の姿に変化する。
全裸だった昨日とは違い、スーツに隠されてはいるがその肌が緑色に変化したことは明らかだった。
「今のわたしは正真正銘の河童よ」
凛子さんは人間の頃よりも大きい目でウインクしながらそう言った。
「大昔の妖怪の血を受け継ぐのが私。
そして、貴方もその一人」




