第3話 ⑤
貴方も、妖怪の血を引く者の一人。
凛子さんはそう言ってもう一度右足を俺の太ももに乗せて来た。
さっきまでの色白の足ではない。
緑の美しい鱗に覆われた足だった。
人の頃よりも心なしか指が長く、指と指の間には水かきがある。
爪はわずかに尖っており、その先端が太ももを貫く。
「正直ね」
そんな台詞と共に凛子さんは笑う。
が、俺はそんなからかいに反応することもできない。
口よりも正直に、反応する下半身を押さえる事に全神経を使っていたからだ。
「今日は服も着てるのよ?
足でされるだけでこんなになるなんて、幸多郎くんってフツーに変態なのかしら」
凛子さんの言うとおり、今の俺は机の下から伸ばされた右足に弄られているだけだ。
なんら性的な行為でもなく、扇情的な対応でもなく、劣弱を煽るようなものでもない。
それはただの右足だ。
そしてさっきと違い肝心な部分には全く触れてくれない。
ずっと太ももに爪を立てるだけだ。
たまに親指をうまく使って太ももの肉を摘む。
「一番聞きたいこと。
ホントはこれなんじゃないの」
太ももを十二分に撫で回したあと、凛子さんは満を辞してそこに触れた。
俺のそれは、生地の厚いジーンズ越しでも膨張していることがわかるほどに張り詰めていて、裾や腰の隙間からは光が漏れていた。
その光がどこから発せられているものなのか、俺と凛子さんだけが知っている。
「あの、まずいです。
また出ちゃいます」
俺はそう言って懇願するが、凛子さんは足を止めない。
「気にしなくていいのよ。
もうわかっている通り、ここはそういうお店なの。
むしろ幸多郎くんの本来の姿を曝け出す方が自然なのよ」
この店が普通じゃないことも、自分の体が普通じゃないこともよくわかっている。
今日凛子さんに会いに来た目的の一つがそれだからだ。
だが、いざその時になると俺の心に恐怖が溢れた。
自分の体が縮んでいくあの感覚。
酔っていた昨夜でも、どこまでも縮む体に"自分の体が無くなってしまうような感覚"を覚え気を失ってしまった。
シラフであの衝撃を受け止め切れる自信はなかった。
それに、凛子さんに妖怪の血を引くとか同類と言うふうに言われても全くピンとこない。
もちろん、親や親族に妖怪がいるだなんて聞いたこともないし見たこともない。
昨日、あの瞬間まで自分の体に秘められた能力に気付きもしなかった。
それに、俺の体の変化は凛子さんとは違う。
カッパになるわけではなく、ただ単に縮むのだ。
俺が妖怪の血を引くとして、一体何の血を引いているのか皆目見当もつかない。
多分この光るアレが限界を迎えた時、俺の体はまた縮むのだろう。
そうすれば、何か分かるのかもしれない。
いや、もしかしたら凛子さんはすでに俺が何者なのか知っているのかもしれない。
自分が何者で、この光アレや縮む体にはどんな意味があるのか知りたいという欲求がある。
だが、それよりも今は怖かった。
自分が人ならざるものかもしれないという現実が、シラフの脳に突きつけられるのが恐ろしかった。
だから俺は、俺のそれを弄ろうとする凛子さんの足を掴んだ。
それは、凛子さんの動きを止めようとしての行為だった。
だが、それは全くもって逆効果だった。
その時の俺は忘れていた。
俺は今まで自分からカッパに触れたことがなかったという事に。
そして、手のひらは体中のどこよりも触覚が優れているということに。
手が凛子さんの足に触れた瞬間、俺の頭の処理領域は、初めて触れる河童のカラダに独占された。
一番最初の刺激は、心地のいい冷たさだった。
子供の頃、田舎の裏山で湧き水を掬った時のような、冷たすぎるわけではなく、だけど体の芯まで突き抜けるような涼しさを感じた。
次に来たのは、ツルツルと滑らかな鱗の肌触り。
ガラスと樹脂の間のようなその鱗は、硬いような柔らかいような不思議な触り心地をしている。
鱗の並びに逆らって、踝から膝に向かって手を動かすとたちまち引っかかってしまう。
今度は逆に動かす。
するとなんの抵抗もなく、むしろ手に加えた力以上の力で押されるよな、加速するような錯覚を覚えるほど滑らかに手が滑る。
勢い余った俺の手は、踝を通り越して足の甲にぶつかった。
足の甲にも鱗があったが、足の裏には鱗がない。
足の裏は白くぷにぷにとしていて、鱗で覆われた他の足と比べて少し異質な感じがする。
足の甲は人間の頃よりも小さく、逆に指は手と同じくらい長い。
その長い指と指との間には、水かきがついていて押すとゴムのような弾力があった。
一昨日までは妄想するしかなかった存在が
昨日も拘束されていて見るしかなかった存在が
今は自分の手で触れることができる。
その事実は否が応でも俺の心を興奮させた。
そしてその興奮は、そこへとダイレクトにつながっていく。
「あの、眩しいんだけど」
凛子さんのその一言で我に帰るまで、数秒、あるいは数分の間、俺は凛子さんの、河童の足に夢中になっていた。
そしてそれにこうおするかのように、俺のそれは膨れ上がり、輝きを増した。
今ではジーンズ生地を透過して光が漏れるほどだ。
「なん、で、こんなに」
俺は自分自身のそれの様子に驚き、凛子さんの右足を離した。
凛子さんはその時を狙っていた。
「隙あり!」
凛子さんは素早く右足を俺のそれの根元に持っていくと、手早く、しかし乱暴にならない程度にゆっくりと下から上へと撫で上げた。
臨界点ギリギリだった俺のそれは、たったそれだけで崩壊した。
「アッーーーーー」
なされない成人男性の雄叫びと共に、俺たちのいる個室は光に包まれた。




