第3話 昨日の今日でまた河童に会いに行こうとするのは流石にちょっと変かもしれない。①
日岡が去った後、俺はそのまま弓を引き続けた。
「引かれたよなぁ」
普段独り言は言わないタチだが、この時ばかりはため息と共に独り言がこぼれ落ちた。
二十歳を超えた男が河童を見たかもしれない何て言い出したら、普通の女の子ならドン引きだろう。
俺の秘密を前から知っている日岡であってもそれは例外ではない。
付き合いの長い後輩に引かれるというのは心にくるものがあるが、こうなってしまっては仕方がない。
俺はキリのいいところで休憩しつつ。ポケットから名刺を取り出した。
「もっと知りたいならここに来て」
昨日の出来事が夢だったのか現実だったのか確かめる必要があるだろう。
俺はもう一度名刺の住所を確認した。
Googleマップで検索をかけると隣町の駅前の商店街ということがわかった。
マップに掲載された写真は何の変哲もない普通の居酒屋。
ここに行けば一体何が分かるというのか。
考えても考えても分からないので無心で弓を引いて頭をリセットする。
休憩しながら考え込んでは、無心で弓を引く。
そんなことを繰り返していると気がつけば二百本を超えていた。
今日は部活がない日とはいえ、流石に疲れてきた。
そろそろ切り上げようかと思ったところにタイミングよく別の部員がやって来たのでこれ幸いと鍵を渡して道場を後にする。
時刻はもうすぐ午後一時。
四限が始まる時間だ。
四限は確か機力の講義のはずだが、あの教授は講義資料と試験問題を毎年使いまわしていることで有名だ。出席日数も足りているし、一回休むくらい問題はない。
昨日の衝撃と今朝の二日酔い、それとさっきまで無心で弓道をしていたせいで気がついていなかったが、そういえば今朝から何も食べていなかった。
ピークが過ぎて人が減った食堂で三百円のきつねうどんと一五〇円のおにぎり二つを食べて空腹を満たし、俺は大学の図書館へ向かった。
図書館から出るともう日が暮れ始めていた。
日が長くなってきているが流石に六時前には薄暗い。
大学を出たところでスマホが鳴った。
[これから昨日の反省会しないか?]
バールジョッキの絵文字と共に翔馬からのメッセージが画面に映る。
[悪い、今日は用事がある]
俺はそう返すと大学のバスロータリーに向かった。
バスに揺られて三十分ほどで目的地の隣町の駅に着いた。
隣町だが普段の生活圏の外なのでまだ数回しか来たことがない。
駅のすぐ目の前に寂れた商店街があり、居酒屋一等星はその場末にあった。
店の前まで来て立ち止まり、もう一度名刺を見る。
目を閉じて昨日のことを反芻する。
夢だったのか現実だったのか分からない。
衝撃的な事がありすぎて、自分が一番何に驚いていたのかさえ分からない。
「もっと知りたいならここに来て」
俺は一体何を知りたいのだろうか?
凛子さんは何を教えてくれるのだろう?
俺はそれを知ってどうしようというのか?
河童に変身した凛子さんのこと。
光り輝いた自分のアレのこと。
あれから噴き出した光のこと。
そして、縮んだ体のこと。
もしそれら全てが現実に起こったことだったとして、凛子さんは一体どこまで知っているのか?
凛子さんの体のことはわかっても、俺の体に起きた変化については知らないのではないか?
昨日のことを思い出して、凛子さんの河童姿を思い浮かべると股間が疼いた。
俺を突き動かしているのは知識欲ではなく性欲なのかもしれない。
自分のことなのに、改めて考えてみても全く考えがまとまらない。
左手が寂しい。弓を握りたい。
弓を握れば迷宮のような思考の渦から抜け出せるのに。
だがそんな現実への逃避を選択せず、一等星に来たのは俺自身だ。
今更泣き言を言っても仕方がない。
気合を入れて居酒屋の扉を開いた。
ガラン ベルが鳴る。
「いらっしゃい」
開けると同時に、奥からよく使い込まれた喉から出ていると思わせる、通りの良い大将のが聞こえてきた。
一等星の店内はそれほど広くない。
入って右手側奥に厨房とカウンター席が五脚。
入り口側の左手に四人掛けの座敷席が3つある。
厨房には初老の夫婦が二人立っており、座敷は3人組が二組、カウンターは二人組が並んで座っており、計十人の人がいた。
だがそこに凛子さんの姿はなかった。
「カウンターでいいですか?」
大将の声に誘導され、二人組が座っている席から一番遠い端の席に腰を下ろした。
「お客さん初めての人だね?学生さん?」
おしぼりをおきながら、奥さんが話しかけてきた。
「ええまぁ」
「失礼だけど成人してるのよね?
あ、今は成人時でもダメなのか、じゃあえっと、ハタチ超えてるわよね」
「もちろんです」
俺は財布から免許証と学生証を出して答えた。
「あら、あなたうちの子の後輩ちゃんなのね」
「うちの子って……」
俺が尋ねようとしたその時、また入り口のベルがなった。
ガラン
振り向いてみると、そこには人間の姿の凛子さんが立っていた。
「あ、来たんだ」
凛子さんはそう言って不敵に笑った。




