【第8話】《天然》と《断罪》~熱血直球告白と修羅場~
あの日から、食堂の空気が、いつもと少し変わった。
理由はよくわからないけれど、視線が増えたような気がする。
一緒に任務に行った次の日から、《毒蛇》先輩は毎朝食堂に来るようになった。
今日もテーブルに座ってのんびりと紅茶を飲んでいる。
その視線は、時折こちらを確かめるように向けられ、目が合えば、穏やかに笑う。
……相変わらず、優しそうで綺麗な人だな。
そして、《狂刃》先輩がやってきた。
《毒蛇》先輩の姿を認めて、あからさまに嫌そうな顔で吐き捨てる。
「……お前、今日もいるのかよ。何しに来てんだ」
《毒蛇》先輩は全く気にしていない様子で、にこやかに言う。
「何って、食事に決まってるよね?君こそ毎日来てるでしょ?」
「うるせえ。お前がいると、無駄にキラキラして目障りなんだよ」
「ひどい言いがかりだね……君もそう思わない?」
注文を聞くため《狂刃》先輩のところへ行った僕に、《毒蛇》先輩が話しかけてくる。
「《毒蛇》先輩は、王子様みたいですから仕方ないです」
「『王子様』ぁ……?」
僕が答えると、《狂刃》先輩は理解不能な単語を聞いたかのように顔を歪めた。
「……お前、気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞ」
唸るような声。その横で《毒蛇》先輩は楽しそうに笑っている。
そんな僕たちの後ろで、ひそひそ話す声が聞こえた。
「……おい、《毒蛇》のやつ、今日もいるぞ」
「今までほとんど来なかったろ」
「まさか、あいつら……いや、まさかな」
その視線は、どこか面白がるようだった。
そして、そんな僕たちをちらちらと眺めながら、《毒蛇》先輩にもの言いたげな視線を送る食堂の女性店員たち。
厨房の奥からユリアさんが出てきた。
呆れたように腰に手を当て、《毒蛇》先輩と《狂刃》先輩を交互に見る。
「やれやれ……今は、坊やはここにいないほうが良さそうだね」
「?」
「ここはいいから、昼まで装備の手入れをしてきな」
「はい、わかりました」
溜息をつきながら言われ、僕はよくわからないまま、武器庫へ向かった。
ギルドの武器庫には、暗殺用の武器や防具が、ずらりと並んでいた。
任務に向かう際に、ここから装備を借りていく人もいるらしい。
戻ってきた装備を確認して、血や汚れのついた武具の手入れをすることが、僕に任された仕事だった。
床に座り込み、まずはナイフや剣の血を拭っていく。
すると――数分もしないうちに、武器庫の扉が、勢いよく開いた。
大柄な男の人が、どかどかと入ってくる。床板がわずかに軋んだ。
「よう!初めて見る顔だな!新入りか!」
意志の強そうな茶色の瞳が、まっすぐ僕を射抜く。
そのまま、にかっと笑った。
「はい。コードネームは《天然》です。よろしくお願いします」
「へえ?なんか変わったコードネームだな……いいじゃねえか!」
「そうですか?」
初めて言われた。
「おう!俺は《断罪》だ!よろしくな!!」
そう言って、《断罪》先輩は僕の肩を、遠慮なくぽんぽんと叩く。
動作も声も大きい。
……暗殺者には、あまり見えない人だな。
よく見ると、革の防具は汚れ、腰にくくりつけられた剣には、乾いた血の跡がこびりついている。
「《断罪》先輩も、任務の帰りですか?」
「そうだ!ちょっと悪党をぶっ倒してきたんだ!!ギルドに戻って来たのは久しぶりだ!!」
僕が尋ねると、《断罪》先輩は誇らしげに両手を腰に当てた。
「じゃあ、装備の手入れをしますね。貸してください」
僕が布を持ちながらそう告げると、《断罪》先輩はきょとんとした顔になった。
「ん?お前が?」
「はい、僕、Eランクですから」
《断罪》先輩は納得したように、大きく頷く。
「そうか!なら、俺が任務に連れてってやろうか?」
「え?」
「先輩だからな!経験積むの、手伝ってやる!!」
「でも……僕でいいんですか?」
どう見ても、僕とは方向性が違う気がするけど。
「遠慮するな!ワイルドウルフ事務長のところに行こうぜ!!」
《断罪》先輩は、溌剌とした笑顔で、僕の腕を引く。
……こうして、僕はまた「任務」に連れて行ってもらうことになった。
《断罪》先輩に腕を引かれるまま、半ば引きずられるようにカウンターへ行くと――
ワイルドウルフさんが「またかよ……」と溜息をついた。
「お前、毎回妙な奴に気に入られるな」
「そうですかね?」
「俺は妙な奴じゃないから心配ないぞ!!」
《断罪》先輩が自信満々にふんぞり返る。
「……そういうとこだぞ」
ワイルドウルフさんは呆れたように呟いてから、僕の姿をじっと見て顎に手を当てる。
「……ま、お前なら、こいつが無茶する前に、自分から突っ込んでいくだろうな」
「おう!新人に怪我なんかさせねえぞ!!だから悪党を成敗できる任務をくれ!!」
そんなことを話していると、食事を終えたらしい《狂刃》先輩と《毒蛇》先輩が、こちらに向かってきた。
「おい、何してんだ」
《狂刃》先輩が、僕の腕を引いている《断罪》先輩をじろりと見る。
「任務に行くの?」
《毒蛇》先輩はにこりと笑って、首を傾げた。
《断罪》先輩は二人に明るい笑顔を向ける。
「おう!《狂刃》に《毒蛇》も、久しぶりだな!!」
「朝っぱらからうるせえ」
《狂刃》先輩が耳を押さえて舌打ちする。そして僕の方をちらりと見た。
「……で、そいつ連れて行くのか」
「おう!先輩だからな!!」
《狂刃》先輩は、少し考え込むように眉をひそめて、ふっと息を吐いた。
「……まあ、このエセ王子野郎と違って単純馬鹿だから、問題ねぇか」
「単純馬鹿とはなんだ!!」
「エセ王子野郎って、僕のことかな?」
わめく《断罪》先輩と、やけににっこりと笑う《毒蛇》先輩。
「……お前ら、やかましい。ほらよ、これなんかどうだ」
ワイルドウルフさんが頭を抱え、《断罪》先輩に一枚の紙を突きつける。
そこには、「盗賊討伐依頼」と書かれていた。
「国からの依頼だ。田舎村ばかりを選んで人攫いや略奪を繰り返す、タチの悪い連中が増えてるらしい」
「む……弱い者を狙うとは、いかにも悪党の考えることだな!」
《断罪》先輩が顔をしかめる。
「だが、山の中を転々としてるせいで、拠点が定まらねえ。騎士団も場所を掴めてない」
ワイルドウルフさんは、紙を軽く叩いた。
「前から探りを入れてたが、今回情報が入った。長くは居ねえはずだが、場所さえわかりゃ、お前にとっちゃ簡単だろ」
よく見ると、依頼書の隅に簡単な地図のようなものが描かれている。
山の一角に、赤い印がつけられていた。
「おお!場所がわかってるなら話は早いな!よし、逃げられる前に成敗しに行くぞ!!」
《断罪》先輩は目を輝かせると、僕を奮い立たせるかのように、背中をどん、と叩いた。
「……無茶すんなよ」
「気をつけてね」
「はい、行ってきます」
《狂刃》先輩のぶっきらぼうな声と《毒蛇》先輩の優しい声に見送られて、僕たちは任務に出発した。
山道は険しく、地図で示された場所に着く頃には、息が上がっていた。
先を歩く《断罪》先輩の呼吸は少しも乱れていない。僕を振り返って首を傾げる。
「大丈夫か?ちょっと休んでいくか?」
《断罪》先輩はそう言ってくれたけど、盗賊が移動する可能性があるなら、急がないといけない。
「いえ、大丈夫です。逃げられるといけませんから」
僕が答えると、《断罪》先輩はまた、にかっと笑った。
「そうか!お前、なかなか根性あるな!!」
暗殺者らしくはない気がするけど、《断罪》先輩、いい人だな。
ふと、《断罪》先輩がある一点を見つめた。
「見ろ、あそこに見張りがいる。当たりだな!」
「え、本当ですか?」
言われた通りに視線を向けても、僕にはまだ山肌しか見えない。すごく目がいいんだな。
「よし、行くぞ!ついてこい!!」
「わかりました」
《断罪》先輩は、ずんずんと一直線に進んでいく。
すると、遠目に洞穴の入り口らしきものが見えた。
僕の目にもようやく、見張りの姿が捉えられる。
気配を消さなきゃ――そう思った僕とは対照的に、《断罪》先輩の足音は、むしろ派手になった。
……あれ?
「……あの、《断罪》先輩」
「ん?どうした?」
「隠れなくていいんですか?」
見張りに気付かれてしまう気がするけど。
「そんなまどろっこしいことはしねぇ!!正面突破だ!!」
そう叫ぶと、《断罪》先輩は腰の剣に手をかけた。
次の瞬間、地面を蹴る音が響き――全速力で、駆け出す。
足音が響くたび、洞穴の入り口が、ぐんぐん近づく。
見張りが中に向かって、何か合図をするのが見えた。
……気付かれた。
でも、《断罪》先輩は全く気にしていない。
「悪党は成敗する!覚悟しろ!!」
大声で堂々と宣言しながら、正面から突っ込んでいく。
見張りが《断罪》先輩に向かって剣を振り下ろそうとした、その刹那。
――首が、飛んだ。
一瞬遅れて、胴体が崩れる。
まばたきする合間に、もう一人の首も宙を舞った。
《断罪》先輩は止まらない。血が滴る剣を一振りし、まっすぐに走る。
味方が合流する前に、僕たちは洞穴の中へと侵入していた。
でも、複数の方向から、足音が聞こえる。
「あの、《断罪》先輩。囲まれます」
「問題ねぇ!!」
全速力で進みながら、《断罪》先輩は、何かを探っているかのように左右に視線を走らせる。
「よし!こっちだな!!」
次の瞬間――
「――おらあああぁぁ!!!」
《断罪》先輩は、気合いのこもった声を張り上げ――
土壁に、思いっきり蹴りを入れた。
ドォン!!という音とともに、壁に大穴が空く。
その先には……牢に閉じ込められている人たちの姿があった。
ぎょっとして、こちらを見ている。
牢の前を見張っていた盗賊たちも、同じ反応をした。
「な、なんだてめえ!!」
「問答無用!!」
盗賊たちが体勢を整える前に、《断罪》先輩の剣が閃く。
叫び声すら上げる間もなく、盗賊たちは絶命していく。
「と、止まれ!!」
盗賊の一人が、檻の中の村人を盾にしながら叫んだ。
《断罪》先輩の眉がつり上がる。
「こいつがどうなっても――」
言い終わる前に、敵の首が吹っ飛んだ。
助けられた村人の方が、血まみれで倒れ込んだ身体を見て、青い顔をしている。
「まったく……悪党の考えることは、皆同じだな!!」
《断罪》先輩が、呆れたように血まみれの剣を下ろす。
「よし!村人の安全確保もしたことだし、あとは全員ぶっ潰すだけだな!!」
そのころになってようやく、壁の大穴から、盗賊たちの仲間が駆けつけてきた。
「おい《天然》!村人を頼むな!!」
「わかりました」
もう、数は意味をなさなかった。
「一刀両断―――――――!!!」
《断罪》先輩の叫びが、洞穴にこだまする。
まるで紙でも斬っているかのように、盗賊たちの首が、簡単に切り飛ばされていく。
ものの数秒で、敵は誰もいなくなった。
しん、と静まり返った洞穴の中で。
《断罪》先輩が剣を鞘にしまい、満足げに宣言する。
「よし、暗殺完了!!」
「……暗殺?」
思わず、口からこぼれた。
……暗殺って、何だっけ?
でも、敵はみんな一瞬で、苦しむ間もなく死んでいる。
村人も、無事に助け出した。
……これも、暗殺の一種なのかもしれない。
僕は何もしないままで、無事に任務が完了した。
山を下り、騎士団に村人の保護を依頼してから、僕たちはギルドへの道を歩いていた。
それまで元気だった《断罪》先輩の口数が、なぜか少ない。
ふと、《断罪》先輩が、ぽつりと口を開く。
「……やっぱ、驚いたか?」
「はい?」
見上げると、《断罪》先輩は黒髪をぽりぽりと掻いて、気まずそうな顔をしていた。
「暗殺者のくせに、隠密できねえ奴だって」
僕は少し考えて、答える。
「確かに、驚きはしました」
「……だよな」
《断罪》先輩は、ふっと笑う。
「他の奴らにも、よく言われるんだ。『暗殺者らしくない』『騎士団行け』とかさ」
「そうなんですか?」
「ああ、だから俺はずっと、Bランクのままなんだ」
僕は、さっきまでの《断罪》先輩の姿を思い返す。
確かに、正面から堂々と敵に挑むその姿は、暗殺者というよりは騎士に近い気がする。
「でも、敵は一瞬で死にましたよね」
「……え?」
苦しむこともなく、一瞬で。
《断罪》先輩が、驚いたように顔を上げる。
「ああいう方法があるって、僕、初めて知りました」
「……」
「《断罪》先輩は、強くてかっこいいです」
「……っ」
《断罪》先輩の茶色の瞳が、大きく見開かれた。
口を開きかけて、閉ざす。
まるで、何かを言おうとして言えなかったみたいに。
――そのまま、しばらく歩いていると。
《断罪》先輩が、突然立ち止まった。
「……なあ」
「はい?」
うつむいたままで、ぽつりと言う。
「……どうしたんですか?」
問いかけると、《断罪》先輩は、がばっと顔を上げた。
その顔は、なぜか真っ赤だ。どうしたんだろう。
そして――
「俺、お前のことが好きだ!!」
大きな声が、夜の空気を震わせた。
「恋人として付き合ってくれ!!!」
僕は、首を傾げる。
……恋人?
「わかりました」
一拍。
「……へ?」
そう返事をすると、《断罪》先輩は、呆けたように目を丸くした。
「え……本当にいいのか?」
確かめるように言われて、僕は頷く。
「はい、断る理由がないので」
「……よっしゃあああああ!!!」
《断罪》先輩は拳を握り、さっきよりも一段と大きい、雄叫びのような声をあげる。
街中に聞こえてしまいそうだ。
「でも、恋人って何をすればいいんでしょうか」
僕がそう聞いた瞬間、《断罪》先輩が息を呑んだ。
「もしかして……俺が初めてか?」
「はい」
「そうか……」
なんだか、すごく嬉しそうだ。
「なら……ギルドまで、手を繋いで帰るか!恋人だからな!!」
「はい」
《断罪》先輩の手が、遠慮がちに僕の手に触れる。
その手は、やけに温かかった。
《断罪》先輩とともに、ギルドの扉をくぐると――
食堂の視線が、僕たちに集中した。
みんな、繋がれた手を凝視しているように見える。
そこには《狂刃》先輩と《毒蛇》先輩もいた。
ワイルドウルフさんが、カウンターから「おい、まさか……」と呟く。
《断罪》先輩が、間髪入れずに宣言した。
「俺たち、付き合うことになったんだ!よろしくな!!」
その瞬間、誰かが麦酒を吹き出した。
「……は?」
《狂刃》先輩から、表情が消える。椅子がぎしりと鳴った。
「へえ?」
《毒蛇》先輩は、面白そうに唇の端を上げる。
「……お前、絶対意味わかってねえだろ」
頭を抱え、唸るように言う《狂刃》先輩。
《断罪》先輩が即座に否定する。
「ちゃんと告白して、返事もらったぞ?……な!!」
「はい」
そこで、《毒蛇》先輩が、すっと立ち上がった。
穏やかな笑みを浮かべたまま、こちらに近づいてくる。
「ねえ、『恋人』って、何するかわかる?」
「手を繋ぎました」
「うん、なら、僕たちも恋人みたいなものだよね?」
「?」
《断罪》先輩が眉をひそめる。
「は?何言ってるんだ?」
それには答えずに、《毒蛇》先輩は、僕の顔をじっと覗き込んでくる。
「だって――僕たち、手も握ったし、キスもしたでしょ?」
その瞬間。
食堂の時間が止まったような気がした。
女性店員たちが全員固まり、持っていたお盆が滑り落ちる。
食器が割れる音が、派手に響く。
でも、誰も反応しない。
「……あれ?秘密じゃなかったんですか?」
あの日、《毒蛇》先輩は、「秘密だよ」って言ったのに。
僕がそう尋ねると、食堂はさらに静まり返った。
《断罪》先輩が、目を見開いたまま、固まっている。
ワイルドウルフさんは、カウンターにめり込みそうになっていた。
「……おい」
そんな中で、低い声が響いた。
《狂刃》先輩だった。
「……お前、それ、いつの話だ」
「最初の任務の時です」
金の瞳が、《毒蛇》先輩を射貫く。
「……《毒蛇》、てめえ」
「恋人の定義を教えてあげただけだよ」
《断罪》先輩が、ゆっくりと僕に顔を向ける。
「お前……《毒蛇》と……付き合ってたのか?」
「いいえ」
「でも、キスしたって……」
「はい」
「おい!付き合ってもないのにキスしたのか!?不埒だぞ!!」
《断罪》先輩が、僕に詰め寄る。
「……おい、ババア、酒もってこい……」
僕たちのやりとりを眺めていたワイルドウルフさんが、疲れたように呟いた。
厨房のユリアさんも、静かに頷く。
「……一番きついのを持ってってやるよ」
――そのとき。
「なるほど……理解した」
涼やかな声が、食堂に響く。
《教授》先輩だった。
「これは、もはや『天然』では済まない問題だ」
溜息をつきながら、僕をまっすぐに見て、銀縁眼鏡を押し上げる。
「君には、先に『一般常識』というものを教える必要がある」
「……頼む。本当に頼む」
……ワイルドウルフさんが、縋るようにその姿を見上げた。




