【第51話】「どうして」
舞台に乱入すると同時に、二人は動いていた。
《狂刃》が斧を薙いだ瞬間、檻の前にいた一人の胴体が、真っ二つに切断される。
その身体がまだ動いているうちに、《毒蛇》は、短剣で別の一人の喉元を突き刺した。
一片の慈悲もなく短剣を引き抜くと、苦悶の叫びを上げながら、その身体が崩れる。
生き残った一人が《毒蛇》に襲いかかる前に、《狂刃》の斧が、その首を跳ね飛ばした。
舞台が、一瞬にして、血に染まる。
観客席から、悲鳴が上がった。
檻の中の「ルシア」だけが、その光景を、不思議そうに見つめている。
「……イグナスさん」
「……ノクス」
壇上にいた男が、息を呑んだ。
「……どうやって、ここが……」
劇場の入口へ視線を走らせる。
騎士の姿はない。
魔術師の姿もない。
他に仲間がいる様子もない。
いるのは、乱入してきた二人だけ。
男は、小さく笑った。
「……なるほど」
「尾けられたようですね」
この場に現れたのが二人だけだと悟り、その口調に余裕が戻る。
「高額な報酬を支払っているというのに、嘆かわしいことです」
手を叩くと、舞台袖から、また新たに黒装束の男たちが現れた。
その背後に守られながら、男はふと、何かを思い出したかのように首を傾げる。
「……そういえば、恋人ができたようだと、報告がありましたが」
「あなた方の、どちらかでしょうか?」
《毒蛇》が、わずかに顔を歪める。
その反応だけで、男は察したようだった。
「あなたですね」
「……」
男は、何も答えない《毒蛇》の姿を眺めて、感嘆の声を上げる。
「予想以上に魅力的な方ではありませんか」
「それで、どうでした?」
男は、興味深げに、そう尋ねた。
突如現れた「恋人」の反応すら、観察の対象であるかのように。
「心は通いましたか?」
「満たされましたか?」
自ら尋ねておきながら、男は、答えを待たなかった。
「――駄目だったでしょう?」
「当然です」
「感情を失った人間と、心が通うはずがない」
「私は最初からわかっていました」
哀れみすら滲ませる声音で、そう告げる。
「……まさか」
男は、少しだけ首を傾げた。
「本気で恋をしていたわけでは、ありませんよね?」
「……」
《毒蛇》から、一切の表情が、消えた。
その殺気に当てられたように、劇場が、静まり返る。
《狂刃》が、男を睨み据え、吐き捨てた。
「……クソが」
檻の中で。
「……ああ」
「ルシア」が、小さく言った。
その目が、《毒蛇》の姿を、ぼんやりと映す。
「だから、ノクスは」
「僕といることが、苦しかったんですね」
「僕には、ノクスの気持ちが、理解できないから」
「――違う!」
《毒蛇》が叫ぶ。
「待ってて」
ほんの一瞬だけ、檻の中の「ルシア」を見て。
「終わったら、全部話すから」
「ほう?」
男は、意外そうに、唇の端を上げる。
「いいでしょう」
「演目を、殺戮ショーに変更するといたしましょう」
舞台の両脇から、二人を取り囲むように、敵がじりじりと忍び寄る。
腰が引けていた貴族たちの目に、また熱気と興奮の光が蘇った。
「……上等だ。全員、ぶっ殺してやる」
《狂刃》は、斧を構え直す。
金色の瞳に、獰猛な殺意を宿して。
《毒蛇》も、無言で短剣を構える。
舞台袖に向かって、男は言った。
「あなたも、参加しなさい」
「舞台を盛り上げるには、演出も必要です」
すると、黒装束の男たちとは雰囲気の違う人物が、進み出てきた。
臙脂色のフードを目深に被り、その顔は見えない。
男は、舞台の上で、高らかに宣言する。
「さあ――ショーの開幕です」
その声を合図に、黒装束の男たちが、一斉に襲いかかってきた。
《狂刃》が、大きく足を踏み出し、回転するように、斧を振り回す。
「――死ね!!」
鋭く、重い一撃。
巻き込まれた敵の身体の一部が吹き飛び、舞台の下へと転がり落ちた。
最前列で見ていた貴族たちが、腰を浮かせかける。
最初の一撃を喰らってもなお動こうとする敵を、《毒蛇》の毒針が穿つ。
「――目障りだよ」
声を発することもできぬまま、敵は喉元を押さえて転げ回った。
そのとき。
舞台袖から、黒い光弾のようなものが、檻めがけて飛んだ。
「……!」
二人の注意が、一瞬にしてそちらへ向く。
「――ルシア!!」
《狂刃》が叫ぶ。
その隙を狙って、黒装束の男たちは攻撃を仕掛けようとするが――叶わなかった。
飛びかかろうとした敵の喉元に、ナイフが深々と突き刺さる。
同時に、檻を狙った黒い光弾に、別の魔術がぶつかった。
光弾は大きく軌道を逸らし、舞台の壁に炸裂する。
「ルシア」が、驚いたように目を見開く。
「……ヴァルターさん」
《幽影》が、気配も感じさせず、檻の前に現れた。
舞台袖から魔術を放った人物――臙脂色のフードを被った男を見据え、納得したように呟く。
「……お前か」
そして、安堵の息を吐く二人に向かい、冷静に告げた。
「戦いに集中しろ」
「こちらは引き受ける」
《幽影》の姿を捉えた男に、わずかな焦りが見える。
「……まだ、仲間がいたのですね」
「あなたたち」
「早く、片付けてしまいましょう」
敵の攻撃が、激しさを増す。
「……どうして」
傷が増えていく二人を目の当たりにした「ルシア」が、檻の中で、口を開いた。
「やめてください」
「戦わなくていいです」
「僕、死んでもいいです」
「――ふざけんな!!」
《狂刃》の怒号が飛ぶ。
「お前が死ななきゃならねえ理由なんざ、何もねえだろうが!!」
「ルシア」は、心底不思議そうに、檻の前で自分を守る《幽影》に問いかけた。
「……どうして、みなさん、戦うんですか?」
「僕、死んでもいいと、言っているのに」
《幽影》は、ほんの一瞬だけ、緑の瞳を細めた。
「……君を大切に想っているから。それだけだ」
《毒蛇》が、縋るように語りかける。
「死んでもいいなんて、言わないで」
「……」
観客の貴族たちすら、その戦いぶりを、食い入るように見つめている。
二人の強さは、圧倒的だった。
それでも、人数が違いすぎる。
戦闘が長引くにつれ、次第に、押され始めた。
《毒蛇》の肩口を、敵の刃が深く抉った。
鮮血が床へ散る。
「……ノクス」
「ルシア」の口から、小さな声が漏れた。
その時。
「――――死ね」
劇場に、冷徹な声が響き渡る。
刹那。
凄まじい冷気が、劇場を襲った。
「な、なんだ!?」
身を乗り出して戦いを眺めていた貴族たちの足下が、みるみるうちに凍りつく。
「足が……!」
「動けない!!助けてくれ!!」
阿鼻叫喚と化す客席。
舞台上にいた黒装束の男たちの大半が、氷に身体を覆われ、生きながら氷像と化した。
だが、《狂刃》たちにも。
檻の中の「ルシア」にも。
氷は、一片たりとも触れない。
まるで、術者の意思を、反映しているかのように。
「なっ……これは――軍事魔術!?」
男が、初めて狼狽した。
いつの間にか、足元は氷に縫い止められ、一歩も動けない。
視線を泳がせ、魔術を発動した者を探す。
《教授》は――劇場の入口で手をかざしながら、汚物を見るような目で、男を見ていた。
「……あまりにも、醜悪だな」
その後ろから、騎士団を引き連れた《断罪》が現れる。
騎士団の姿を見て、男が息を呑んだ。
「なぜ……騎士団が」
「――お前は、もう終わりだ」
《断罪》は、冷え切った目で、男の姿を見据える。
その手には、《幽影》が手に入れた記録帳が握られていた。
「それは……!いったいなぜ……!?」
男の顔色が変わった。
それまでの余裕をかなぐり捨て、傍らにいた魔術師を問い詰める。
「屋敷に問題はなかったはずだろう!!何をしていた!!」
責め立てられた魔術師も、氷で身動きを封じられながら、理解できない様子で青ざめている。
《断罪》は、もうそんな彼らには、見向きもしなかった。
その視線がゆっくりと舞台に向けられ――
檻の中で、鎖に繋がれた「ルシア」の姿を映す。
「……どうして、こんな真似ができるんだ」
「人間を一人、壊しておいて」
「人生を、奪っておいて」
舞台へと、降りていく。
「……その目的が、ショー?」
「……裁く価値もねえ」
剣を、抜き放つ。
「――全部、終わらせてやる」
一瞬で距離を詰める。
凍り付いて身動きの取れない黒装束の敵めがけて。
――剣を、振り下ろす。
氷像が、砕けた。
冷気に包まれた舞台で、巨大な檻の鉄格子が、凍り付く。
「壊せ」
《教授》の合図とともに、《狂刃》が、斧を力いっぱい振りかぶった。
「――――おらああぁッ!!」
その刃が、凍り付いた鉄格子に打ち込まれ――
――檻は、音を立てて、砕けた。




