【第49話】誓い
《教授》は王城へ向かった。
軍事魔術を統括する長官に、魔術師として、緊急面談を依頼する。
王都公認ギルドからの緊急要請だったため、すぐに対面は叶った。
「違法な軍事魔術使用、非人道的な人体実験の証拠があります」
「今動けば、現場を押さえることが可能です。軍事魔術使用の許可を頂けますか」
記録帳と見取り図を提出し、淡々と、軍事魔術の使用許可を求める。
口調こそ丁寧だが、その銀灰色の瞳には、冷たい光が宿っていた。
記録帳を見せられた長官は顔色を変えたが、最初は渋った。
「だが、まずはこの屋敷で使われているという、軍事魔術の痕跡の確認を――」
「その確認を待つ間に、被害者の生命が危険に晒されます」
《教授》は、長官相手に、一歩も引かない。
「実験体とされた被害者の一人は、我々のギルドの一員です」
「現在拉致され、危険な状態となっています」
「どうしても事前に確認が必要と仰るなら、確認部隊と救出部隊を同時に動かしてください」
長官はしばらく沈黙した。
その間、《断罪》は静かに隣に立っていた。
数分後――許可は下りた。
王城の騎士を数名連れて行くことも、許可された。
ただならぬ様子でやってきた二人を、付近にいた騎士たちが、ちらちらと見る。
そのうちの一人が、《断罪》の姿を見て、訝しげに眉をひそめた。
「どこかで、見たような……」
その後、騎士団の招集も迅速に進んだ。
――決戦の準備は、整った。
※※※
《幽影》が辿り着いた先は、美しい湖畔のほとりに佇む、貴族の屋敷だった。
きらめく水面に、白を基調とした壮麗な舘が映り込んでいる。
いかにも貴族の避暑地らしい美麗な光景とは裏腹に、中の気配は忙しなく動いていた。
「地下の整備は、終わったか?」
「部屋の手配は万全だろうな?」
「今回の夜会は、今までにない規模になる。抜かりなく準備しろ」
厳しく指示を飛ばす声。
壁に張り付きその様子を伺った後、《幽影》は静かに動く。
舘の脇には、紋章を覆い隠した馬車が何台も並んでいた。
誰にも正体を悟られたくない招待客を、迎えるためのもの。
だからこそ――その馬車が動かなければ、夜会そのものが始まらない。
《幽影》は、一台ずつ車軸の楔を緩めていく。
出発前の点検で必ず異常が見つかる程度に。
客人を迎える「準備」は、予定より一日遅れる。
それで間に合う。
それだけで十分だった。
※※※
苛立ちを抑えながら、カウンターのワイルドウルフとともに、連絡を待つ。
変化があったのは、昼前だった。
ワイルドウルフが手にしていた伝令魔術の札が光り、低い声が響く。
『標的は、ヴァイスベルク伯爵』
『場所は、ルミエール湖畔の別邸だ』
《狂刃》が舌打ちする。
「貴族の別荘地じゃねえか。そんなとこで、何しようってんだ」
『屋敷の地下で、秘密裏に夜会が開かれる』
「夜会?」
訝しげに眉をひそめる《毒蛇》。
伝令札の向こうの《幽影》は、詳細は語らなかった。
端的に告げる。
『決行は、明日の夜』
『一日は稼いだ』
『来るなら、来い』
「来てくれ」でも、「待つ」でもない。
たとえ来なくとも、単独で動く意志を示すものだった。
だが、最後に一言。
『……来る気があるなら、覚悟しておけ』
『見たくもないものを、見ることになるだろう』
二人の覚悟を、問うように。
「……今さら、行かねえ理由なんざ、ねえだろ」
《狂刃》が、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに吐き捨てる。
《毒蛇》も、無言で肯定の意を示した。
――そこで、通信は途絶えた。
※※※
守りたい。
そう、思っていたのに。
――最初から、守れてなんかいなかった。
あいつは、最初から壊れていたんじゃなかった。
壊されていた。
一緒に任務に行った時、自分が否定した言葉。
――『そのうち死ぬことと、すぐ死ぬことは、違いますよね?』
あの言葉の意味が。
今なら、わかる気がした。
自分が壊れていることにも気付かないまま、他人の苦しみばかり抱き締めて。
あいつは、笑っていた。
「……待ってろ」
斧を握る手に、力が籠もる。
「全部、ぶっ壊して――お前を、奪い返す」
武器庫に預けていた得物を引き出し、ひとつひとつ確かめる。
刺突用の短剣。
自ら調合した、毒薬の小瓶。
毒針に、手袋。
暗器を忍ばせるための、黒の外套。
本格的に使うのは、久しぶりだった。
「恋人」になった後は、任務を避けていた。
少しでも長く、一緒にいたかった。
また、目を離したら――誰かに奪われる気がして。
けれど。
目を閉じる。
あの無垢な笑顔が、脳裏に浮かんだ。
本当のことを話す前に、失いたくなかった。
全てが終わった後、もう恋人に戻れなくてもいい。
笑いかけてくれなくてもいい。
ただ、あの子だけは、取り戻す。
外套を羽織る。
手袋をはめる。
恋人の「ノクス」ではなく。
「……邪魔なものは」
「みんな、殺してあげる」
――暗殺者《毒蛇》として。




