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【第48話】伝えられなかった想い

約束の時間に、扉をノックする。

返事は、なかった。


――『明日も、会えますか?』


約束を破るような子ではないことは、自分が一番よく知っている。


扉に手をかける。

鍵は、ちゃんとかかっていた。

なのに、気配を感じない。


胸騒ぎがした。

針を差し込み、鍵を外す。


扉を開ける。

誰もいない。


――窓が、開いていた。


荷物を持って行った形跡もない。

枕元には、ナイフが残されていた。


「……!!」


――心臓が、冷えた。


足早にカウンターに向かう途中、食堂に入ろうとする《狂刃》と出くわした。


「……なんだ、そんなツラして」


あれから互いに顔を合わせることを避けていたが、そんなことはどうでもいい。


「……あの子が、いない」


「――は?」


《狂刃》の顔色が変わる。


「昨日、会ったのに」


「約束したのに」


そのとき。


「落ち着け」


カウンターから、ワイルドウルフが進み出てきた。


※※※


「あいつは、昨夜、攫われた」


「……は?」


――攫われた。


《毒蛇》は、意味が理解できないかのような表情で、呆然と呟く。


「……じゃあ、悠長に、何してるの?」


感情を殺しきれていない、低い声で。


ワイルドウルフは、淡々と言う。


「今、《幽影》が追ってる。敵の本拠地が判明したら、伝令魔術が来る」


《狂刃》が、怒りも露わに、詰め寄った。


「そんなことしてる場合か!?わざわざ敵地のど真ん中まで連れて行かせるつもりかよ!?」


「……」


ワイルドウルフは無言で、懐から一冊の本のようなものを取り出す。


そこへ。


「……何、揉めてんだ?」


ギルドに姿を見せた《断罪》が、訝しげに近づいてきた。

ワイルドウルフの手に収まっているものを見て、その顔色が変わる。


「……それは……!」


――《幽影》が、隠された舘で奪取した、「記録帳」。


ある一カ所に、赤い付箋がついている。

ワイルドウルフは、それをそのまま、《狂刃》に手渡した。

苦々しげな表情を浮かべながら。


「……読んでみろ」


「それが何だって――」


「いいから読め」


有無を言わせぬ圧を受け、《狂刃》は、付箋のついたページを開く。


《被験体番号8番》

《家族の虐殺光景を提示》


「……なんだ、これ」


《狂刃》は、突然現れた物騒な単語に、眉をひそめる。

だが。


《強い情動反応を確認》

《継続刺激により、感情反応の鈍化を確認》

《孤児院貯蔵の童話『影の暗殺者ファントム』への強い執着を見せる》


読み進めるうちに、その瞳が、大きく見開かれた。


「……は?」


《数日後、笑顔を確認》

《恐怖反応の減衰を確認》

《自己保存反応の低下を確認》


「……おい。何だよ、これ」


《日常生活への著しい支障なし》

《順応性、極めて高い》

《自発的に暗殺者ギルドへ所属》

《特殊能力の発現を確認》

《観察継続》


「……」


全てを読み終えた時。

その手は――震えていた。


「……ふざけんな」


《毒蛇》は、記録帳の内容を凝視したまま、凍り付いたように動けない。


「僕は……」


声が、掠れる。


自分は、何をした?


面白半分で近づき。

「おかしくないようにしたい」というあの子の願いを利用して。


――『これで、おかしく見えませんか?』


恋人の真似事をさせて。


――『こうすると、喜んでくれるんですよね?』


間違った「正解」を植え付けて。


――『どうして、ずっと嘘をついていたんですか?』


しまいには、傷つけた。


「……僕は」


それ以上、言葉が続かなかった。


なのに。

あの子は、まだ。


――『会いたかったです』


僕を、信じている。


「相手は、信頼も実績もある貴族だ。確実に『処分』するには――言い逃れできねえ状況が必要だ」


ワイルドウルフが、言葉を失う二人を交互に見て、厳しい口調で告げる。


立ち尽くす二人の姿に――《断罪》は、顔を歪めた。

無意識に、腰の剣に手をかける。


「……何があった」


最後に姿を見せた《教授》が、一目でただならぬ雰囲気を察したのか、足早に近づいてきた。

その視線が、すぐに《狂刃》が手にしている記録帳を捉える。


「見せろ」


短く言って、素早く記録帳に視線を走らせる。

わずかな沈黙のあと、《教授》は、額を押さえた。


「……そうか」


「それが、あの力の……」


ワイルドウルフが、一枚の紙を差し出す。


「《幽影》から、お前にと預かった」


それは、ある屋敷の見取り図だった。

ところどころに、赤い印が描かれている。

その意味するところに気付いて、《教授》は、息を止めた。


「……軍事魔術の無断使用は、死罪」


大きく息を吐き、銀縁眼鏡を押し上げる。


「あの人は……すべて、見越していたのか」


《教授》は記録帳と見取り図を懐にしまい、身を翻した。


「――軍事魔術の許可を取る。後で合流する」


その声は――

かつてないほど、冷え冷えとしていた。


「俺も行く」


その後ろ姿に、《断罪》が、突如声をかけた。


「お前が来て、どうする」


訝しげに眉をひそめる《教授》に、肩をすくめてみせる。


「俺は潜入に向かねえ。後から一緒に、派手に暴れる」


「――それに、そいつを裁くなら騎士団を呼ぶだろ。それなら多少伝手がある」


《狂刃》と《毒蛇》を残して。

二人は、足早にギルドから出て行った。

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