【第47話】「会いたい」
夜明けまで、イグナスさんと月を眺めて。
部屋へ戻った僕は、寝台に入り、考え込んでいた。
イグナスさんに言われたことが、頭のなかでぐるぐると回る。
――『そのままのお前でいいと思う奴がいることだけ、忘れるな』。
イグナスさんは、そう言ってくれた。
僕がおかしくても、関係ないと。
……それでも、「好き」だからと。
じゃあ、ノクスは、どうなんだろう。
ノクスは、「おかしくないよ」と、ずっと言っていた。
……どうして、嘘をつき続けたのだろう。
……何か、理由があったんだろうか。
気付けば、少しだけ眠っていたらしい。
朝の光が、窓から差し込んでいた。
ふいに、扉をノックする音が聞こえて、僕は目を瞬く。
「……起きてる?」
遠慮がちに、そう尋ねる声。
――ノクス。
「……会いたい」
扉ごしに聞こえたノクスの声は。
まるで、縋るようだった。
「……」
どうして、そんな声で、そんなことを言うんだろう。
僕は、ゆっくりと扉に近づき――鍵を開けた。
「……っ」
ノクスが目を見開き――
次の瞬間、僕を抱き締める。
「……会いたかった」
いつもの、安心する匂い。
僕は、その背中に、そっと腕を回す。
「……僕も、会いたかったです」
腕の力が、強まった。
――でも。
「……ノクス」
「僕……わからないんです」
ノクスの胸元に顔を埋めたまま、尋ねる。
「どうして、ずっと、嘘をついていたんですか?」
「……」
息を呑む気配。
ノクスの身体が、強張る。
「僕、ちゃんとできていると思っていました」
「恋人の練習」の時から、ノクスは言っていた。
――「おかしくないよ」「大丈夫」「失敗なんかしてない」と。
「どうして……ずっと、本当のことを教えてくれなかったんですか?」
「……ごめん」
ノクスは僕を抱き締めたまま、声を絞り出す。
ひどく、苦しそうに。
僕は首を振った。
「謝ってほしいわけじゃ、ないんです。ただ、不思議で」
「……」
「僕がおかしいって、わかってたなら……どうして、『恋人になろう』って言ったんですか?」
「……っ!」
ノクスは、何か言いたげに口を開きかけて、また閉じる。
「イグナスさんは、『そのままでいい』って言いました」
「……」
「でも、ノクスは違うんじゃないですか?」
「……」
「僕が、恋人として、どこかおかしいから――」
「だから、ずっと苦しそうだったんじゃないですか?」
わずかな、沈黙のあと。
「……違う」
耳元に、苦しげな声が落ちた。
「君のせいじゃない」
「全部、僕が悪いんだ」
……この間と、同じ言葉。
気付けば、自然に言葉がこぼれていた。
「ノクスは……何に、そんなに苦しんでいるんですか?」
答えは、なかった。
無意識に、僕の指は、ノクスの服の裾を掴む。
「……僕」
「ノクスが離れたくないと言ってくれたこと、嘘じゃないと思っています」
「……っ」
「……だから、余計に、わからないんです。ノクスの、本当の気持ちが」
「……ごめん」
ノクスは、ただ、それを繰り返した。
「ごめんね」
「本当に、ごめん」
理由は、口にしないまま。
僕を、きつく抱き締めて。
……ノクスが苦しんでいる、本当の理由は、何なのだろう。
どうして、そうまでして、僕の側にいてくれるのだろう。
ただ、知りたいと、思った。
「……ノクス」
「明日の朝も、来てくれますか?」
「……え?」
「僕、明日は、お休みなんです」
「……ノクスの話、もっと聞きたいです」
「……」
ノクスは顔を上げて、僕の瞳を見つめた。
「……わかった」
「来るよ」
そうして、どこか諦めたように、微笑む。
「……ちゃんと、話すから」
「……はい」
けれど。
その約束は――叶わなかった。
※※※
「準備は、整ったか?」
「屋敷に問題はないだろうな?」
短い沈黙の後。
男は静かに笑った。
「よし」
「そろそろ、頃合いだな」
「『8番』を、回収しろ」




