【第46話】告白
「……君の思うように、するといい」
ヴァルターさんにそう言われ、僕は、イグナスさんの話を聞くことにした。
僕を見るイグナスさんの表情が、あまりに、真剣だったから。
「……外、行くか」
イグナスさんは、部屋に入ろうとはしなかった。
訓練場の方へ、僕を連れ出す。
ヴァルターさんは黙ったまま、歩いて行く僕たちを見送っていた。
誰もいない訓練場は、相変わらず、月明かりが綺麗だった。
「……悪かった」
ベンチに並んで座ると、イグナスさんは、重々しく口を開く。
「お前を、傷つけた」
そう言われて、僕は、ずっと考えていた疑問を口に出す。
「どうして……本当のこと、言ってくれなかったんですか?」
以前、食堂で尋ねたことがあった。
――『僕、おかしいですかね?』と。
「あの時、僕がおかしいって……わかってたんですよね?」
「……」
イグナスさんの表情が、強張る。
――長い沈黙が落ちた。
「……そうだな」
イグナスさんの口から漏れたのは……肯定の言葉だった。
「……」
「お前は、助けを求めてたのに」
「俺が半端なことを言ったせいで、《毒蛇》のところに行かせちまった」
イグナスさんは、唇を噛む。
「あの時、俺がもっとちゃんと答えてやれてたら……」
言いかけて、イグナスさんは、首を振った。
「……いや、今さらだな」
僕は、地面を見つめて、呟く。
「……やっぱり、そうだったんですね」
「イグナスさんにも、ずっと、嫌な思いをさせていたんでしょうか」
「……それは違う」
イグナスさんの手が、僕の肩に回った。
「……なあ。おかしかったら、駄目なのか?」
「……え?」
「お前、俺に欠点があったら、嫌いになるか?」
「いいえ」
「だろ」
「でも、イグナスさんは、強くて、みんなの役に立てて……僕とは違います」
肩に回された手が、僕を引き寄せる。
「役に立たなかったら、価値がねえのか?」
「……?」
「俺が、お前にとって何の役にも立たねえ男だったら、見捨てるか?」
「僕がですか?」
……イグナスさんを見捨てる。僕が?
「……そんなこと、考えたこともありませんでした」
イグナスさんは、笑った。
少しだけ、寂しそうに。
「……もっと早く、言えばよかったな」
空気が変わる。
イグナスさんが、僕の顔を、じっと見つめた。
その目は、どこか熱を帯びている。
「……イグナスさん?」
ゆっくりと、イグナスさんが、言葉を紡ぐ。
「お前がおかしかったとしても」
「お前が、自分を信じられなかったとしても」
「俺には、関係ねえんだよ」
……どういう意味だろう。
金色の瞳が、真っ直ぐに、僕を射貫いた。
「俺は、お前が好きだ……男として」
……好き。
……男として。
告げられた言葉の意味がよく理解できなくて、そのまま聞き返す。
「イグナスさんは……僕のことが、好きなんですか?」
「ああ」
「男として、っていうのは……」
「キスしたり、抱きたいって意味だ」
僕は目を丸くする。
「……イグナスさんも、僕と、そういうことがしたいんですか?」
「……ああ」
イグナスさんの視線は、僕の顔から離れない。
……全然気付かなかった。
「でもな。無理矢理じゃ、意味ねえ」
「お前がそうしたいと思わねえのに、受け入れられても、俺は喜べねえ」
「……」
受け入れられても、喜べない……?
――「断る理由がないから」。
僕は、いつもそう考えていたけど。
それじゃ、駄目だということだろうか。
「……本当は、今すぐ奪っちまいてえとも、思うけどな」
イグナスさんは僕から視線を外し、苦笑した。
「柄にもねえこと、言っちまった」
力が抜けた様子で、月を見上げる。
「最初は、ただのナンパだったのにな」
「ナンパ、ですか?」
「可愛いって、言ったろ」
僕は、イグナスさんと初めて出会った頃の会話を、思い返してみた。
――『新入りかよ。けっこう可愛い顔してるじゃねえか』
「確かに、そう言っていました」
「ま、全然伝わらなかったけどな」
イグナスさんは肩をすくめる。
「こっちは、わりと本気で口説いてたのによ」
「……そうでしたっけ?」
僕の言葉に、イグナスさんは、ふっと笑った。
「ほら、伝わってねえだろ」
「でも、お前見てると、放っとけなくなった」
「……」
「気付いたら、守りたいと思ってた」
「……」
「居場所を作ってやりたいと思ってた」
「……」
「……お前、《毒蛇》のこと、好きか?」
イグナスさんの口調が、変わる。
静かに、確かめるように。
その問いに、僕はすぐ答えられなかった。
ノクスのことは、最初から好きだった。
綺麗で、優しくて、「恋人」を教えてくれた。
イグナスさんのことも、好きだった。
強くて、頼りになって、たくさん話してくれる。
でも。
イグナスさんが求めている答えは、そういうものとは、違う気がした。
――けれど、何が違うのか、僕にはよくわからない。
考え込んでいる僕の顔を見て、イグナスさんは、わずかに微笑む。
「……無理に考えなくていい」
まるで、最初からわかっていたみたいに。
「返事も、いらねえ」
イグナスさんの腕が、ゆっくりと、僕を包み込む。
「ただ……そのままのお前でいいって奴がいることだけ、覚えてろ」
温かくて、力強い腕。
その腕に抱き締められながら、僕は、夜明けまで月を見上げていた。
※※※
――『俺は、お前が好きだ……男として』
――聞いてしまった。
聞くつもりなんて、なかった。
今日も、会えないかもしれない。
僕が傷つけた。
当然だ。
それでも、顔だけでも見たかった。
君は苦しんでいる。
僕のせいで。
今まで感じていなかった疑問を抱えて。
部屋にいなかったから、心配になって、辺りを探した。
ただ、それだけだったのに。
――『お前がそうしたいと思わねえのに、受け入れられても、俺は喜べねえ』
わかっている。
あいつの方が、正しい。
本当はそうするべきだと、頭では、わかっていた。
でも。
それでも。
離れないでほしかった。
――君を、離したくなかった。




