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【第41話】壊れるなら、一緒に

「月花祭」が終わった頃から。

ノクスはまた、苦しそうな顔をすることが増えた。


僕が、ノクスに笑いかけた時も。

抱きついて、寄り添った時も。

隣で一緒に話している時も。

抱き締めて、キスをしてくれた後も。

いつも、僕を見て、苦しそうな顔をする。


それなのに、ノクスは、それを隠すかのように、穏やかに笑っている。


……僕は、どうしたらいいのか、わからなかった。



夜、いつものように、扉をノックする音がする。


「ノクス、こんばんは」


「……うん」


寂しそうな笑顔。

寝台に並んで座り、お茶を飲む。


「……」


「……どうしたの?元気ないね」


口数が少ない僕を心配するかのように、ノクスが僕の肩を抱く。


「……あの、ノクス」


「……ん?」


ノクスはいつものように、優しく微笑む。

でも……その笑顔は、やっぱりどこか、苦しそうだった。


だから――僕は尋ねた。


「僕といるの、嫌ですか?」


ノクスが、息を呑む。


「……どうして、そんなこと言うの?」


「最近、ずっと苦しそうです」


いや、もしかしたら――最近じゃ、なかったのかもしれない。


ノクスは、最初から苦しそうだった。

僕が尋ねるたびに、笑って「そんなことないよ」と言ってくれていた。


でも。


「本当は……僕、何か間違っているんじゃないですか?」


「……っ……」


ノクスが目を見開く。

視線が、床に落ちた。


何も言わないノクスを、僕はじっと見つめる。


長い沈黙の後、ノクスが、そっと口を開いた。


「……もし」


躊躇うように、そう言ってから。


「もし、僕が……恋人はやめようって、言ったら」


固い声で、ノクスは呟いた。

言葉を絞り出すように。


――ああ、やっぱり。


ノクスは、我慢していたんだ。

僕は、また……知らないうちに、失敗していたんだ。


胸の奥が、なぜか痛い。


「……《毒蛇》先輩が嫌なら、やめましょう」


僕は、そう告げていた。


「……は?」


《毒蛇》先輩は、一瞬何を言われたのかわからないような表情で、僕の目を見る。


僕のせいで、不快な思いをさせてしまったなら……離れないと。


「恋人、やめたいんですよね」


「……待って」


僕は、《毒蛇》先輩に、頭を下げる。


「気づけなくて、すみませんでした」


「――――違う!!」


「……え」


叫びにも似た声。

――初めて聞く声だった。


驚いて顔を上げようとする前に、強く腕を引かれる。


僕の身体は、《毒蛇》先輩の胸に、勢いよくぶつかり――

そのまま顎を掴まれて、唇が重なった。


「……っ?」


どうして、こんなことをするんだろう。

恋人をやめたいと、今言ったのに。


僕は、その身体を押し返そうとする。


「恋人は、やめたいって――」


「そんなこと、一言も言ってないだろ!!」


その瞬間、《毒蛇》先輩の腕が、僕の身体に回った。


「……!」


痛いくらいの力で、きつく抱き締められる。


「毒……っ」


呼びかけようとした唇を、また塞がれた。

――まるで、そう呼ぶことさえ、許さないみたいに。


「んん……っ」


口づけが、深くなる。

息ができなくなるくらいに。


「……っ」


抱き寄せる力が、強くなる。

逃げられないくらいに。


「……っ……ノクス」


――名前を呼んだ。


なぜか、そう呼ばなければいけない気がした。


ようやく、腕の力が、少しだけ緩む。

目が合ったノクスの顔は――今までで、一番、苦しそうだった。


「違うんだ」


「君は何も悪くない」


「悪いのは、僕なんだよ」


いつもの、余裕がある口調じゃない。


「……でも、ノクスは苦しそうです。だから、僕」


ノクスは僕を離さないまま、首を横に振る。


「君が嫌になったんじゃない。だから苦しいんだ」


「え……?」


嫌になったんじゃないのに、苦しい……?


意味が、わからなかった。


「……わからなくてもいい」


ノクスは、それ以上、説明しようとはしなかった。

頬に、手が添えられる。


「でも、僕は……君と離れたくない」


青い瞳が、僕を見つめて、揺れている。


「――離れないで。お願いだから」


その顔は、必死だった。

本当に、僕と離れたくないと、思ってくれているように見えた。


「君は、何も失敗なんかしてない」


ノクスが、優しく微笑む。

いつものように。


「……安心した?」


ノクスが苦しんでいる本当の理由は、よくわからない。


でも。


――ノクスは、僕と離れたくないと、言ってくれた。


「……はい」


僕は、ノクスの背中に、腕を回す。


……よかった。


僕は、失敗していなかったんだ。


「離れません」


「……うん」


僕たちは、そのまま、しばらく抱き合っていた。



――その日、僕たちは、同じベッドで眠った。


恋人になったばかりの頃、「一緒に寝ますか?」と聞いたことがあった。

その時、ノクスは「そんなこと、簡単に言っちゃ駄目だよ」と言っていたけれど。


「……今日は、このままでいて」


「……はい」


ノクスは僕を抱き締めたまま、目を閉じる。


僕も、その身体の温もりを感じながら、眠りについた。

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