表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/36

【第36話】「僕が『恋人』だから?」

久しぶりに姿を見せた《幽影》に、カウンターのワイルドウルフは、眉をひそめた。


「お前、最近姿が見えなかったが……何してた」


その口調は、どこか固い。


《幽影》は無言で、その顔を見返す。

それを予期していたかのように、ワイルドウルフは声を低めた。


「――あいつの身元を調べた。話がある」


「……」


ワイルドウルフは、カウンターを他の事務員に任せると、《幽影》とともに、作戦室へと向かった。



誰もいない作戦室で、ワイルドウルフは、《幽影》と向き合って座る。

神妙な面持ちで懐を探り、丁寧に畳まれた一枚の紙を取り出し、読み上げた。


「出身は、ローディル領のフェル村。今じゃ廃村になった、山奥の田舎村だ」


《幽影》の眉が、わずかに動く。


「8年前――そこで、過去に類を見ねえと言われる、おぞましい事件が起こった」


ワイルドウルフも眉をひそめながら、記録を淡々と読み進める。


「……イカれた愉快犯が村を占拠し、村人全員を山中の洞窟に集め、嬲り始めた……時間をかけて」


「……」


「山奥の寒村で発覚も遅れ、村人が人質になったことで騎士団も表立って動けず――このギルドに、討伐依頼が来た」


ワイルドウルフは黙って話を聞く《幽影》を、正面から見た。

確かめるように。


「《幽影》……お前が、そこに派遣されたと、記録が残ってる」


「……」


「討伐は無事成功。だが……」


そこで、ワイルドウルフは言葉を切った。

その先を口にすることを躊躇うように、一瞬口ごもる。


「村人は、全員、無残に殺されていた……ただ一人を除いて」


「……もういい」


そこで初めて、《幽影》が低く言った。


「続きを聞かなくても、わかっている」


ワイルドウルフは、視線を逸らし、続けた。


「記録では、お前に助け出された後、王都の孤児院に引き取られた……となっている」


ワイルドウルフの瞳が、《幽影》を射貫いた。


「お前、最初から、知ってたのか」


《幽影》は、何も答えない。

だが、それはワイルドウルフの問いを肯定したことと同じだった。


「……あいつの育ったという孤児院だが」


ワイルドウルフはゆっくりと息を吐き、重苦しい口調で告げる。


「あれを後援しているのは、慈善家で有名な貴族だ。孤児院だけじゃない。救貧院にも多額の寄付をしてる」


その視線は、たしなめるようでもあり、その危うさを気にかけているようでもあった。


「下手に動けば、こっちが潰されるぞ」


「……わかっている」


《幽影》は、それだけ言うと、懐にしまった記録帳に触れる。


「……今の私にできるのは、時が来るまで、見守ることだけだ」


その緑の瞳に、確かな決意を宿して。


※※※


夜、僕はいつものようにノクスを待つため、寮へと続く廊下を歩いていた。


すると、廊下の隅に、《断罪》先輩の姿が映る。

外の訓練場の方へ向かっていくようだった。

《断罪》先輩が、こんな時間に残っているのは、珍しい。


……今なら、いつも苦しそうにしている理由を、聞けるかもしれない。


僕はそう考えると、《断罪》先輩の後を追った。


《断罪》先輩は、静かな訓練場の真ん中で、剣を振っていた。

迷いを振り切ろうとするかのように、力強く、何度も。

僕が近づこうと一歩踏み出すと、すぐに気配を察知したのか、勢いよく振り返る。


「お前……」


僕の顔を見て、《断罪》先輩が目を見開いた。


「お疲れさまです、《断罪》先輩」


「どうした、こんな時間に」


「《断罪》先輩の姿が見えたので」


「……俺が?」


また、沈黙。

僕はその顔を見上げると、ずっと気に掛かっていたことを、口に出した。


「……あの、《断罪》先輩」


「……ん?」


「僕、また何かしてしまったんでしょうか」


「……え?」


「僕、わからなくて。何か嫌な思いをさせてしまっていたら、教えてください」


《断罪》先輩が、息を呑んだ。


「……どうして、そんなこと聞くんだ?」


「最近、僕と話す時、いつも苦しそうです」


僕の言葉に、《断罪》先輩の茶色の瞳が、大きく揺れた。


「……ッ、俺のせいで……」


その声は、やっぱり、ひどく苦しそうだった。


「……違うんだ」


《断罪》先輩が、小さく呟く。


「?」


「お前は、悪くねえ」


「でも」


「お前が……お前が悪いわけ、ねえだろ……!」


――次の瞬間。


僕は《断罪》先輩の腕の中にいた。


「……?」


その手は――力強いのに、震えていた。


けれど、《断罪》先輩は、それ以上何も言わない。

代わりのように、僕を抱き締める腕に、痛いくらいの力がこもる。


「……《断罪》先輩?」


……どうしたんだろう。


「俺は――」


そのとき。


「……何してるの?」


背後から、冷たい声が聞こえた。


「……《毒蛇》先輩?」


顔を向けると、ノクスが静かに立っていた。

その視線は、僕ではなく、《断罪》先輩に向けられている。


「――今さらでしょ」


「……お前」


《断罪》先輩は、ノクスの顔を見て――息を止めた。

腕の力が緩む。


「……そうだな。今さらだ」


《断罪》先輩は、地面に視線を落とし、目を閉じた。


「もう、取り返しがつかねえ」


……どういう意味だろう。


僕がじっと《断罪》先輩を見ていると。

《断罪》先輩が、突然、にかっと笑った。


「今まで、悪かったな!全部、お前のせいなんかじゃねえ。俺の個人的な問題なんだ」


「……そうなんですか?」


よく、わからないけれど。

何か、悩みでもあったのだろうか。


「ああ、だから……」


《断罪》先輩は、大きく息を吸い、明るい口調で言う。


「また、前みたいに話そうな!」


僕は、その言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。


……よかった。

仲直り、できたみたいだ。


「はい。嬉しいです」


自然と、笑みがこぼれる。


《断罪》先輩は一瞬目を見開いて――


「……ああ。またな」


肩の力を抜いたように、笑った。


《断罪》先輩が去って行くと、ノクスは僕の耳元で、低く囁いた。


「……君の部屋、行こ」



部屋に入って、扉を閉じた瞬間。


ノクスが、強く僕を抱き締めた。

そのまま、唇が重なる。


「……っ?」


扉に押しつけられるような体勢で、キスが深くなり、その場から動けなくなる。


「ん……っ」


僕は、ノクスが顔を離すまで、その背中にしがみついていた。


わずかに呼吸を乱しながら、ノクスが尋ねてくる。


「……あいつ、なんで急に?何があったの」


《断罪》先輩のことだろうか。


「よくわかりません。どうしていつも苦しそうなのか、お聞きしたら急に」


「……そう」


「でも、また笑ってくれてよかったです」


僕がそう言って笑うと、ノクスが息を呑んだ。


「……っ」


また、唇が重なる。

さっきよりも、強いキス。


「……っん」


腕の力が、強まった。


ノクスの手が、確かめるように、僕の髪や背中を撫でる。

ぞくりとした感覚とともに、乱れていく呼吸。

その合間に、僕は口を開いた。


「……ノクス」


「……ん?」


「今日は、たくさんキスしますね」


「……嫌?」


ノクスが、低い声で問いかけてくる。


「いいえ」


僕は首を振る。


「嬉しいです」


その瞬間、ノクスが、息を止めた。


「……嬉しい?」


「はい。恋人として、ちゃんとできているみたいで」


「……」


沈黙が落ちた。

腕の力が、わずかに緩む。


ノクスは、ゆっくりと口を開いた。


「……僕が、『恋人』だから?」


まるで、確かめるように。


「はい。恋人として、僕を必要としてくれているんですよね?」


「……必要、か」


……どうしてだろう。


ノクスは笑っている。

「恋人」として、ちゃんと、できているはずなのに。


その笑顔は――今まで見たことがないほど、苦しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ