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【第35話】「楽しかった?」

「飯の前に、武器屋、見に行くか?」


夕方、僕を迎えに来てくれたイグナスさんが、そう誘ってくれた。


「はい」


約束、覚えていてくれたんだ。


武器屋への道を歩きながら、イグナスさんは僕の腰にくくりつけられているナイフを見た。


「お前、いつも持ってるそのナイフ、どこで買ったんだ?」


「これですか?孤児院を出るときに、台所にあったのをもらいました」


僕が答えると、イグナスさんは絶句した。


「……マジか」


信じられないといった顔で、僕をまじまじと見る。


「お前、少しは給金もらってんだろ。なんで買わなかった」


「折れなかったので」


「そういう問題じゃねえ」


怒りとも、呆れともつかない声でそう言って、イグナスさんは額を押さえた。


「……ほんとに、危なっかしすぎて、放っておけねえ奴だな」



武器屋に入ると、イグナスさんは、真剣に僕に合いそうな武器を選んでくれた。


「こっち持ってみろ」


「ちょっと重いです」


「じゃあ却下だ」


「これは?」


「柄が合ってねえ」


何度目かのやりとりを経て、イグナスさんが選んでくれたのは、今よりも少し小ぶりで、軽いナイフだった。

握るとすっと手に馴染む感覚があり、振り抜きやすい。


「威力は低くなるが、速度も精度も上がる。当たらなきゃ意味ねえからな」


イグナスさんは腕を組みながら、ナイフを振る僕の姿勢を確認する。


……ほんとに、全然違う。


「すごいです」


「何がだよ」


「僕に合うものが、すぐにわかるんですね」


すっかり感心して言うと、イグナスさんは視線を逸らし、ぶっきらぼうに答える。


「……別に、この仕事してりゃ、当然のことだ」


僕はイグナスさんから選んでもらったナイフを購入し、丁寧に鞄の中にしまった。


「選んでくださってありがとうございます。大事に使いますね」


「……ああ」


お礼を言うと、イグナスさんが、わずかに目を細めた。

そして、僕の腰にくくりつけられているナイフに視線を移す。


「もう、それ使うなよ」


「はい」


「もったいなくても、だぞ」


……念を押すように言われて、僕は頷いた。


「……飯、どこで食う?」


店を出る前に、イグナスさんが尋ねてくる。


「《気まぐれ店主の創作料理店》がいいです」


僕がそう言うと、イグナスさんは吹き出した。


「……また《爆裂肉団子》か」


※※※


その日の夜、ノクスは僕の部屋に、色とりどりの花を抱えてやってきた。

お洒落なガラスの花瓶も、一緒に持っている。


「どうしたんですか?」


僕が尋ねると、ノクスは穏やかに微笑んだ。


「君の部屋、殺風景だから。たまにはこういうのもいいでしょ」


「ありがとうございます」


ノクスは花瓶に花を挿し、窓辺に置いてくれる。

それだけで、部屋の空気が華やいだ気がした。


「綺麗ですね」


僕がそう言って笑うと、ノクスも嬉しそうに目を細める。


そこで、ノクスは何かに気付いたように、枕元を見た。

そこに置かれていたのは、革の鞘に収まった、新しいナイフ。


イグナスさんから選んでもらったものだ。


「……それ」


「はい。《狂刃》先輩に選んでもらいました」


その瞬間、ノクスの笑顔が、一瞬だけ揺らいだ気がした。

けれどすぐに優しく微笑み、僕の話を聞いてくれる。


「……そっか。どんなこと話したの?」


僕は、今日の出来事を報告するようなつもりで、詳しく話す。


ずっと同じナイフを持っていたこと。

呆れたように「なんで買わなかった」と言われたこと。

僕に合うものを、真剣に選んでくれたこと。

そして、最後にまた《気まぐれ店主の創作料理店》でご飯を食べたこと。


「……楽しかった?」


ノクスの問いに、僕は頷いて、笑った。


「はい。僕に合うものを、すぐに選んでくれて……さすがですね」


「……僕と、いるよりも?」


部屋に、小さな呟きが落ちる。


「え?」


「……ごめん、なんでもないよ」


そう言って僕の頭を撫でた、ノクスの顔は。


笑っているのに――どこか、苦しそうだった。

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