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【第30話】嘘と本音

「アレクさま!」


月が美しく輝く夜。


愛しい恋人の姿を視界に入れ、女は弾んだ声とともにドレスの裾を翻し、駆け寄った。

とろけるような笑みを浮かべ、うっとりと腕を絡める。


「お会いしたかったです」


そのまなざしが見つめるのは、まるで物語の王子がそのまま抜け出してきたような美青年だった。


上質な仕立ての服を身に纏い、溜息が出るほどに洗練された身のこなし。

艶やかな金髪は月明かりに照らされ、妖しいほどの色香を放っている。


宝石のように澄んだ青い瞳が、女を見て、愛しげに細められた。


「君のためなら、いくらでも時間を作るよ」


アレク――《毒蛇》は、女を抱き寄せ、優しく口づけた。


――女は、死んだ。


《毒蛇》はその身体を無表情に見下ろし、寝台から身を起こす。


偽りの身分を用意し、相手の行動パターン、好きなものを調べる。

偶然を装って出会い、甘い言葉をかけ、距離を詰める。


それだけで、女は、驚くほど簡単に落ちた。


任務は成功した。

だが、何も残らなかった。


――「アレク」なんて、どこにもいない。


※※※


甘い言葉も、 優しい笑顔も、自分にとっては、呼吸と変わらない。

相手が欲しがる言葉を選び、 心地いい距離を取る。

そうやって生きてきた。


だが、それが全く通用しない相手が、目の前に現れた。


――壊れていることには、最初から気付いていた。


疑いもせず自分を信じ、こちらが思いもよらぬ反応を返してくる。


――面白いと、思った。


だから、近づいたらどんな反応をするだろうと、距離を詰めた。

「恋人を教えてほしい」と言われた時も、興味本位で引き受けた。


自分が教えたら、どこまで染まるだろうか。

触れれば、口づければ、どんな反応を見せるだろうか。


気付けば、止められなくなっていた。


――覚えたことを、他人へ向ける可能性を、頭の隅に追いやって。


あの子は、最初から言っていた。

正しい恋人を知りたいのだと。 おかしくないようにしたいのだと。


その考え自体が間違っていると知っていながら、自分は教え続けた。


――そうして、あの店での姿を見た時、背筋が凍った。


あの子は、自分が教えたことを、全部、忠実に守っていた。


それが「正解」なのだと。

そうすれば喜んでもらえるのだと、信じて。


……遊びすぎた。


このままでは、取り返しがつかないほどに、壊してしまう。


頭を冷やそうと、「いつもの」任務を入れた。

距離を取れば、そのうちどうでもよくなるだろうと。


――なのに。


今もこうして、あの姿を思い出している。

自分が教えた「恋人らしさ」ではなく。


――『全部いいです』

――『王子様みたいですね』


あの、無垢な言葉と、笑顔を。

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