【第26話】「お客様が、一番です」
《教授》、《狂刃》、《毒蛇》はギルドを飛び出し、王都を手分けして捜索した。
しかし、夕方になっても、その姿を見つけることができない。
予め決めていた場所に集合し、互いに収穫がないとわかると、重苦しい空気が漂う。
「……くそ、もう夜になる。丸一日経っちまうぞ」
《狂刃》が呼吸を乱しながら、苛立ちも露わに、舌打ちする。
《毒蛇》も珍しく余裕のない様子で、考え込むように呟いた。
「……あの子が、一人でそんなに遠くへ行けるとは思えないけど」
以前任務へ行った際、「王都の外にはほとんど出たことがない」と言っていた。
「……」
《教授》が沈黙する。
最悪の想像が、三人の頭をよぎった。
無情にも時間だけが過ぎ、路地の奥――繁華街の灯りが、煌々とつき始める。
――一人でよく知らない場所へ迷い込み、また危険な目に遭っていたら?
それを認めまいとするように、《狂刃》が首を振り、小さく呟いた。
「……一応、こっちも確認するか」
治安がいいとは言えないその区画へ、三人は足を踏み入れた。
数歩も行かないうちに、軽薄そうな男が声をかけてくる。
「おっ、そこのお兄さんたち!めちゃくちゃイケメンだね!!」
客引きの男だろう。後ろには、煌びやかな照明が灯った、派手派手しい佇まいの店があった。
看板には「可愛い男の子たくさんいます」と、キラキラした文字で書かれている。
「そんなイケメンだったら、可愛い女の子は見飽きてるでしょ?ウチで遊んでいかない?」
「んなこと、してる場合じゃ――」
鬱陶しげに口を開きかけた《狂刃》に気付かず、男はまくしたてる。
「昨日入ったばかりの可愛い子いるよ!ちょっと天然でウブでさ。おすすめだよ!!」
「……」
《狂刃》の言葉が止まる。
《毒蛇》から表情が消えた。
――全員が、同じ人物を想像する。
「……その新人、どんな外見だ」
《教授》が、表向きは冷静に尋ねた。
「おっ、興味ある?黒髪で、翡翠みたいな綺麗な目の、猫っぽい子だよ」
眼鏡の奥で、銀灰色の瞳が揺れた。
「素直ないい子だから、もう人気出始めてるんだ!遊ぶなら今のうちだよ!!」
「……へえ」
《毒蛇》の口元に、冷笑が浮かぶ。
「……ふざけんな」
《狂刃》が男の肩を押しのけ、店に入ろうとする。
「ちょっと、乱暴はお断り――」
慌てて止めようとする男。
その瞬間。
《教授》は懐から革袋を取り出すと、男に叩きつけた。
中からこぼれ落ちた金貨に、男の目が見開かれる。
「――私は客だ。今すぐ通せ」
店内は外観と同じく、煌びやかで派手派手しかった。
上品とは言いがたい桃色の照明に、壁にずらりと並んだ酒のボトル。
客引きの男は金貨の入った革袋を持ち、意気揚々と三人を案内する。
そうして目の当たりにした光景に――彼らは言葉を失った。
自分たちが必死になって探していた人物が――
酒に酔った様子の若い男を、隣で介抱していた。
清潔感のある白い半袖のシャツに、赤いネクタイをきちんと締めて。
一見きちんとした印象に見えるのに、その下は、太腿が見えるほど短い、茶色のパンツだった。
すらりとした足を覆う黒いハイソックスが、逆に生々しい。
そして――胸元には、「ルル」と可愛らしい文字で書かれた、名札。
絶句する三人をよそに、「ルル」は、心配そうに男の背を撫でている。
「大丈夫ですか?飲み過ぎでは?」
「いやぁ~、ルルちゃんが可愛すぎて、お酒が進んじゃったよ……」
「お水、どうぞ」
「……優しいねぇ」
熱っぽい目でその肩を抱く男に、「ルル」は穏やかな表情で、笑いかける。
「ここでは、お客様が恋人ですから」
そして――男の身体に、ぴたりと寄り添った。
《教授》と《狂刃》が、状況を理解できぬまま、その異様な光景を凝視している後ろで。
《毒蛇》だけが――喘ぐように、顔を引きつらせた。
そんな「ルル」に向かって、客引きの男が明るい調子で告げる。
「ルルちゃん、ご指名だよ!!」
「はい」
「ルル」は、素直に立ち上がり、名残惜しそうな男に丁寧に会釈して、離れる。
その目が、三人の姿をとらえ――
「……あれ?」
「……」
意外そうに、丸くなった。
※※※
夜中にギルドを出た僕は、荷物を背負いながら、とりあえず街をぶらついた。
まずは、宿を確保して……それから、新しい仕事を探さないと。
とは言っても、王都からはほとんど出たことがないから、近場で探すしかない。
あてもなくぶらぶらしていると、路地の奥に、灯りが見えた。
あの辺りに、宿があるかもしれない。
そう思って進むと、夜だというのに、その一帯だけがやけに明るく、ざわついていた。
綺麗に化粧をした女の人や、お洒落な格好をした男の人たちが、沢山歩いている。
「ねえ、ちょっとそこの君!」
ふいに、男の人が声をかけてきた。
「はい、なんでしょう?」
「君、可愛いね。もうどこかの店で働いてる?」
……?
「いえ、ちょうど探しているところです」
「そうか!じゃあウチの店に来ない?君、可愛いから、きっと人気出るよ!」
……可愛い?人気が出る?
首を傾げる僕の姿を見て、男の人は目を細める。
「その荷物、もしかして家出とか?ウチは大きい店だから、寮もあるよ」
「そうなんですか?」
何のお店かはよくわからないけど、住み込みで働けるならありがたい。
「よくわかりませんが、僕でお役に立てるなら、働きたいです」
ぺこりと頭を下げると、男の人が小さく目を見開いた。
「……うわ、純情。これ拾い物だ」
僕は促されるままに、お店の中に入る。
そこは、とても煌びやかな内装の店だった。
明るい照明を受けて、壁に飾られた沢山のお酒のボトルがキラキラと輝いている。
《毒蛇》先輩に連れて行ってもらった店と似ているけれど、雰囲気は少し違う気がした。
僕と同じくらいの年代の男の人たちが、たくさん働いている。
お客さんの隣に座ってお酒を注いだり、楽しそうに話したり――接客のお仕事なのか。
そこへ。
「おっ、可愛い子連れてきたじゃん!」
明るい声がかかった。
顔を向けると、「店長」と書かれた名札をつけた男の人が近づいてくる。
この人が責任者なんだろう。僕はまた、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。住み込みで働かせて頂けると聞いて来ました」
そんな僕を、店長は物珍しそうにじっと見て――破顔した。
「いいねぇ!!スレてないねぇ!!」
……何がいいんだろう。でも嬉しそうだ。
「もちろん大歓迎だよ!!よし、さっそく君の名前を決めようか!!」
「名前を決めるんですか?」
首を傾げる僕に、店長はなぜか感動したように拳を握る。
「おお……それも知らないのか……いいねえ」
……また言われた。
「こういう店では、専用の名前をつけるものなんだよ」
「そうなんですか?」
……ギルドでのコードネームみたいなものか。
店長は、にこにこしながら僕を見て、ひらめいたようにぽんと手を打った。
「――よし、猫みたいで可愛いから、『ルル』で!」
軽い調子で言われた名前。
僕は頷いた。
「ルルですね。わかりました」
「よし!君、人気出そうだから、さっそくちょっと店に出てみようか!!着替えておいで」
あれよあれよという間に手続きが進み、制服を渡される。
店長は、着替えた僕の姿を見て、満足げに親指を立てた。
「いい!!最高だね!!」
……なんだかよくわからないけど、大丈夫らしい。
店長は、僕の肩に手を置き、言い含めるように教えてくれた。
「店では、お客様を恋人だと思って接するんだよ」
「恋人、ですか?」
「そう。お仕事だからね。お客様に、気分良く飲んで帰ってもらわないと」
「はい、わかりました」
ここでは、「恋人みたいに」お客さんに接したらいいのか。
……《毒蛇》先輩に教わっておいて、よかった。
※※※
一瞬目を丸くした「ルル」は、何事もなかったかのように、柔らかく微笑む。
立ち尽くしている三人に向かって、丁寧に会釈した。
「ご指名ありがとうございます。『ルル』と申します」
誰も何も言えない。
「お席にご案内します。こちらへどうぞ、お客様」
「ルル」は微笑んだまま、《教授》の手を取り、自然に指を絡めた。
「……」
《教授》は、思考停止したように固まり、そのまま大人しく手を引かれる。
その銀灰色の瞳が、何か見てはいけないものを見てしまったかのように、大きく揺れた。
「……なんだよ、『お客様』って」
《狂刃》が声を絞り出す。
《毒蛇》は無言で、そんな「ルル」の姿を見ていた。
三人は、奥の広々とした座席に通される。
「ルル」は愛想が良かった。
――等しく、誰にでも。
「知的そうで、素敵ですね」
指を絡めたまま、《教授》に笑いかけ、その容姿を褒める。
「君は……」
《教授》が、声を詰まらせた。
自らの発言が招いた結果を、受け止めきれないように。
「お酒、いかがですか?」
《狂刃》に寄り添い、優しい笑顔で酒を勧める。
「……そんな顔で、笑うな」
《狂刃》は、その姿を見るのが耐えきれないかのように、顔を歪めた。
「お客様が、一番です」
《毒蛇》の腕に、甘えるように自らの腕を絡める。
「……やめてよ」
《毒蛇》はほとんど懇願するように呟き、視線を逸らした。
――その瞬間。
「ルル」の表情が、曇った。
「……何か、ご不快にさせてしまいましたか」
戸惑ったような表情。
不安そうな声音。
――三人は、息を呑む。
「お前……」
《狂刃》がその顔を見つめて口を開きかけた、その時。
「ルルちゃん!そろそろ戻って来てよ~」
先ほどの、酔った男の声が聞こえた。
「……あ、はい」
「ルル」は、また、素直に立ち上がろうとする。
その腕を、《狂刃》が掴んだ。
「……行くな」
「……?」
「ルル」は、不思議そうに《狂刃》を見て、首を傾げる。
そこへ、「店長」という名札を着けた男が、申し訳なさそうな表情で近づいてきた。
「申し訳ありません、お客様。この子、人気でして。そろそろ……」
「……」
《狂刃》は、何か言いたげに、「ルル」の顔をじっと見つめた。
だが、言葉にならない。
次の瞬間、激しく舌打ちする。
懐から革袋を取り出すと、乱暴に机の上に置いた。
「……まだ話すことがあんだよ。こいつ、ずっとここにつけろ」
「……へ?」
袋から飛び出した金貨に、店長の目が丸くなる。
「いえ、あの……」
「……なに、足りないの?」
《毒蛇》が、ちらりと店長を見て、静かに問いかける。
それだけで、なぜか周囲の空気が冷えた。
冷や汗を浮かべる店長の目の前で、《毒蛇》がさらに革袋を積み上げる。
「……これで、文句ないでしょ」
そんなやりとりを遠目に見た他の客が、わずかにざわめいた。
「……なに、あの金貨の山」
「新人、そんな人気なの?」
「ルル」はただ、その光景を不思議そうに見ている。
店長が這々の体で引き下がると、《狂刃》は、「ルル」に向き直った。
「……帰るぞ」
その言葉に。
「ルル」は、きょとんと目を瞬かせた。
「……帰る?」
まるで、意味がわからないとでも言うように。
「なぜですか?……僕、不要なのに」
――空気が、凍った。
「……は?」
《狂刃》の声が掠れる。
「……何で、そうなるの」
《毒蛇》の青い瞳が揺れた。
だが、「ルル」は本当に理解できない様子で、首を傾げる。
「……あの襲撃は、僕が原因なんですよね?」
その瞬間、二人の視線が《教授》を射貫いた。
《教授》はゆっくりと首を振り、「ルル」の目を見る。
「……そういう意図ではなかった」
「……?でも」
「ルル」は、困ったように三人を見た。
「任務にも出るなと言われましたし、お二人にもずっと守ってもらってばかりで」
――そして。
「迷惑をかけるくらいなら、いない方がいいですよね?」
その言葉は――あまりにも、自然だった。
怒りも、哀しみも、恨みもない。
ただ、そう信じて、疑っていないかのように。
「……何でだよ」
《狂刃》が、唸るように呟いた。
だが、それ以上言葉にならない。
《毒蛇》は、目を見開き――何も言えずに、目を伏せた。
「……」
《教授》が、静かに息を吐く。
そして、店長を呼んだ。
その目の前で――
鈍い音と共に、重たい金貨が溢れ落ちる。
先程までとは、比較にならない量。
「――この新人を買い取る」
「……はい?」
その宣言に――店長の声が、裏返った。
「ルル」も戸惑ったように《教授》を見る。
「あの、どうして――」
「必要だからだ」
《教授》が、きっぱりと告げた。
「……え?」
「ギルドの私の研究室が、だいぶ雑多になってきた。ちょうど助手をつけようと思っていたところだ」
「あの、ちょっとお客様?そんなこと勝手に言われましても……」
「足りないならば、好きに金額を言え。言い値で買い取る」
《教授》の声には、何の躊躇いもない。
後ろから、《狂刃》と《毒蛇》が、無言で店長を威圧する。
「いえ、けっこうです……こちらで、十分でございます……」
「頭のおかしい客」を見る目で、恐怖に顔をひきつらせながら、店長は承諾した。




