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【第24話】「誰も、苦しまないように」

窓から、音もなく、黒装束の人物が入ってくる。

一人じゃない。


反射的に扉へ走ろうとしたけれど、何かが飛んできて、僕の肩をかすめた。


「……っ」


床に落ちたのは、投擲用のナイフ。

怯んだ隙に回り込まれ、退路を断たれた。


――敵は、全部で四人。

……どう考えても、勝てる気がしない。


それでも、ギルドへの襲撃なら、暗殺者として戦う義務がある。

僕は、せめて少しでも時間を稼ごうと、ナイフを構えた。


敵の一人が、余裕を感じさせる手つきでナイフをくるりと回し、足を踏み出す。


――次の瞬間、二の腕に鋭い痛みが走る。


すれ違いざまに振り抜いた僕のナイフは、虚しく空を切った。

背後から、別の敵が投げたナイフが飛んできて、僕の足に突き刺さる。


「……っ!」


その場に崩れそうになり、なんとか踏みとどまる。

他の二人は動かず、こちらの様子をうかがっているように見えた。

全員でかかってくれば、僕など一瞬で殺せそうなのに、なぜかそうしない。


「まだか」

「もっと追い込め」


そんな呟きが聞こえたけれど、なんの事かはわからない。


その時。


廊下の向こうから、金属がぶつかる激しい音が響く。


「ぐあっ――!」


誰かの悲鳴。

続いて、ワイルドウルフさんの怒号。


「正面から戦うな!!手練れだ!!」


その声を聞いた瞬間、胸の奥が、ひやりと冷えた。

強い暗殺者の人たちは、ほとんどが自分の拠点へ帰っている。


残っているのは――当番の事務の人と、僕みたいな寮暮らしの暗殺者だけ。


このままじゃ、ギルドの人たちが苦しむ。

僕は、暗殺者なのに。

せめて、少しくらい役に立たないと。


僕は、目の前の敵を見た。


……早く、殺さなきゃ。


そう思った瞬間――視界が、白くなった。


※※※


伝令魔術は、近くにいるギルド所属の暗殺者へ、一斉に緊急事態を知らせる魔術だ。


『ギルド本部襲撃!!正体不明の敵と交戦中、至急応援を――』


王都の夜に、切羽詰まった声が響く。


「――は?」


路地を歩いていた《狂刃》が、顔を上げた。


「あいつ……!」


次の瞬間、舌打ちし、地面を蹴る。

そのまま脇目も振らず、ギルドへ駆け出した。



「……襲撃?」


本のページをめくる、《毒蛇》の手が止まった。

珍しく、その表情から笑みが消える。


「……あの子は」


掠れた声。

次の瞬間には、姿が消えていた。



伝令を聞いた《断罪》は、息を呑む。

脳裏をよぎるのは、


――「恋人、ちゃんとできなくて、すみませんでした」


という、あまりにも痛々しい言葉。


「……っ、クソ!」


《断罪》は、剣を掴み、夜へ飛び出した。


※※※


ワイルドウルフの爪が、敵の喉元を切り裂いた。

だが次の瞬間、別方向から飛んできた刃が、他の事務員を狙う。

咄嗟に事務員を突き飛ばし、そのまま肩口を浅く裂かれる。


「事務長!!」


「……チッ。勘が鈍ったな」


ワイルドウルフは敵を見据えながら、低く吐き捨てた。


「……お前ら、何が目的だ」


答えるはずがないとわかっていながら、尋ねる。


Aランク暗殺者たちにも引けを取らない精鋭揃いだった。

だが、人数は、やけに少ない。

こちらを全滅させようという殺意も、何らかの情報を奪おうとする素振りも見せない。


じわじわと、違和感がこみ上げてくる。


その時。


――複数の気配が、間を置かず、消えた。


方角は、寮。


「……まさか」


「――どけ」


低い声とともに、ふいに、影がゆらめいた。

敵がその存在を認識する頃には、もう終わっている。


「《……幽影》」


わずかに、ワイルドウルフが息を吐いた。

その背後からさらに、他の暗殺者たちが駆けつけてくる。


《幽影》は一瞬だけそれを横目で確認し――他の敵には構わず、寮へ続く廊下を駆けた。


《狂刃》は到着するなり、敵の集団に突っ込み、斧を振り回した。


「――邪魔だ!」


受けようとした敵が力負けして、一歩後ずさる。


体勢を崩した一人の眉間に、《毒蛇》の放った毒針が吸い込まれた。

目を見開き痙攣している敵には目もくれず、素早く周囲を見渡す。


「……いない」


「大丈夫か!!」


《断罪》は腰を抜かしている事務員を庇いながら、目の前の敵に向かって剣を振り下ろす。

刃をほんの二、三度交えただけで、相手の剣が折れた。


その間に、伝令魔術を聞いた暗殺者たちの気配が、続々と近づいてくる。


「――頃合いだな」


敵の一人が、冷静に呟く。

その声を合図に、まるで見計らったかのように、敵が退却を始めた。


ワイルドウルフが眉をひそめる。

だが、自ら追うことはしない。


駆けつけてきた数人に追跡を任せ、寮の方向へ視線を向ける。

《狂刃》たちの姿は、すでに廊下の先へと消えていた。


※※※


寮は、異様な静けさに包まれていた。

戦闘音も、悲鳴も、わずかな物音すらも、聞こえない。


「……なんだ、この感じ」


言語化できない違和感に、《狂刃》は眉をひそめる。


「……静かすぎるね」


《毒蛇》も周囲を警戒しながら、足早に廊下を進む。


――そして、「その部屋」の前。


《幽影》が立っていた。

扉は、開いている。


「……おい?どうなってるんだ、あいつは――」


《断罪》が、小さく問いかけるが、答えはない。

《狂刃》が、焦れたように中へ踏み込んだ。《毒蛇》も後に続く。


その瞬間――

誰もが、息を呑んだ。


そこにいたのは。


転がる、死体の中心で――

虚ろな目をしたまま立ち尽くす、傷だらけの《天然》の姿だった。


「……おい」


《狂刃》が、一歩近づく。

その視線は、血の流れる肩と、足に向けられていた。


《毒蛇》は、周りに倒れている死体を、静かに確認する。

それは――あまりにも、綺麗だった。


余計な傷は、一切ない。

どの死体も、すべて、首の急所を正確に切断されている。


「これ……君が、やったの?」


《天然》は、どちらにも答えなかった。

《断罪》は、まだ状況が飲み込めていない様子で、ただ立ち尽くしている。


そして。

糸が切れたように、《天然》の目に、光が戻った。


「……あれ?みなさん」


いつもの、少し間の抜けた声。


「よくわからないですけど……終わりました」


その言葉を聞いた瞬間、《狂刃》の顔色が変わる。

駆け寄ろうとした矢先――


「……っう!」


《天然》が、苦しげな呻き声をあげ、床に崩れた。

痛みに耐えるかのように、歯を食いしばる。


「……おい!?大丈夫か!!」


《断罪》が目を見開き、室内へ足を踏み入れる。

《毒蛇》の顔色が変わった。


すぐさま、《狂刃》がその身体を支える。


「しっかりしろ!」


その焦りとは裏腹に、《天然》は、浅い呼吸をしながら、小さく尋ねた。


「……ギルドのみなさんは、無事ですか?」


「ああ」


「……敵は……」


その視線が、床に倒れ伏す敵に向いた。


「……一瞬で、死ねたでしょうか」


「……お前……」


《狂刃》が目を見開き、声を詰まらせる。

《毒蛇》はその側に屈み込んで、優しく微笑んだ。


「……大丈夫。綺麗に死んでるよ」


それを聞いて、まだあどけなさの残るその顔が、安心したように、ほころぶ。


「……よかったです」


気が抜けたように、その目が、ゆっくりと閉じられた。


「……ッ、馬鹿が」


《狂刃》の腕の力が、強まる。

《毒蛇》は、一瞬ためらい……そっと、その小さな手を握った。


二人の姿を見た《断罪》は、唇を引き結び――その光景を、ただ見つめていた。


「……」


《幽影》は何も言わず、そのすべてを、ただ静かに見守る。

ふいに、その眉が、ぴくりと動いた。


「……まだ、見ているな」


誰にも聞こえない程の声で呟き――《幽影》は、また影のように、姿を消した。


――廊下の奥から、足音が近づいてくる。


「……遅かったか」


《教授》が姿を見せた。

その言葉は、何が起こったのか、全てを理解しているようでもあった。


詠唱しながら足早に《天然》の前に歩み寄り、掌をかざす。

その銀灰色の瞳が、傷だらけの身体を見て、静かに伏せられた。


光に包まれる小さな身体を眺めながら――誰も、何も言わなかった。



《狂刃》たちに医務室への付き添いを任せ、《教授》は、ワイルドウルフとともに、部屋の検分を始めた。

冷たくなった敵の衣服や持ち物を確認したが、手がかりになるようなものは見つからなかった。


「……ま、そんな簡単に足がつくようなヘマしねえか」


予想通りだとでも言いたげに、ワイルドウルフが肩をすくめる。


《教授》が、銀縁眼鏡を押し上げ――ぽつりと呟いた。


「……彼は、もう任務に出すべきではない」


その表情は、何かを飲み込んでいるように、陰りを帯びている。


「断言はできないが……個人的に狙われている可能性が、極めて高い」


ワイルドウルフが、小さく息を吐く。


「……過去を詮索するのは、ここの流儀に反するが」


その声は、苦かった。


「もう放置できねえ……探ってみるか」



ワイルドウルフが戻った後も、《教授》は《天然》の部屋に残っていた。

血で汚れた家具や床に目をやり、わずかに眉をひそめる。


ふと、その視線が、血のついた本棚に向く。


見覚えのある本が置かれていた。

題名は、《影の暗殺者ファントム》。

繰り返し読まれたのか、表紙はすり切れている。


――「でも面白いんですよ、これ」


一緒に任務へ出かけた際、《天然》はそう言って笑っていた。

何気なく本を手に取り、ページをめくった《教授》の手が、止まる。


「……」


《影の暗殺者ファントムは、どんな任務も、かならず完璧にやりとげます》

《あっというまにしごとを終わらせるので、だれにもそのすがたは見えません》

《どんなひょうてきでも、ファントムは一瞬でしずかにたおしてしまいます》

《あまりにはやいので、いたいと感じるひまもありません》


「……まさか」


呟く声は――かすかに震えていた。

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