【第21話】《狂刃》と《毒蛇》~壊れた完成~
《狂刃》は、斧を振り回し、襲いかかってくる敵を、片端から斬り捨てていた。
集団戦闘は、《狂刃》の十八番だった。
斧を振るい、豪快に敵を薙ぎ払い、吹き飛ばす。
そのたびに、気分が高揚する――
……はずなのに。
今は、湧いてくる敵が、ただ煩わしい。
「……次だ」
短く吐き捨て、壊滅させた拠点から走り出す。
国から下された、国境沿いの任務。
派手に殺すことで、騎士団の関与を疑わせない。
事前にギルドで聞いていた情報と、敵から引き出した情報を照らし合わせ、次々に拠点を潰していく。
――自分には、向いている仕事だ。
だが。
「……うるせぇな」
相手も武装した集団だ。死に物狂いで襲いかかってくる。
《狂刃》の相手には到底ならなかったが、いかんせん、数が多い。
斧を振るう度に、敵は吹き飛び、腹や手足を裂かれ、苦悶の叫びを上げる。
それを繰り返す度。
《狂刃》の脳裏に、かつて聞いた言葉がちらついた。
――そのうち死ぬことと、すぐ死ぬことは、違いますよね?
自分は、それを聞いて「おかしいぞ」と吐き捨てた。
「……」
舌打ちして、斧を握り直す。
何も間違っていない。むしろ今回の任務に関しては、派手にやるほど効果的だ。
嬲った敵から情報を引き出し、また、次の拠点へ走る。
「ひ……っ」
「助けてくれ!!」
「隣国の情報を渡す!!」
敵の幹部集団。
拠点が次々に壊滅していることがすでに伝わっていたのか、《狂刃》が襲いかかるなり、彼らは命乞いを始めた。
その瞬間。
脳裏で、また、あの言葉が反芻される。
《狂刃》は、薄く笑みを浮かべ、静かに距離を詰めた。
「……お前らが苦しもうが、どうでもいい」
踏み込む。
斧を振り抜く。
一撃で、首が飛んだ。
「ただ、早く終わらせる――それだけだ」
生きているものが誰もいなくなった、拠点の中で。
《狂刃》は、斧を握ったまま、嘲笑を浮かべた。
「ハッ……ただ『合法的にぶっ殺せる』ってだけで、ここに来たってのに」
気がつけば、あの小さな姿が、いつも頭の中をちらつく。
自分の命には、何の関心もないくせに。
他人の苦しみだけは、なぜか気にして。
――あいつは、何をしているんだろうか。
※※※
それから、何度か食事に連れて行ってもらった。
身だしなみや、仕草に、「恋人として」の距離の取り方。
何もわからなかった僕に、《毒蛇》先輩は、その都度、少しずつ教えてくれた。
そして、今日も。
――夜の、「恋人の練習」の時間。
扉をノックする音がした。
僕は、足早に近づき、扉を開ける。
「お疲れ様です、《毒蛇》先輩」
――教わった通りに、その顔を見上げて、柔らかく微笑む。
「お疲れさま。準備できた?」
「はい。……おかしくありませんか?」
――たくさん練習した、「その場に相応しい」服装。
――綺麗に櫛を通し、整えた髪。
《毒蛇》先輩は僕の姿を見て、満足げに頷いた。
「うん、大丈夫。似合ってるよ」
「良かったです」
《毒蛇》先輩の指が、僕の指に絡む。
僕たちはそのまま、人気のなくなったギルドから出て、並んで歩き出した。
夜の闇の中に見えたのは、落ち着いた色の照明に包まれた、店の外観だった。
「……ほら」
中に入る前、《毒蛇》先輩が、僕の顔を見て微笑む。
僕は微笑みを浮かべたまま、《毒蛇》先輩の腕に、自分の腕を絡めた。
店内は、煌びやかだった。
淡い照明にステンドグラスのきらめきが浮かび上がり、幻想的な雰囲気を醸し出している。
壁には、色々な種類の酒瓶が、綺麗に並べられていた。
僕たちの姿を見た店員が一瞬息を呑み、恭しく頭を下げる。
案内されるまま、余計な音を立てないように、静かに通路を歩いた。
周囲の視線が、こちらに集まるのがわかる。
今日の《毒蛇》先輩は、襟元を大きく開けた黒いシャツにパンツ姿。
開いた首元には、細い金のネックレスが光っている。
輝く金髪は片方だけ耳にかけられ、ネックレスと同じ金色のピアスが覗いていた。
女性客は、「目を逸らす」という選択肢が存在しないかのように、その姿に釘付けになっている。
でも、今日はそれだけじゃなかった。
《毒蛇》先輩に目を奪われている女性客の連れ――男性客の視線が、僕に向けられている。
《毒蛇》先輩よりも控えめに首元を開けた白いシャツに、藍色のパンツ。
シャツの上からは、落ち着いた店の雰囲気に合うよう、藍色のストールを羽織った。
そして――手首には、《毒蛇》先輩からもらったブレスレット。
髪はちゃんと梳かして耳にかけているから、首元が少し涼しい。
視線が、なぜかそこに集中している気がした。
思わずそちらを見た僕の腕を、《毒蛇》先輩が軽く引き寄せる。
「……『恋人』といる時に、よそ見しちゃ駄目」
奥の席に通される。
上品な色合いのカーテンが、部屋の両端に留められていた。
カーテンを閉めれば、個室のように使えるらしい。
僕が座ると、《毒蛇》先輩はカーテンを閉め、僕の隣に腰を下ろした。
僕はその横に、ぴったり寄りそう。
肩に手が回った。
「こういうところ、来るのは初めてだよね?」
「はい」
「お酒は……飲んだことないか」
「はい。ありません」
施設では、成人する前の飲酒はもちろん厳しく制限されていたし、実際に成人してからも、一度も飲んだことはない。
「じゃあ、飲みやすいもの、何か頼んでみようか」
《毒蛇》先輩はメニューを開き、店員を呼ぶと、手早く注文を済ませる。
すぐに、店員が、控えめに声をかけてきた。
静かにカーテンが開けられ、注文した飲み物と軽食がテーブルに置かれる。
視界の隅で、別の席の男女が寄り添い、口づけをしているのが見えた。
店員が去ると、僕は《毒蛇》先輩に問いかける。
「こういう店では、キスするのが、普通なんですか?」
「うん。でも、あくまで上品にね」
《毒蛇》先輩は微笑みながら、僕に顔を近づけてくる。
目を閉じると、触れるだけの口づけが落ちた。
「……こんな感じ」
僕は少しだけ間を置いて、口を開く。
「……そうなんですね」
「お酒、飲んでみる?そっちの赤色のは、甘くて飲みやすいよ」
《毒蛇》先輩は、僕を横目で見ながら、青色の液体が入ったグラスを手に取り、ゆっくりと傾ける。
僕もそれにならって、赤色の液体が入ったグラスをそっと持ち上げ、口に含んだ。
《毒蛇》先輩の言った通り、甘くて飲みやすい。
「甘いからって一気に飲むと、具合が悪くなることもあるから、気をつけてね」
「はい、わかりました」
言われた通りにちびちび飲みながら、ふと疑問に思って尋ねる。
「《毒蛇》先輩のお酒は、どんな味がするんですか?」
すると、《毒蛇》先輩は、面白そうな笑みを浮かべて、僕を見た。
「……味見してみる?この間の、解毒剤みたいに」
そうして《毒蛇》先輩は、青色のお酒を口に含むと――
あの日と同じように、唇を重ねた。
帰り道。
ギルドまでの道を並んで帰っていると、ふと《毒蛇》先輩が口を開いた。
「……だいぶ、慣れてきたね」
「本当ですか?」
「うん。見た目も、仕草も、綺麗になった」
思わず、口元がほころんだ。
「――これで、おかしく見えませんか?」
「……」
問いかけると、《毒蛇》先輩は立ち止まった。
――ほんの一瞬だけ間を置いて、微笑む。
「……うん、おかしくないよ。大丈夫」
「良かったです」
「教わったとおりに」目線を合わせて、笑う。
ふと、月明かりに照らされた毒蛇先輩の姿が目に入って、気づけば口に出していた。
「……《毒蛇》先輩は、やっぱり、王子様みたいですね」
《毒蛇》先輩の動きが、一瞬止まった。
「……初めて会った時から、ずっとそう言ってるね」
整った顔が、ほんの少しだけ近づく。
青い瞳が、じっと僕の瞳を覗き込んだ。
まるで、その奥にあるものまで、読み取ろうとするみたいに。
「……君には、本当にそう見えてるの?」
静かに、確かめるような声音。
どうしてそんなことを聞くんだろう。
まるで、本当はそうじゃないみたいに。
「……?はい。とても綺麗です」
「……そう」
《毒蛇》先輩の表情から、笑顔が消える。
次の瞬間。
迷いなく、その唇が――僕の唇を塞いだ。
いつもより、少し強い。
「……?」
何も言われなかったけど、何かの練習かな?
僕は、教わった通りに、目を閉じる。
すると、《毒蛇》先輩の腕が、僕をきつく抱き寄せた。
「んっ」
目を閉じていたから、反応が遅れて、身体ごと《毒蛇》先輩にぶつかる。
その瞬間、舌が差し入れられて、キスが深くなった。
《毒蛇》先輩の手が、僕の背中を撫でる。
「……っ、んぅ」
触れられた場所から、なぜか、ぞくりとした感覚が走った。
また変な声が出てしまう。
僕を抱き寄せる腕の力が、強まる。
キスは、まだ終わらない。
《毒蛇》先輩は僕の息を奪うように、舌を絡めてくる。
「……っ、んっ……!」
自然に息をしようとしても、できなかった。
頭がぼんやりしてきて、反射的に、《毒蛇》先輩に、強くしがみつく。
その瞬間。
「……っ」
《毒蛇》先輩は、まるで自分でも気付いていなかったかのように、ようやく唇を離した。
「……ごめ――」
言いかけて、止まる。
ほんのわずかに距離を離しただけで、その視線は、僕の顔から離れない。
「……大丈夫?」
「……苦し……です」
まだ息を整えられず、ちゃんと答えられない僕を支えたまま――
《毒蛇》先輩は、小さく呟いた。
「……そんな顔、されたら、困るよ」
「……?」
……困る?
「どんな顔ですか?」
「……いや」
問いかけても、答えはなかった。
その顔に、穏やかな微笑みが戻る。
「――君の、そんな顔」
僕の頬に、そっと手を添えて。
「……僕だけだね」
《毒蛇》先輩は、優しい声で、そう言った。
……意味は、よくわからなかった。
※※※
翌日の朝。
予定よりも早く、《狂刃》先輩は、ギルドに帰ってきた。
「……あ」
食堂の手伝いをしていた僕のところに、まっすぐ向かってくる。
「お疲れ様でした、《狂刃》先輩」
「……」
挨拶すると、《狂刃》先輩は、何かを訝しむように、僕の顔をじっと見た。
「……おまえ、そんな笑い方、してたか?」
「……?」
首を傾げる。
《狂刃》先輩は、僕の顔から視線を逸らさないまま、小さく言った。
「……いや……久しぶり、だからか」
その時。
「お疲れ。任務、大変だった?」
《毒蛇》先輩が食堂に姿を見せた。
軽い調子で、会話に入ってくる。
《狂刃》先輩は眉をひそめ、ぶっきらぼうに、短く返す。
「……まあな。数は多かった」
《狂刃》先輩は、一瞬だけ、躊躇うように僕を見て――
「……最後だけは、一撃で殺した」
ぼそりと、そう呟いた。
「……そうなんですか?」
意外な言葉だった。
《狂刃》先輩の戦い方は、一度見ていたから。
「……きっと、苦しくなかったと思います」
自然と、笑みがこぼれる。
《狂刃》先輩は、そんな僕を見て――
「……そうか」
ほんの少しだけ、笑った。
「……」
そんな《狂刃》先輩を、《毒蛇》先輩は何も言わず、ただ見ていた。
――まるで、何かを、確かめるみたいに。




