【第19話】《断罪》と生き残り
「――例の管理人だが、消息が途絶えた」
開口一番、ワイルドウルフさんが、神妙な面持ちで呟く。
任務で不在の《断罪》先輩を除き、僕たちは、ギルドの作戦室に集められていた。
あの時、ギルドの補給地点の管理人と称し、なぜか僕に毒を飲ませた人。
その追跡の結果が、出たということだった。
「途絶えた、とは?」
《教授》先輩が眉をひそめ、銀縁眼鏡を押し上げる。
「あれから動きを追わせていたが、文字通り、消えた」
ワイルドウルフさんは腕を組み、低く続ける。
「妙に綺麗に、痕跡が消えてやがる。単に逃げた、ってレベルじゃねえ――存在ごと『消された』可能性もある」
「ずいぶん手際がいいね」
《毒蛇》先輩が、探るような視線を僕に向ける。
わずかに、興味が混じっているようにも見えた。
「そんな手間をかけてまでやったことが、『Eランク暗殺者に毒を飲ませる』だけ?」
《狂刃》先輩の表情が険しくなる。
「……こいつを狙ったのか」
「わからん。だが――」
ワイルドウルフさんは、僕の顔をちらりと見た。
「気をつけろ。何か目的があって、動いている感じだ」
「はい」
僕は頷く。
でも、正直、あまり実感はなかった。
……目的。
僕に毒を飲ませたところで、意味があるとは思えない。
でも、周りの空気は、少しだけ重い。
「……本物の管理人さんは、どうなったんでしょう」
尋ねると、ワイルドウルフさんの表情が陰った。
それだけで、みんな、理解したように押し黙る。
「……」
《幽影》先輩の視線が、そっとこちらを向いた。
深い緑の瞳が、わずかに伏せられる。
まるで――思い出したくもないものを、思い出すみたいに。
※※※
《断罪》は任務を終え、帰路についていた。
いつもなら、「法で裁けない悪党」を討った高揚が、胸に残っているはずだった。
だが、今は違う。
逃げるように、ギルドを後にした。
――あのまま残っていたら、どんな顔をして《天然》と接すればいいのか、わからなかった。
「……情けねえな」
ひとりごちて、乗り合い馬車の停留所へ急ぐ。
国の端とも言えるような、辺境の田舎領。
ギルドへ戻るには、大都市をいくつか経由しなければならない。
おまけに馬車は一日に数本しか出ないため、乗り遅れれば半日は足止めだ。
足を速めた、その時。
「……?」
耳が、かすかな音を拾った。
家畜の声とは違う。押し殺したような、細い声。
「……悲鳴?」
《断罪》は、声が聞こえた方向に、視線を向ける。
その先に見えたのは――山間部の、小さな集落だった。
次の瞬間。
《断罪》は、身を翻し、地を蹴っていた。
――そこには、誰もいなかった。
いや、違う。
生きている気配が、なかった。
「……」
鼻をつく、鉄錆のような臭い。
腰の剣に手をかけながら、その臭いをたどる。
納屋の前に、何かが転がっていた。
一歩近づいて――それが何かを理解する。
「……」
《断罪》は、視線を逸らした。
――扉の閂が、外れている。
その先に広がる光景を悟り――
《断罪》は、勢いよく、納屋の扉を開け放った。
扉の向こうは――赤かった。
壁も。
床も。
藁の隙間さえも。
「……っ」
《断罪》は、言葉を失った。
足下を見る。
――人が、倒れていた。
動かない。
《断罪》の身体が、震えた。
恐怖からではない。
――これを、やったのは――
納屋に入る前、村に人の気配はなかった。
「……遅かった」
――ふいに。
納屋の隅で、小さな気配が動いた。
「――ッ」
そこにいたのは、子供だった。
《断罪》は、反射的に駆け寄る。
「おい……大丈夫か」
声をかけて――すぐに異常に気付いた。
反応がない。
目の焦点も合っていない。
ただ、静かに座り込んでいる。
「……」
《断罪》は、それ以上、何も言えなかった。
子供を抱えて集落を後にし、町の警備隊に預ける。
騎士団さえ常駐していない町。
報告を受けた警備隊の人間は、青ざめた顔で、《断罪》の報告を聞いていた。
子供は、どこかの孤児院に、送られることになるだろう、とも。
「……」
孤児院、という言葉を聞いて。
ほんの一瞬だけ、自分が突き放した、あの顔が浮かんだ。




