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【第18話】買い出しと手料理

翌朝。

いつものように《狂刃》先輩が食堂にやってくる。


「おはようございます、《狂刃》先輩」


「ああ」


その姿を見て、僕はふと、昨日《毒蛇》先輩に教わったことを思い出した。

注文を聞くためにテーブルに向かい、《狂刃》先輩をじっと見下ろす。


「……なに見てんだよ」


メニューを開いたまま、怪訝な顔で僕を見上げる《狂刃》先輩。


「……《狂刃》先輩にも、いいところが、沢山ありますね」


「……は?」


《狂刃》先輩が、椅子の上で固まる。


「何だよ、いきなり」


僕は《毒蛇》先輩の時と同じように、思いつくまま口を開いた。


「強くて、たくましくて、力持ちで、迫力があって、頼りになって……」


「……おい、どうした。やめろ」


《狂刃》先輩は椅子から腰を浮かせかけ、困惑したように僕を制する。


「あれ、嫌でしたか?」


《毒蛇》先輩は、「褒められて嫌な気がする人はいない」って言ってたけど。


首を傾げると、《狂刃》先輩は口を開きかけて、閉じる。

そして、視線を横に逸らし――


「……嫌じゃねえけど」


小さく、舌打ちするように呟いた。


「そうですか。良かったです」


《狂刃》先輩は、なぜか疲れたように溜息をつく。


「……お前なぁ。そういうのは……」


――そこへ、《教授》先輩が入ってくる。


「あ、《教授》先輩、おはようございます」


《教授》先輩は銀縁眼鏡を押し上げ、横目で僕を見た。


「ああ……喉の違和感はどうだ?」


「もう何ともないです」


「……そうか。ならばいい」


それだけ言って席につく《教授》先輩のところに、注文を聞きに近づく。

そして、また少し考えてから、口を開いた。


「《教授》先輩は、いつも冷静で、頭がよくて、何でも知ってる、すごい魔術師で……」


「……突然、どうした」


「いいところを褒めています」


銀灰色の瞳が、僕の意図を量ろうとしているかのように、細められる。


「……何のために?」


「喜んでもらいたくて」


僕が答えると、メニューをめくる《教授》先輩の手が、一瞬止まった。

一拍置いて、また銀縁眼鏡を押し上げる。


「……その姿勢は評価するが、褒め方が単純すぎるな」


「駄目でしたか?」


「何でも羅列すればいいというものではない。却って軽率な印象を与える恐れもある」


「へえ……難しいものなんですね」


そのやりとりを横目で見ていた《狂刃》先輩が、がっくりと頭を抱えた。


「なんなんだよ……人を振り回しやがって」


ふと、視線を感じ、顔を向ける。

いつからいたのか、《毒蛇》先輩が、壁にもたれてこちらを見ていた。


僕の視線に気付くと、微笑んで、こちらに近づいてくる。


席に着く前、《毒蛇》先輩はすれ違いざまに、小さく呟いた。


「……まあ、そうなるよね」


――まるで、何かを確かめるような声音で。



食堂で朝の手伝いを終えてから、昼まで装備の手入れをする。

また厨房の仕込みに入ろうとすると、ひとりの料理人が慌てた様子で僕に声をかけてきた。


「ああ、ちょうどいいところに。急ぎで買い出しを頼めないか?」


「買い出しですか?」


「夕方のメニューの食材を、手配し忘れていたんだ」


料理人は、声を潜めて僕に耳打ちする。


「……肉が丸ごと抜けてる。ユリアさんに気づかれたら終わりだ」


その顔は、なぜか今にも震え出しそうなくらい、青ざめていた。


僕は頷く。


「はい。何を買ってくればいいでしょう?」


ギルドの食材は毎朝、契約している業者が運び込んでくる。

でも、今回みたいに急な不足が出た時は、一般の市場を利用することも珍しくない。


「助かるよ。必要な食材はここに書いてあるから」


「わかりました」


料理人は忙しなく言い、食材のリストと硬貨を手渡してくる。

僕は、それを懐にしまうと、買い出し用の籠を貸してもらい、足早にギルドの入り口へ向かった。


「おい、どこ行くんだ」


外に出ようとした瞬間、突然声をかけられる。

振り返ると、《狂刃》先輩が立っていた。


「買い出しです」


「……一人でか?」


「はい、そうですけど」


僕が答えると、《狂刃》先輩は、ほんの一瞬だけ周囲に視線を走らせた。


「……俺も行く」


「え?でもお仕事が」


「いいから行くぞ」


有無を言わせず、《狂刃》先輩は先に立って歩き出した。



ギルドから歩いて十分もしないうちに、焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。

広い道の両脇に、野菜や果物など、食材を扱う屋台がずらりと並んでいる。

ギルドから一番近い市場通りは、ちょうど昼食時だからか、多くの人で賑わっていた。


「……で、何買うんだ」


「お肉です」


僕は懐を探り、渡されたリストを開く。

「肉が丸ごと抜けてる」という言葉通り、食材リストに載っていたのは、肉ばかりだった。


まっすぐに、肉を売っている屋台へ向かう。

店主が、威勢のいい声で、道行く人々に声をかけていた。


「いらっしゃい!今朝仕入れたばかりの新鮮な肉だよ!」


軒先には、牛や豚、鶏などの肉が、所狭しと吊るされている。

店主の言う通り、吊るされた肉からは、わずかに血が滴っていた。

色も悪くない。問題はなさそうだ。


「すみません、こちらに書いてあるものをいただけますか」


僕が声をかけると、店主はリストを見て破顔した。


「おう!こりゃまた景気がいいな!ちょっと待ってろ!」


吊るされた肉を手早く肉切り包丁で切り取り、油紙に包み、麻紐で手早く括ってくれる。

空だった買い物籠は、あっという間にずっしりと重たくなった。


「貸せ」


《狂刃》先輩が、僕の手から買い物籠を取り上げる。


「自分で持てますけど」


「急ぐんだろ。俺が持った方が早い」


そう言って、片手でひょいと籠を担ぐ。


「ありがとうございます」


並んで歩きながら、僕はふと思い立ち、《狂刃》先輩に話しかけた。


「《狂刃》先輩。今日も牛肉の煮込み、注文されますか?」


「……は?」


「いいお肉でしたから、きっと美味しいです」


何気なく言うと、《狂刃》先輩は、驚いたように僕の顔を見た。


「……そんなもん、覚えてんのか」


「はい。毎日お会いしていますし」


「……」


《狂刃》先輩は、何か言いたげに僕を見て――結局、何も言わなかった。


その時。


「……?」


ほんの一瞬、視線を感じた気がして、僕は振り返った。

《狂刃》先輩も何かを感じたかのように、少しだけ険しい表情で、僕と同じ方向を見る。


でも、誰もいない。


「……気のせい、か」


そう呟きながらも、《狂刃》先輩の表情は、どこか固かった。


無事に肉を届けると、料理人は心底安心したように、息を吐いた。


「助かった……本当に助かった……」


なんだかよくわからないけれど、役に立てたならよかった。



夕方の忙しい時間帯が終わり、食堂の人気がまばらになる頃。


皿を下げて厨房へ戻ると、さっきの料理人が、大量の食材を、ごみ箱に入れようとしているのが目に入った。

半端に残った野菜や果物に、今日買った肉の一部も見える。


「……あの、それ、全部捨てるんですか?」


「ああ。中途半端に余ったものは衛生上、廃棄になるからな」


……僕には、まだ食べられるものばかりに見えるけど。


「あの、よかったら、少し頂いてもいいでしょうか?」


僕がそう尋ねると、料理人は目を丸くした。


「どうせ捨てるものだから、別にいいが……お前が食べるのか?」


「はい。少し厨房を貸して頂けますか」



今日も、《狂刃》先輩は僕の前の席に座る。


「お疲れ様です。さっきはありがとうございました」


「……別に」


《狂刃》先輩は、ふと僕のテーブルに置かれた料理に目をやり、小さく首を傾げた。


「そんなもん、メニューにあったか?」


視線の先には、野菜と牛肉を煮込んだ、具だくさんのスープ。


「食材が余っていたので、もらって作りました」


「……お前が?」


「はい」


頷くと、《狂刃》先輩は、僕の作ったスープを物珍しそうに、じっと見た。


「……《狂刃》先輩も、食べますか?」


僕が尋ねると、《狂刃》先輩は一瞬、視線を宙に浮かせて、ぼそりと呟く。


「……もらう」


「はい、ちょっと待っててください」


厨房に戻り、鍋に余っていたスープを盛り付け、《狂刃》先輩に差し出す。


《狂刃》先輩はスープを一口すすって、わずかに目を見開いた。


「……うまいな」


ほんの少しだけ、いつもより、声の調子が柔らかくなった気がした。


「それなら良かったです」


《狂刃》先輩は、黙々とスープを口に運んでいく。

そして、ふいに問いかけてきた。


「……これも、施設で覚えたのか」


「はい」


僕も、自分のスープを口にしながら、答える。


「……そうか」


静かな時間が、過ぎていく中で。


「――仲がいいね」


ふいに、穏やかな声がかかる。

振り返ると、《毒蛇》先輩が立っていた。

《狂刃》先輩が、その姿を見て、あからさまに眉をひそめる。


「お疲れ様です。《毒蛇》先輩もこれから夕食ですか?」


「うん。たまにはギルドで済ませようかなと思って来たんだけど」


そして、ちらりとテーブルの上の料理を見て、《狂刃》先輩と同じ反応をした。


「そんな料理、メニューにあったっけ?」


「僕が作りました」


僕も同じように答えると、《毒蛇》先輩は興味深げに料理を見つめる。


「へえ、君の手料理?食べてみたいな」


そう言われて、僕は一瞬考える。

鍋にはもう、スープの残りはない。


「ええと、これでよければ」


僕は、持っていたスプーンで自分のスープをすくい、《毒蛇》先輩に差し出した。


「……」


《毒蛇》先輩は、一瞬だけそのスプーンを見て――ほんのわずかに、目を細めた。

そして、そのまま口にする。

その瞬間、周囲の視線が、なぜか一斉にこちらを向いた。


「おい、あいつら……」

「やっぱり……だよな?」

「《断罪》、気の毒に……あれが相手じゃな……」


そんな呟きが聞こえてくる。


「……うん、美味しいよ」


《毒蛇》先輩は僕の作ったスープを飲み込むと、にこりと微笑んだ。


「料理、上手なんだね」


「お口に合ったなら、良かったです」


そう言って、僕がスプーンを引くと。


「……おい、何してんだお前」


《狂刃》先輩が、地の底から響くような声で尋ねてきた。


「食べたいと言われたので」


「そういう問題じゃねえ」


……じゃあ、どういう問題だろう?


「《狂刃》先輩にも、した方がいいですか?」


そう問いかけると、《狂刃》先輩は一瞬固まり――


「……いらねえ」


さらに低い声で呟き、頭を抱えた。

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