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【第14話】《幽影》と名前

《断罪》先輩の最後の表情だけが、なぜか目に焼き付いている。


……どうして、あんなに苦しそうな顔をしていたんだろう。


「……僕、何か気に障るようなこと、言ってしまったんでしょうか」


どこからも、答えはなかった。

みんな、ただ静かに、僕の姿を見ている。


沈黙だけが、過ぎていくなかで。


「……少し、外に出れるか」


ふいに、《幽影》先輩の低い声が響いた。



僕たちは、ギルドの屋外訓練場に出た。

今はもう誰もいない。月明かりだけが、ほのかに芝生を照らしている。


近くのベンチに、僕たちは隣り合って腰を下ろした。


その瞬間、さっきまで寝台にいたはずなのに、ふっと眠気が襲ってくる。


「あれ……なんだか、また眠くなってきました」


「……疲れたのだろう。寄りかかるといい」


《幽影》先輩はそう言って、そっと僕の肩を引き寄せた。


風もなく、人の声もしない。

静かで、心地よかった。


ぼんやりとしてくる意識の中で、《幽影》先輩の落ち着いた声だけが、耳に響く。


「君の……」


《幽影》先輩は、何か言いかけて、一度口を閉ざした。

《幽影》先輩が言い淀むところは、初めて見たかもしれない。


それでも、また口を開く。


「……君の名前を、教えてくれるか」


「……名前、ですか?」


――暗殺者は、むやみに本名を教えてはならない。


登録の時に、そう言われたはずだけど。


《幽影》先輩は頷く。


「わかっている。だから、私から先に名乗る」


「……いいんですか?」


「かまわない」


《幽影》先輩は、短く言うと、僕の瞳をまっすぐに見た。

形のいい唇が、「その音」を発する。


「――ヴァルターだ」


……ヴァルター。


それが、「伝説の暗殺者」と言われる、《幽影》先輩の、名前。


どうして、僕の名前なんか知りたいんだろう。


そう思ったけれど、どんどん意識が沈んでいって、それ以上考えられなかった。


「僕の名前は……」


眠りに落ちかけながら、告げた名前。


その瞬間。


《幽影》先輩の肩が、わずかに強張ったような気がした。


「……やはり、そうか……」


その呟きの意味を尋ねる前に、僕の意識は、深く沈んでいった。


※※※


「出てこないのか」


自分に寄りかかる細い体を支えながら、《幽影》は、闇に向かって問いかけた。


舌打ちを飲み込む気配。

建物の隅で息をひそめていたその影が、躊躇うように揺れる。


靴先が、わずかに石を擦った。

――だが、動くことはなかった。


「……見ているだけなら、それでもいい」


《幽影》は、誰にともなく呟いた。


「それでも……私は、ここにいる」


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