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【第13話】届かなかった想い

目を開けたとき、ぼんやりと、白い天井が見えた。

前にも見た覚えがある、医務室だ。


よくわからないけど……僕、毒を飲んだんだっけ。


「……っ、気がついたか!!」


一番最初に飛び込んで来たのは、《断罪》先輩の顔だった。


「……よかった」


僕の顔を見て、気が抜けたように、息を吐く。

見回すと、皆が寝台の周りを囲んでいた。ワイルドウルフさんもいる。


《教授》先輩が静かに尋ねてきた。


「喉の違和感はないか?」


その言葉に、思わず唾を飲み込む。特に変な感じはしない。


「はい、大丈夫です。お二人とも、ありがとうございました」


《毒蛇》先輩にも向けて、お礼を言う。

ふと思い出して左手を見ると、細い革紐のブレスレットは、血でべっとりと汚れていた。


「すみません、せっかくもらったブレスレット、汚してしまいました」


「……いいよ、また買ってあげる」


軽い調子で微笑む《毒蛇》先輩に、《断罪》先輩は何か言いたげな視線を向ける。

そんな中で、ワイルドウルフさんが、渋面のまま切り出した。


「お前らが会ったという『管理人』だが……おそらく別人だ」


「え?」


「Eランクの連中から話を聞いたが、外見の特徴が一致しねえ」


《狂刃》先輩が舌打ちする。


「どうなってやがる。そんな得体の知れねえ奴が、なんの目的でこいつに毒を飲ませた?」


その瞬間、《幽影》先輩の表情が、わずかに険しくなったようながした。


ワイルドウルフさんは「わからん」と首を振る。

でも、その目には鋭い光が宿っていた。


「だが、こんなことを許したとなれば……ギルドの威信に関わる。今、行方を追わせてる」


――重苦しい沈黙の中で。


「……それも、気にかかるが」


ふと、《教授》先輩が口を開いた。


「……君に、伝えておかなければならないことがある」


その声は、どこか固かった。


「伝えておかなければならないこと、ですか?」


《教授》先輩は、少し言葉を選ぶように、間を置いた。


「今までの、不可解な現象についてだ」


「……」


《狂刃》先輩の表情が険しくなる。

《幽影》先輩は、何も言わずにこちらを見ていた。


「僕も聞かせてもらいたいな」


《毒蛇》先輩も興味深げに《教授》先輩に視線を向ける。


「……何の話だ?」


《断罪》先輩だけが、理解できないといった表情をしていた。


「今回の毒……いや、その前から、いくつか妙なことが起きている」


《教授》先輩は、銀縁眼鏡を押し上げる。


「《幽影》殿との任務で、君は本来あり得ない動きを見せたそうだな」


確認するような口調だった。


「最初は、ただの模倣能力かと思っていたが……次の私との任務を、覚えているか?」


僕は頷く。


「はい、『暗殺用の魔術』を見せてくださいました」


「あの時、消えかけた魔術が、再び発動した。私は、かけ直していない」


「……え?」


思わず声が漏れる。


「そして、《狂刃》との任務」


《狂刃》先輩の肩が、わずかに強張った。


「致命傷になるほどの傷が、その場では『なかったこと』になり……任務後に、まとめて現れた」


医務室が、静まり返る。


「今回の毒も同じだ。本来なら、摂取した時点で症状が出るはずのものだが……」


《教授》先輩は言葉を切り、じっと、僕の顔を見た。

そして、ゆっくりと続ける。


「……君は、任務が終わるまで、倒れなかった」


「……」


「理屈は、まだ不明だが……」


わずかに視線を落とす。


「これらの現象には、おそらく君の『認識』が影響している」


「……認識、ですか?」


「そうだ」


《教授》先輩は静かに頷いた。


「以前、傷を受けた際、君は言っていたな。『任務を続けたかった』と」


「はい」


「その『願い』が、結果として現実に干渉している可能性がある」


一瞬だけ、言葉を探すように目を伏せる。


「……言い換えれば、君は『そうあるべきだと認識した状態』を、一時的に現実にしている」


「……」


「ただし、あくまで『一時的に』だ」


《教授》先輩の声が、わずかに低くなる。


「願いが叶った後に、歪みが戻る」


「歪み……」


「そうだ。私との任務の後にも、何か異常を感じなかったか?」


そう尋ねられて、僕は過去の記憶を思い出す。


「……そういえば、次の日、頭が痛いなって思いました」


《狂刃》先輩が、息を呑むのがわかった。


「この仮説が、正しいとするならば」


《教授》先輩は、続ける。


「もし、君が任務中に、即死するほどの傷を負った場合」


誰も、口を挟まない。


「任務が終わるまで、おそらく君は倒れない……しかし」


眼鏡の奥の瞳が、わずかに揺れたような気がした。


「『終わった』と認識した瞬間に……君は死ぬ」


最後の言葉は、やけに耳の奥に響いた。


僕の「願い」が、現実を変える……?


正直、ほとんど意味はわからなかった。

自分がそんな能力を使った実感もない。


「……でも」


少し考えて、僕は問いかけた。


「任務が終わるまで無事なら、問題ないですよね?」


その瞬間。

皆の視線が、一斉に、僕の顔に向いた。


「問題ないわけないだろ!!」


突如、静かだった医務室に怒鳴り声が響く。

《断罪》先輩が、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。


「……《断罪》先輩?」


「わけわかんねえけど、前にもこんな事があったんだろ!?もう任務なんか行くな!!」


「……どうしてですか?」


尋ねると、《断罪》先輩は、僕の肩を掴んだ。


「『どうして』じゃねえだろ!!次は、ほんとに死ぬかもしれねえんだぞ!!」


……?


「……死んだら、駄目なんですか?」


「……は?」


「だって、僕の代わりは、たくさんいますよね?」


そう言った瞬間。


《断罪》先輩の表情が凍った。


「……何、言ってんだ?」


僕の顔を食い入るように見ながら、《断罪》先輩は、震える声で呟いた。


「みなさん、僕よりすごい暗殺者ばかりですし」


どうして、そんなに驚いたように、僕を見るんだろう。


「僕一人、いなくなっても、何も困らないと思います」


「――ふざけるな!!」


《断罪》先輩の声が、さらに険しくなる。


「誰がそんな話してる!!」


誰も何も言わない。


《幽影》先輩も《教授》先輩も、ただ目を伏せている。

《狂刃》先輩は、なぜか唇を噛みしめていた。

《毒蛇》先輩は、そんな僕の顔をじっと眺めている。


《断罪》先輩だけが、呼吸を荒げて、僕を睨むように見ていた。


「お前が死んだら、俺がどう思うか、本当にわからねえのか!?」


僕は、少し考えて――首を傾げた。


「……何か、困ることでもありましたか?」


その瞬間。

《断罪》先輩の顔が歪んだ。


「お前……お前、どうかしてるぞ!!!」


叫びにも似た声。


「……ッ!」


《狂刃》先輩が口を開きかけ――閉ざした。

視線が、床に落ちる。


「――やめろ」


静かな声。

《幽影》先輩だった。


《断罪》先輩は我に返ったかのように、呼吸を乱しながら、僕を見る。


「あ……」


その瞳を見返しながら、僕は問いかけた。


「……どうして、そんなに怒っているんですか?」


《断罪》先輩の茶色の目が、大きく見開かれる。


――そして。


「……そうか」


さっきまでの剣幕が嘘のように、《断罪》先輩は、小さく呟いた。


「最初から」


その口元は、笑っていた。


けれど。


――うまく息ができていないみたいに、苦しそうだった。


「届いてなかったのか」


――沈黙。


血が滲むほど拳を握りながら、口を開く。

吐き捨てるように。


「もう……無理だな」


《断罪》先輩は、僕に背を向ける。


「……」


ほんの一瞬だけ僕の姿を見て、《断罪》先輩は、医務室から出て行った。


――その背中を、誰も引き止めなかった。

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