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【第12話】日常が壊れた夜

「……え?」


《断罪》先輩が、小さく声を漏らした。


ごぼり、と。


喉の奥からあふれた赤いものは、手の平で受け止めきれずに、床に滴り落ちた。


《幽影》先輩の顔色が変わる。

僕に駆け寄ってくる《教授》先輩。


熱い。

痛い。

息ができない。

膝をつく。


「っ、またかよ……!」


《狂刃》先輩が吐き捨て、椅子を蹴立ててこちらへ向かってくる。

食堂にいた他の人たちも異変に気付き、ざわめきが広がった。


《断罪》先輩が、我に返ったように、僕の側に駆けつける。


「おい!!どうした!!しっかりしろ!!!」


床に崩れた僕の体を支え、ひどく焦った様子で尋ねてくる。


「……っあ」


吐き気がする。

灼けるような痛みとともに、また新しい血が、喉の奥からあふれた。


――視界の端で、何かが揺れる。

《毒蛇》先輩からもらったブレスレットが、真っ赤に染まっていた。


《狂刃》先輩が息を呑む。


「坊や!しっかりしな!」


厨房の方から、ユリアさんが走ってきた。その手には、水の入った桶とタオル。

《幽影》先輩はそれを受け取り、僕の口元を拭ってくれる。


――白いタオルが、みるみるうちに赤く染まった。


僕と一緒にいた暗殺者の人たちは、何が起こったのかわからない様子で、呆然と立ち尽くしている。


《断罪》先輩が、《教授》先輩に詰め寄った。


「おい!早く回復魔術をかけてくれ!!」


「とっくにやっている――だが」


《教授》先輩が僕の胸のあたりに手をかざしたまま、固い声で答えた。

光が、何かに吸い込まれるように、霧散していく。


「このままでは、効かない」


「どういうことだよ!!」


「落ち着け」


苛立ちを露わにした《断罪》先輩を、《幽影》先輩が短く制す。


「回復を妨げる要因が、体内にある」


《教授》先輩が頷く。


「そうだ。考えられる可能性は……」


そこで《教授》先輩は、《毒蛇》先輩の方を振り返った。


「――毒だね」


それまで黙って様子を見ていた《毒蛇》先輩が、すっと僕の横に屈み込む。


「口、開けて」


《毒蛇》先輩は短く言うと、僕の顔を上向かせる。


「喉がやられてる。それに、この匂い……」


素早く僕の口元を確認し、《毒蛇》先輩は口を開いた。


「君、何か食べたり飲んだりした?」


返事をしようとしても、声が出せない。

僕は、ただ頷いた。


「おい!どうなんだ!?」


ワイルドウルフさんが、Eランク暗殺者たちに向かって鋭く尋ねる。

彼らは、顔を見合わせながら、躊躇いがちに答えた。


「は、はい……管理人から、薬草茶をもらって飲みましたけど……」


「……なんだと?」


ワイルドウルフさんの表情が引き締まる。


「いつ?」


《毒蛇》先輩が短く尋ねる。


「昼頃に、小屋に着いて……その時に」


「本当にそれだけ?」


《毒蛇》先輩は、小さく眉をひそめた。


「経口毒なら、普通は摂取直後に症状が出るはずだけど」


《毒蛇》先輩がそう言った瞬間、《教授》先輩が息を詰めた。

《狂刃》先輩から、表情が消える。


《断罪》先輩が、焦れたように叫んだ。


「そんなことより、何とかできねえのか!?こんなに苦しんでるんだぞ!!」


僕の体を支える腕に、痛いくらいの力がこもる。


《教授》先輩が冷静に告げる。


「《毒蛇》。現在の症状から判断を頼む……おそらく、それで間違いないはずだ」


《毒蛇》先輩は一瞬だけ問いかけるような視線を向けたけれど、それでも頷いた。


「……なるほど。それなら話は早いね。腐食系の毒だ」


《毒蛇》先輩は懐を探ると、小さな瓶を取り出す。

中には、透明な液体が入っていた。


「これで毒を中和できるはずだよ。飲める?」


《毒蛇》先輩は瓶を僕の口元に寄せる。

でも、呼吸が苦しくて、飲み込めそうになかった。


《断罪》先輩が僕の顔を覗き込みながら叫ぶ。


「飲んでくれ!このままじゃお前が……!!」


――次の瞬間。


「……仕方ないな」


《毒蛇》先輩が呟き、瓶の中身を口に含んだ。

《断罪》先輩が血相を変える。


「おい、何やって――」


言い終わる前に、《毒蛇》先輩は、僕の唇を塞いだ。


「……!」


《断罪》先輩が言葉を失う。

周囲の空気が、静まる。

喉に、冷たい液体が流し込まれる。


「……っ」


痛い。


《毒蛇》先輩は唇を重ねたまま、小さく呟く。


「――飲み込んで」


吐き出すこともできず、鋭い痛みとともに、ごくり、と喉が鳴る。

それを確認すると、《毒蛇》先輩は唇を離した。


《教授》先輩が、意外そうにそんな《毒蛇》先輩を見る。


「……迷いがないな」


「迷っている場合でしたか?」


こともなげに答える《毒蛇》先輩。


その横で、《断罪》先輩は唇を噛みしめていた。

《狂刃》先輩が小さく舌打ちする。


沈黙が落ちる中で。


呼吸が、少しずつ楽になっていくのがわかった。


ユリアさんが、そんな僕の様子を見て、気が抜けたように呟く。


「……ひとまず、大丈夫そうだね」


《教授》先輩が、静かに息を吐いた。


「ああ。落ち着いたら回復魔術をかけ、喉の損傷を治す」


「じゃあ、医務室に――」


ユリアさんがそう言った瞬間。

《断罪》先輩が、僕を抱き上げた。


「……俺が、連れていく」


そのまま、医務室の方向に、まっすぐ歩いていく。


その腕が、なぜか……少し震えているような気がした。


……ぼんやりと、そう思ったところで、視界が揺れた。

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