【第10話】《天然》とデート(※ただし四人)
そして、《断罪》先輩との約束の日が来た。
時間よりも少し前にギルドの食堂に行くと、《断罪》先輩はもう座って待っていた。
いつもの革鎧は着ていない。シワひとつない清潔な白いシャツに、パンツ姿だ。
「おはようございます、《断罪》先輩」
声をかけると、《断罪》先輩は僕の顔を見て、満面の笑みを浮かべる。
「おう!今日も可愛いな!!好きだ!!!」
「ありがとうございます」
《教授》先輩と話してから、《断罪》先輩は会うたびに同じことを言うようになった。
最初は驚いた顔をしていたギルドの人たちも、今では特に何の反応もしない。
でも、この日は違った。
「おはよう」
――穏やかな声がかかる。
その人がギルドに入って来た途端、空気がざわついた。
《毒蛇》先輩。
さらさらの金髪は綺麗に整えられて、襟元が開いたシャツを着ている。
その上からは、僕が見てもわかるくらい、高級そうなジャケットを羽織っていた。
「光」そのものみたいな人なのに、なんだか、さらに輝いて見える。
《毒蛇》先輩は僕に近づいてくると、にっこりと微笑んだ。
ふわりと甘い匂いがする。香水かな?
「早いね。待たせたかな?」
「いえ、今来たところです」
僕が答えると、《断罪》先輩の歯がぎりりと鳴った。
「来なくていい!!っていうか無駄に光りすぎだろ!!俺よりデートっぽいだろうが!!」
「デートだからね。普通それなりに準備するでしょ?」
そう言って、《毒蛇》先輩は僕の襟元に軽く触れた。
「君も、せっかく可愛いんだから、もう少し整えてきたほうがいいよ」
「おい、勝手に触るな!!俺の恋人だぞ!!」
《断罪》先輩が《毒蛇》先輩の手を払いのける。
「デ、デート……?」
「え……三人で?」
そんな呟きが聞こえてくる。
「すみません、僕、お洒落な服、持ってなくて」
「そう……なら、服、見立ててあげようか?君に似合うもの、ちゃんと選んであげる」
《毒蛇》先輩は目を細め、髪をかき上げる。
その仕草に、食堂の女性店員全員が目を奪われ、中には膝をつく人もいた。
……相変わらず、《毒蛇》先輩はすごいな。
そこで、また扉が開いた。
《狂刃》先輩が入ってくる。
いつもの大きな斧は背負っていない。黒いシャツとパンツに、ブーツ姿。
《毒蛇》先輩とは対照的な、鋭い雰囲気だ。
「おはようございます、《狂刃》先輩」
挨拶すると、《狂刃》先輩は僕に視線を向け、すぐに逸らした。
「……はあ、何やってんだ俺」
盛大に溜息をつきながら、こちらにやってくる。
食堂のざわめきが、いっそう大きくなった。
「よ、四人で……?」
「どうなってんだ……」
僕たちの様子をずっと黙って見ていたワイルドウルフさんが、匙を投げたように誰かに尋ねる。
「……おい、ここ、暗殺ギルドだよな?恋人斡旋所じゃないよな?」
「多分……」
誰かが、そう小さく呟くのが聞こえた。
街に出た僕たちは、まず、《毒蛇》先輩の提案で、服屋に入った。
「その場に合った服装は、大事だからね。デートでも、潜入任務でも」
「なるほど」
《毒蛇》先輩の勧めてくれた服を着て、鏡を見る。
そこに映った自分は――いつもより少しだけ整って見えた。
白いシャツは柔らかい布地で、首元が少し開いている。
シャツの上から羽織ったベージュのカーディガンは、ゆったりとしていて、なんだか身体が小さく見えた。
動きやすいのに、どこか落ち着かない。
……こんな服、初めてだ。
「どうですか?」
試着室から出る。
そんな僕の姿を見て――誰も、すぐには何も言わなかった。
空気が、一瞬だけ止まる。
……あれ、変だったのかな?
一瞬遅れて、《断罪》先輩が声を張り上げた。
「おお!……か、可愛いぞ!!」
「そうですか?」
なんだか顔が赤いけど、喜んでいるように見える。
「うん、可愛いよ。やっぱり似合ってる」
《毒蛇》先輩が満足げに微笑む。
「……まあ、いいんじゃねえのか」
《狂刃》先輩は視線をそらし、なぜか苛立った様子で答えた。
これが、「デートっぽい服装」らしい。
会計しようと値札を見ると……手持ちのお金では足りなかった。
「ありがとうございます。でも、お金が足りないので、全部は買えないです」
すると、《毒蛇》先輩が目を丸くして、それから吹き出した。
「僕が買うに決まってるでしょ?」
「え?どうしてですか?」
買ってもらう理由はないけど。
首を傾げて尋ねると、《毒蛇》先輩は僕の顔を見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「僕が買ってあげたいから……かな」
「コラァ!!いい雰囲気出そうとするな!!」
《断罪》先輩が《毒蛇》先輩を押しのけるようにして、僕の前に立った。
「服くらい、俺が買ってやる!恋人だからな!!」
「……くだらねぇことで張り合うな」
《狂刃》先輩が、呆れたように溜息をついた。
《断罪》先輩の提案で、今日は王都の広場に行くことになっていた。
孤児院では行ったことがなかったけれど、王都で遊ぶ、といえば定番の場所らしい。
「色々な出店があるから、きっと楽しいぞ!!」
《断罪》先輩は先頭を歩きながら、いつもみたいに、にかっと笑う。
《狂刃》先輩は、少し遅れて後からついてくる。
「ねえ、せっかく『デート』なんだからさ」
《毒蛇》先輩が、すっと僕の隣に来て、囁いた。
「もっと仲良くなれる方法、教えてあげようか?」
「仲良くなれる方法、ですか?」
首を傾げると、《毒蛇》先輩は頷いた。
「簡単だよ。少し近づいて、こうして触れるだけ」
そう言って、《毒蛇》先輩は僕の手を取った。
その指先が、するりと絡む。
「誰にどう触れるかで、意味は変わるよ。考えてみて」
「……誰に、どう触れるか、ですか?」
僕が呟いた、そのとき。
「おい!!何さらっと手ぇ繋いでんだ!!」
前を歩いていた《断罪》先輩が、勢いよく振り返った。
「恋人なら、これくらい普通でしょ?」
《毒蛇》先輩は、何でもないことのように言う。
「だから、お前は恋人じゃねえだろ!!」
《断罪》先輩は《毒蛇》先輩に指を突きつけ、まくし立てる。
「だいたい、そういうのは軽々しくやるもんじゃねえ!!もっとムードってもんがあるだろ!!」
「純情だね。そんなこと言ってたら、一生繋げないよ?」
「……うるせえ」
後ろから、《狂刃》先輩が低く呟く。
けれど、その視線は――絡んだままの手に向いていた。
僕は一歩下がって、空いている方の手で、《狂刃》先輩の手を掴む。
一瞬、《狂刃》先輩の動きが止まった。
「……おい、何してんだ」
「こうすると、仲良くなれると聞いたので」
「……やめろ」
そう言って、僕の手をそっと――振り払うでもなく、外した。
「誰にでも同じ事すんな」
……誰にどう触れるかで、意味は変わる。
《狂刃》先輩にとっては、違う意味になるらしい。
「……じゃあ」
僕は前を歩く《断罪》先輩に近づくと、その腕に自分の腕を絡めた。
「これで、どうですか?」
《断罪》先輩の動きが、ぴたりと止まる。
「……え?」
間の抜けた声。
視線が、絡められた腕へと落ちる。
それから、ゆっくりと僕の顔に戻った。
次の瞬間、顔が一気に赤くなる。
「お、お、お前っ!?な、なにやってんだいきなり!!」
「嫌でしたか?」
「いや、嫌じゃねえ!嫌じゃねえけど!!こういうのはもっと段階を踏んでだな……」
「段階を踏むって、何をしたらいいですか?」
僕がそう尋ねると、《断罪》先輩は答えに詰まった。
真っ赤な顔のまま、完全に固まる。
後ろで《毒蛇》先輩が、小さく笑う気配がした。
……仲良くなるって、難しいな。
王都の広場は、人で溢れていた。
数え切れないほどの屋台が並び、どこも賑わっている。
香ばしい匂いが漂う中、僕は辺りを見回した。
食べ物を売っている店、装飾品を売っている店、輪投げなどのゲームをしている店など、全部見て回っていたら一日かかりそうだ。
……こんなに人が多くて、こんなに賑やかな場所に来るのは、初めてかもしれない。
「まずは腹ごしらえだな!!」
《断罪》先輩が張り切って宣言した。
「お前、食い物は何が好きなんだ?」
聞かれて、僕は考える。
「好き嫌いは特にないです」
「そうか!偉いな!!俺は肉が好きだぞ!!」
「……ガキか」
《狂刃》先輩が耳を塞ぎながら、ぼそっと呟く。
《断罪》先輩はかまわず、僕の腕を引いた。
「よし!ならまずは肉食え!!お前、細すぎるからな!!」
そう言って、串焼きを売っている屋台に、ずんずん歩いていく。
《断罪》先輩は串焼きを二本注文し、そのうちの一本を僕に差し出した。
大きな串に、香ばしく焼けた肉が刺さっている。美味しそうだ。
「ありがとうございます」
「僕たちの分はないの?」
《毒蛇》先輩が、からかうようにそう尋ねる。
「あるわけねえだろ!!自分で買え!!」
《断罪》先輩が噛みつく横で、僕は串焼きを一口頬張った――けど、熱くてむせる。
「バカ、水飲め」
《狂刃》先輩が、呆れたように鞄から水筒を取り出し、僕に手渡す。
口の中に冷たい水を流し込むと、どうにか肉を飲み込めた。舌がひりひりする。
「ありがとうございます、《狂刃》先輩」
「……お前、ほんとに危なっかしいな」
脱力したように言う《狂刃》先輩。
いつの間にか《断罪》先輩が、こちらをじとっと見ていた。
「《狂刃》……まさかお前も、こいつに気があるのか!?」
「……は?」
《断罪》先輩は僕の腕を引いて、《狂刃》先輩から引き離す。
《毒蛇》先輩も面白そうに《狂刃》先輩の様子を見ていた。
「珍しいよね。君、特定の相手作らない主義じゃなかったっけ?」
「……黙れ」
「おい!それ、完全に遊び人じゃねえか!!」
《断罪》先輩が、さらに僕を《狂刃》先輩から引き離す。
「《狂刃》先輩は、遊び人なんですか?」
「……やめろ」
僕が尋ねると、《狂刃》先輩は頭を抱えた。
串焼きを頬張りながら歩いていると、ひときわ人が集まっている屋台があった。
数字の書かれた、丸い木の的がいくつも置いてある。大きな数字が書かれた的ほど小さい。
当たった的の得点の合計に応じて、景品がもらえるらしい。
「的当てか!俺は、ああいうチマチマしたのは苦手だ!!」
《断罪》先輩はそう言ったけれど、《毒蛇》先輩は興味を引かれたように立ち止まった。
景品のひとつを指差す。
「あれ、君に似合いそうじゃない?やってみようか」
それは、細い革紐のブレスレットだった。小さな猫のチャームがついている。
「……小動物扱いかよ」
《狂刃》先輩が眉をひそめる。
「でも似合いそうでしょ?」
《毒蛇》先輩が屋台に近づくと、なぜか人混みがすっと割れた。
店主から的当て用の玉をいくつか受け取り、《毒蛇》先輩は、軽い調子で手首を一閃させる。
すると――玉は全部命中し、得点の高い順に倒れた。
一瞬、辺りが静かになり――
次の瞬間、歓声があがった。
「すごいですね」
「ふふ、ありがとう」
《毒蛇》先輩は、景品のブレスレットを受け取ると、僕の手を取った。
「ほら、つけてあげる」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、《毒蛇》先輩は、僕の手首に収まったブレスレットをそっと撫でた。
「外さないでくれると嬉しいな」
そのまま、長い指先が、僕の指に絡む。
《狂刃》先輩の眉が、ぴくりと動いた。
一連の流れを不機嫌そうに見ていた《断罪》先輩が、声を張り上げる。
「てめえ、事あるごとに、しれっと触りやがって!!この天然タラシ野郎が!!」
「君も触ればいいじゃない。『恋人』なんでしょ?」
「だから!!そういうのより、もっと大事なことがあるだろ!!」
「あ、『腕相撲大会』だって。君にぴったりじゃない?」
「聞けよ!!」
そう言いながらも、《断罪》先輩は、《毒蛇》先輩が示した方向に目を向ける。
大きなテントの下に木製の台が置いてあり、「腕相撲大会 参加者募集中」という垂れ幕がかかっていた。
すでに沢山の人が、テントを囲んでいる。
みんな、大きくて強そうな男の人ばかりだ。
「優勝商品……金貨一枚?」
《断罪》先輩の目が輝く。
「よし、出るぞ!!絶対優勝して、お前にいいもん買ってやるからな!!」
僕は目を丸くする。
「いえ、そんな大金使ってもらうわけには」
金貨一枚といえば、何もしなくても一ヶ月は余裕で暮らせる額だ。
「遠慮するな!!俺がそうしたいだけだ!!」
《断罪》先輩は意気揚々と、参加者が集まるテントに向かう。
ほどなくして、「腕相撲大会」が始まった。
テントの周りは見物客であふれ、勝敗がつくたびに歓声があがる。
《断罪》先輩の番が来た。台の上に手を置き、相手と向かい合う。
「頑張ってください」
「お……おう!!ありがとな!!」
僕がそう言うと、《断罪》先輩の顔がまた赤くなる。
「――始め!!」
審判の声。
「おらぁ!!」
勝負は一瞬だった。
《断罪》先輩の掛け声が響いた瞬間、相手の腕が台の上に倒れる。
「よっしゃ、まずは一勝だな!!」
「さすが、力だけはあるよね」
「……ちゃんと加減しろよ」
「うるせえ!!」
《断罪》先輩はそんな調子であっという間に勝ち進み、決勝戦になった。
対戦相手は、《断罪》先輩よりも大きい、筋骨隆々とした男の人。
でも、《断罪》先輩は少しも怯まない。僕の方を見て、びしっと指を立てる。
「見てろよ!絶対勝つからな!!」
「はい」
ざわめきが大きくなる。審判が、大きく息を吸い込んだ。
「では、決勝戦――始め!!」
「――おらあああああぁ!!!」
断罪先輩が、気合いのこもった声を張り上げ、力を込める。
その瞬間。
――バキィッ!!
……音を立てて、台が真っ二つに壊れた。
対戦相手が、叫び声を上げて腕を押さえる。
「……あ」
《断罪》先輩は、壊れた台と、対戦相手と、それから――一瞬だけ、僕を見た。
「すごいですね」
「……」
沈黙。
《毒蛇》先輩が肩を震わせながら呟く。
「……弁償だね」
《狂刃》先輩は、腕を組み、ふっと息を吐いた。
「……治療費もな」
――優勝賞品の金貨は、台の修理費と、回復魔術の費用に消えた。
意気消沈していた《断罪》先輩はすぐに立ち直り、また広場を歩く。
「お前、何か欲しいもんとか、ないのか?」
《断罪》先輩は妙にそわそわしながら、僕にそう尋ねてくる。
「欲しい物ですか?」
考えながら歩いていると、子供向けの本や玩具を売っている屋台の前を通りかかった。
「……あ」
思わず立ち止まり、近づく。
そこにあったのは、表紙に黒装束の人物が描かれた童話。
――《影の暗殺者ファントム》。
《断罪》先輩が僕の視線の先を見て、首を傾げる。
「ん?童話だな。それ、気になるのか?」
「はい、これ、好きなんです」
そう言った瞬間、《狂刃》先輩が意外そうに、僕の顔をじっと見た。
「……どうかしましたか?」
「……お前、好きなもんとか、あったんだな」
妙に静かな声で、そう呟く。
「そりゃあるだろ!!」
《断罪》先輩はすかさず言い、《毒蛇》先輩が興味深げに、本を手に取る。
「へえ、どんな話?」
「《ファントム》っていう暗殺者の話です。どんな時も完璧に任務を遂行する、すごい暗殺者で」
僕が説明すると、《狂刃》先輩は肩をすくめた。
「童話のくせに、殺伐としてんな」
「そうですか?孤児院でいつも読んでましたけど」
ほんの一瞬、沈黙が落ちた。
《断罪》先輩が声を張り上げる。
「なあ!これ、そのファントムっていうやつのお守りじゃねえか?」
つられて見ると、積まれた本の横に、黒一色の四角いお守りが置いてあった。
黒装束を着た暗殺者の姿が描かれ、真ん中に「必殺祈願」と大きく書かれている。
「……どんなお守りだよ」
胡散臭そうにお守りをつまみ上げる《狂刃》先輩の横で、《毒蛇》先輩が笑う。
「まあ、子供向けだから」
「かっこいいですね」
僕が言うと、二人とも無言でお守りを見つめる。
一拍置いて、《毒蛇》先輩が首を傾げた。
「……もしかして、これ欲しい?」
《狂刃》先輩が溜息をつく。
「……しょうがねえな」
お守りをつまみ上げたまま、《狂刃》先輩は鞄に手をかける。
すると、《断罪》先輩が、勢いよくその手からお守りを奪取した。
「俺が買ってやる!!恋人だからな!!」
「いいんですか?」
「おう!!けっこう並んでるから、お前はその辺見て待ってろ!!」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、《断罪》先輩は子供たちと一緒に会計の列に並んだ。
「やれやれ……ほんとに一生懸命だね」
《毒蛇》先輩の揶揄するような呟きが、耳に残った。
※※※
「……お前、どういうつもりだ」
《狂刃》は、《毒蛇》に、静かに詰め寄っていた。
《毒蛇》の視線は《狂刃》ではなく、興味深げに屋台を見て回る《天然》に向けられている。
「なんのことかな?」
「とぼけんな。無駄にひっかき回しやがって」
《狂刃》の声に、明確な苛立ちが混じる。
「……あいつら、うまくいかねえって、わかってるだろ」
苦々しげに漏れた呟き。
《毒蛇》はふっと笑うと、ようやく《狂刃》に視線を向ける。
「だから興味があるんだよ」
《毒蛇》の答えに、《狂刃》は舌打ちした。
まるで、最初からそう答えるとわかっていたかのように。
「……余計なことすんな」
「へえ、心配?」
《毒蛇》は腕を組み、面白そうに微笑む。
「君、そんなタイプじゃなかったでしょ?いつも軽く遊んで、飽きたらきれいに別れてたじゃない」
「……あいつは、そういうんじゃねえだろ」
「ふうん。どう違うの?」
「……あれは」
《狂刃》が言い淀む。
その沈黙をなぞるように、《毒蛇》が、ふっと口を開いた。
「壊れてる?」
確信めいた口調。
《狂刃》の反応が、一瞬遅れる。
「……」
「不思議だよね。壊れてるのに、すごく綺麗だ」
その青い瞳が、また《天然》の姿を捉え、優しげに細められた。
まるで、美しい宝石でも鑑賞するかのように。
《狂刃》の顔が、はっきりと歪んだ。
「……手ぇ出すな」
低く、押し殺すような声で告げる。
答えはなかった。
「……ふふ」
《毒蛇》は――ただ微笑んでいた。
※※※
《断罪》先輩を待ちながら、僕は近くの屋台を見て回っていた。
《毒蛇》先輩と《狂刃》先輩も、それぞれ他の屋台を見ている。
「ねえ、君、一人?」
ふいに横から話しかけられて、僕はそちらを見た。
知らない男の人だ。にこやかな笑顔を浮かべて、僕を見ている。
「……どちら様ですか?」
「ちょっと話したいなって」
「……どうしてでしょう?」
僕が尋ねると、男の人は、はにかむように笑った。
「どうしてって、可愛いなって思ったから。ちょっと近くでお茶でもしない?」
「『知らない人についていってはいけない』と教わりました」
男の人が、肩をすくめて笑う。
「それは子供の話だよね?」
男の人は、僕に一歩近づく。
「警戒しなくていいよ、ちょっと話すだけだから。仲良くなりたいだけ」
「仲良く、ですか?」
僕は、《毒蛇》先輩から教わったことを思い出した。
「では、これでいいでしょうか?」
男の人の手を取り、その顔を見上げる。
「え、いきなりいいの?」
意外そうな声。でもどこか嬉しそうだ。
「こうすると、仲良くなれるんですよね?」
僕が尋ねると、男の人は、僕の肩に腕を回してくる。
「うん、君がそういうつもりなら、きっとすぐ仲良くなれるよ」
――そのとき。
「おい!何やってんだてめえ!!」
《断罪》先輩が、こちらに走ってきた。なぜか鬼のような形相をしている。
「え、誰?」
男の人が眉をひそめる。
「そいつは俺の恋人だ!離れろ!!」
「……恋人?」
疑問の表情を浮かべて、男の人は《断罪》先輩を見上げる。
「……これは、さすがに心配になるな」
困ったような声が、頭上から聞こえた。
振り返ると、《毒蛇》先輩が立っている。
男の人は、その姿を目の当たりにした瞬間、ぽかんと口を開けた。
「その子、僕たちの連れなんだけど」
《毒蛇》先輩は微笑んでいるのに、なぜか、空気が一瞬で冷える。
その後ろから《狂刃》先輩が、一言吐き捨てた。
「――消えろ」
冷えた空気に、今度は目に見えない圧が加わった気がした。
「えっと……なんか、ごめん」
男の人は、僕の肩から手を離すと、そそくさと立ち去っていった。
《断罪》先輩が僕の肩に手を置き、焦った様子で尋ねてくる。
「大丈夫か!?変なことされてねえか!?」
「はい、特には」
「《毒蛇》!!てめえが妙なこと教えるからだぞ!!」
《断罪》先輩の剣幕に、《毒蛇》先輩は苦笑し、肩をすくめた。
「さすがに予想外だったよ」
「何か間違っていましたか?」
「うん、今度から、知らない人にはやっちゃ駄目だよ」
「わかりました」
《狂刃》先輩が、また頭を抱え、唸るように呟いた。
「お前、こんなんで、今までどうやって無事だったんだ……」
夕方。
広場を満喫した僕たちは、そろそろギルドに戻ることにした。
夕暮れの道を並んで歩きながら、《断罪》先輩が、ぽつりと呟く。
「……なんか、悪いな。大したこともできねえで」
「いえ、楽しかったです」
「そうか?」
「はい」
「あ、そういや、これ渡すの忘れてたな!!」
《断罪》先輩は、思い出したようにポケットの中を探る。
小さな買い物袋に入ったそれは、ファントムの黒いお守りだった。
「ありがとうございます」
「おう!なんかわからねえが、効くといいな!!任務に行くときはつけろよ!!」
「はい」
「……なあ」
《断罪》先輩は、ちょっと躊躇ってから、口を開いた。
何か言いかけて、やめて、また口を開く。
「手、繋いでいいか?」
「はい」
僕がそう答えると、《断罪》先輩の大きな手が、僕の手をそっと包む。
「また、どっか行こうな!!」
「はい」
――その後ろで。
《狂刃》先輩が、苦々しげにそんな僕たちを見ていたこと。
《毒蛇》先輩が、薄く笑みを浮かべていたこと。
――僕は、どちらも気付かなかった。




