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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
復活せし、魔女の劇団!
69/72

名もなき魂【前編】

 観客たちは自然と、篝火かがりびに照らされた闘技場の中央に視線を送っていた。


 円形の舞台には、魔女の四人がひし形になるように立っていた。ルルの対角線上にはスレタ。ナワテの対角線上にはスッチがいるといった立ち位置だ。


 ルルは胸を持ち上げるように腕を組み、姿勢を正している。いかにも才媛さいえんそうなその立ち姿は、例えるなら有能な女上司のような雰囲気だ。

 対角線上のスレタはそれとは背中合わせ。大きなあくびをしながら退屈そうに立っている。

 スッチは手を後ろで組み、年相応に腰を曲げて立っている。平生へいぜいとは違なり、凄まじい威厳いげんがそのしわがれた顔から放たれている。四人のなかで最も偉大な人物だということは観客たちも察した。

 その対角線上にはナワテがいる。彼だけは少し様子が違うのが見て取れる。キョロキョロと首を振り、辺りを見渡すような素振りをしきりに見せていた。それはまるで、身も知らぬ町に迷い込んだ子どものような挙動だった。


 これからなにが始まろうというのか──。現在、開演してから約10秒。まだ誰も一言いちごんも発していない……

 ただ漠然と、魔女の四人が役に入り切ったことは視線を向ける観客たちにも分かった。

 無音の空間は神経が研ぎ澄まされる。観客たちは登場人物の目線が少し動くだけで、それに注目せずにはいられなかった。


 やがて、スッチの口からこの芝居の第一声が発せられた。


「これより、この魂の裁判を始める! この魂が地獄行きの主張を行うは悪魔。ひるがえって弁護側──即ち、天国行きを主張するは天使。判決はこの閻魔大王が下す」


 スッチは手で指し示しながら、ルルとスレタ、自身の役名と役割を紹介した。このセリフはナワテに説明しているように見えるが、同時に観客たちへのストーリー解説の役割も担っている。


 ルル演じる悪魔は、この裁判で身罷みまかられた魂を地獄に落とすため、生前の悪事を立証したりするのだろう。裁判でいうところの検事といったところだろう。

 打って変わって、スレタ演じる天使は魂の天国行きを主張する弁護役。こちらも、裁判でいう弁護士に引き付ければ分かりやすい。

 言わずと知れた閻魔大王は神話にも登場する有名人である。スッチ演じるこの役は、いわば裁判でいうところの裁判官。この裁判の最終的な判決を下すのは彼だ。


 そして、気が付くとそのような場所に立たされていたのが、魂役のナワテ。彼だけが、田舎から来た旅行客のような挙動を見せていたのはそのためだ。上王との戦闘でボロボロになった服は、結果的にこの役に似つかわしい衣装となっていた。


 裁判。そして天国と地獄――。それらを結びつけた観客たちが、なるほどというような感嘆かんたんの声を上げる。なかには「なるほど」と、心の声をそのまま口に漏らす観客もいた。


 つまりここは天界。

 肉体が滅びた魂に、天国行きか地獄行きかの判決を下す神聖な場所だ。


「この裁判は神もご高覧こうらんになられている。よってこの場で虚偽の発言をした場合、そなたは即刻地獄行きとなる。そのつもりで、与えられた質問には心して答えよ。その代わりに黙秘権の行使は認める。ただし誰何すいかに限り、この権利は及ばぬ。以上である」


 閻魔大王の厳粛な語気から、この裁判の説明が成された。やり直しがきかないこの場では、あくまで慎重に発言するようにと促されたのだ。


 開始早々、重い空気が流れる舞台を、ブルーバーグ両殿下は客席の最上階から眺めていた。


「フォッフォッフォッ。昨昼もスレタが幽霊役と聞いたが、よほど霊が好きな劇団のようじゃの。しかし、あの四人が醸し出す雰囲気は実に興味深い……」


 言われてみればそうだが、王都の人々が新生・魔女の劇団の芝居を観るのは、これが初めてだ。故に二日連続の幽霊話を特段気にする者は一人もいない。


 急遽登板したこともあり、魔女の劇団はこの演目専用の衣装や小道具をまったく身に着けていない。

 しかし、役として生きる演技──ベルルックサリーシステムをマスターしている魔女の劇団にかかれば、そんなものはハンデにすらならない。観客たちの輝いた目には、弁護側、検察側の机や椅子。トンカチのような裁判官のガベルまでが、その目に浮かんでいる。


「ではまず、あなたの名前をお聞かせ下さい」


 ルル演じる悪魔はセリフを投げながら、慣れた足取りでゆっくりとナワテの周辺を歩いた。彼女がトントンと靴音を鳴らすだけで、観客たちの目に不思議と本物の裁判が映し出された。


 ちなみに、この間もスレタ演じる天使は面倒くさそうなあくびをかましている。


「……わかりません」

「え」


 理解できない回答に、登場人物全員の動きが止まり、会場内に無音が鳴った。先の悪魔からの質問は、名前を聞かれただけであったが……


「えーと。自分には名前がない、ということでしょうか?」


 その可能性もないわけではない。悪魔は念のため、違う角度からの質問をしてみる。

 しかし、魂はその哀愁を漂わせた表情を揺らすように、首を横に振った。


「誰何の際、黙秘権は及ばぬと申したはずじゃが?」

「黙秘ではありません。分からないんです。自分が、何者かが……」


 そのまさかの回答に、閻魔大王の顔が一気に歪む。

 つまりこれは黙秘権の行使ではない。本当に分からないのだ。自分が誰なのかが……


「嘘ついてんじゃね?」

「それも説明した。即刻地獄行きと。嘘ならこの魂はとっくに地獄に落ちておる」


 天使の口調が軽々しいことに、観客が少しざわついた。笑いながら「やだ、天使がチャラいよ」などと囁く女の声がする。やはり普段からコメディー色の強いスレタは客席を温める点においては天才的だ。シリアスな空気の中、開口一番で観客の笑いを誘ってみせた。


「閻魔さま。これは、どういうことでしょうか?」


 敏腕そうな悪魔も、このような特殊なケースでの経験はないようだ。攻めるように魂の周りを歩いていた、先ほどのキレはなくなっている。


「ふむ。肉体が滅びる際に強いショックを受けた魂は、稀に記憶を失うことがある。この場合、記憶が蘇るまで執念深く質問をするしか手はない」


 閻魔大王の説明を聞いた悪魔は愕然がくぜんとした表情を浮かべた。


 つまり、この魂は記憶喪失。

 記憶をなくした者の聞き取りなど、通常の世界でも困難を極める案件だろう。


「ではいくつか質問します。どんな些細なことでもいいので、思い出したらさっさと答えて下さい」

「はい。すみません」


 悪魔の言葉の裏にトゲを感じて、謝罪の言葉を口走る名無しの魂。

 そんななか、空に溶けるような「あ〜あ」という大きなあくびの音が聞こえた。

 その呑気な息を聞き、明らかに不機嫌そうな悪魔がギロッと睨みつける。そこにいたのは、この状況でなにも行動を起こす気配がない天使だ。


「まったく……。天使さん、あなた千年に一度くらい真面目になれませんか?」

「は、意味分かんないんだけど。普通に真面目にやってるし」

「真面目にやってる人が、裁判中にあくびなどしません」

「だって、普通に考えて無理じゃね? 記憶ないんでしょ、その魂」

「そこをなんとかしようと言っているんです。執念深く質問して、記憶を呼び起こすんですよ。そのためには我々の協力は不可欠です」

「そんなの普通にダルくね?」

「あなたにとっての普通とはなんなのでしょうかっ⁉」


 マイペースが過ぎる天使に耐えかねて、とうとう悪魔が声を荒げる。

 しかし、取り乱したあと、閻魔大王が目に入るやすぐに我に返った。その後、大きく論点がずれた会話をリセットするような咳払いを一つ。


「そんな仕事ぶりだから、いつまで経っても出世できないんですよ。天使さんは」

「なっ……!」


 皮肉めいた悪魔のささやきに、天使のお気楽そうな顔から初めてけんが浮き上がった。

 そんな天使を見た悪魔が、してやったりの笑みを溢す。


「お気に触ったようでしたらごめん遊ばせ。でも事実ですから。あなたのツルツルの背中がなによりの証拠です」


 悪魔の意味深なセリフに、天使は隠すように背中に手を当てて反応した。


「羽のない天使など、天使にあらずです」

「──!」


 どうやらこの天使は相当仕事ができないらしく、そのせいで未だ羽が生えてこないらしい。

 見事にけしかけられた天使は、名もなき魂の記憶を呼び出さんがため、初めて舞台中央にまで足を伸ばした。

 そして、名無しの魂の記憶を呼び起こすため尋問を始めた。


「ごはんはなにが好き?」

「お肉が好きだったと思います」

「なんだか、会話が続かないカップルみたいですね」

「座右の銘は?」

「ありません」

「今度は就職活動みたいですね」

「恋人は? 仕事は? 人間関係は?」

「覚えていません」

「ぷっ、占いでも始めるん……」

「うーるーさいんだけどぉ!」


 合間合間に入る悪魔のチャチャに我慢ならず、がなり声を荒げる天使。

 やはりこの二人の絡みは息ぴったり。コミカルなやり取りは着実に客席を温めていった。


 可愛らしい睨み合いの末、天使は仕切り直すように名無しの魂に向き直る。


「お肉が好きなのは覚えてるんだね。誰かと一緒に食べてた?」

「たぶん、主人と食べていました」

「たぶん……どゆこと?」

「ぼくだけ、テーブルでご飯を食べさせてもらえなかったと記憶しています。たしか、床で食べていました」


 さも当たり前のように話される奇怪な話を耳にし、全員がキョトンとする。

 しかし、順を追って言葉を整理すると、天使はある結論に至った。


「それ、虐待じゃん。普通に」

「そんなことは、絶対にない!」

「ひっ!」


 突然、温厚そうな魂から大声が放たれた。

 そのギャップに驚いた天使はひっくり返りそうになる。


「あの方は優しい人だった。毎日ぼくを抱きしめてくれたんです」


 なにが気に触ったのだろうか。天使の疑念は、特段ひねくれた推理とは思えないが。

 そんな観客たちの思いは、会場内を再びシリアスな空気に変えていた。


「認めたくない気持ちはわかるよ。でもね、君と似たような境遇にさらされた魂は、ここで何度か出会ったことがあるんだ。みんなこぞって君と同じことを言ってたよ。自分は愛されてたってね」

「……どうして」


 しかし、魂が何度説明しても、天使の頭のフィルターが健気けなげな身の上話に変換してしまう。


「閻魔さん。虐待を受けていたならば、この魂の行く先は天国だ」

「異議あり。それが天国行きの材料にはなり得ません。虐待を受けていた人間が重罪を犯すケースは過去にもあります」


 天使の強引な解釈に、悪魔が声を張り上げ反証はんしょうを申し立てた。

 それは正に言葉と言葉のぶつかり合い。いよいよ流れ出した裁判らしい雰囲気に、舌なめずりをする観客もいる。


「異議を認める。ただし重罪を犯していたとして、下界の求刑によってすでに罪滅ぼしを終えている場合もある。そこも考慮するように」


 異議が認められると、悪魔は「ありがとうございます」と言い、やにさがった微笑を天使に送った。


 進展がないように思えるが、実際そうでもない。名無しの魂の記憶から、おぼろげながら主人の存在を思い出させたのだ。若干だが想起の兆しが見えた。これは大きな進歩だ。


 そして、今度は悪魔のターン。


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!


もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m


今後の励みに致します!(^^)!

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