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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
トルマリエの勾玉
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クランクアップの幕

 暴れ狂う風に足元を救われ、若干身体が浮いた。

 そこから新たな強風が地表ちひょうから吹き上げるようにプラスされ、一気に四人の身体を空中に押し上げた──


 あまりに瞬刻しゅんこくの出来事で、ナワテは己の身の回りで起こる現象が掴めていない。


 足元をすくわれたのにコケていない……。

 衣服を脱がされたような風通し……。

 ヒューヒューという心地よい風切音……。

 五臓六腑がひやりとなる妙な感覚……。


 まさか、と思ったナワテが、強風のなかまぶたを持ち上げる。


 ………… と、飛んでる。


 推定、上空15メートル。それは5階建てのビルの高さに相当する。

 ナワテはまるで翼の生えた鳥のように夜の大空を舞っていた。

 よもやの事態に不思議と恐怖はなかった。首を振って全員の無事を確認する余裕さえある。


「スレタさま、ナイスですっ」


 ナワテの左横――星影ほしかげを目に輝かせるルルが上手に風に乗っていた。夜空に浮かぶその姿は、まるで絵画に描かれるエンジェルのよう。


「ぎゃあああああああああッ!」


 一方、ナワテの右手――スッチは恐怖の涙で目を輝かせている。


「ナワテ、したっ!」


 ナワテはその声だけで、頭上にスレタの存在を感じた。

 彼女の言葉通り目をせる──。すると、視界に楕円形だえんけいの闘技場が映し出された。

 どうやらナワテたちは、スレタの風に乗って正門を飛び越えていたようだ。

 ナワテたちの身体は、上空15メートルを頂点にそこから降下していく。だがスピードは緩やか。スレタの魔法が、上手く重力に逆らわせながら地表に近づけてくれているからだ。そのおかげで、高台から見下ろすように場内の混乱の様子が見て取れた。


 塀に囲まれた巨大な楕円。その中心に大きな武舞台がある。武舞台の周りはすべて、観客用のひな壇となっている。

 それは、いかにも闘技場という、典型的な形をしていた。


 その円の中で繰り広げられる荒々しい光景は、即座にナワテを悶絶もんぜつさせた。

 これまで目に触れてきた魔法は、一人の指から繰り出される炎、水、風、だった。しかし政府軍、相対するブルーバーグ軍のあいだを往来する魔法はそれとは全く違う団体技だ。

 複数の人間によって繰り出される大火。それを大きく煽る狂飆きょうひょう。その猛攻を阻止せんと氾濫はんらんを起こすのはブルーバーグ軍だ。

 壮絶な光景はもはや、天災による被害かと錯覚を起こすほどである。


 通信機器を持たないアダルアの兵士や民衆の耳には、上王が倒された事実はまだ入ってきていない。だが流石に闘技場内で王が捕らえられた情報は漏れているはずだ。おそらく、この事変の発端はそれだろう。


 力によっての現状変更に、また新たな力がぶつかり合っている。雑然ざつぜんとした戦闘現場を上から見ると、秩序が崩壊した社会の写し鏡のようだった。


「先にあの騒ぎを止めなければ。もはや芝居どころじゃない」


 そう。魔女の劇団がここに来た理由は、体制側を鎮圧するためではない。鎮圧すべきは事変である。それも力ではなく、演劇という武器を使って。それこそが、アカネ大臣から与えられたミッションなのだ。

 ……しかしナワテの言う通り、荒れ狂う闘技場は芝居を観る環境とはほど遠い。

 そんな危険地帯に、ナワテたちの身体は上空から距離を詰めていく。このままあの苛烈な戦闘のなかに舞い降りたとしても、自分たちが同化する光景しか頭に浮かばない。

 どうするどうする……と、両軍のただならぬ熱気を空中から感じながら、ナワテは頭をフル回転させていた。

 そのとき、


「ナワテ、晴天せいてん霹靂へきれき。ど真ん中に、おっきいやつ!」


 それは唐突に、頭上のスレタから発せられた。片言のような言葉の羅列だが、ナワテにとってみればそこまで支離滅裂な文脈ではなかった。


「そんなことをしたら、死者が……」


 出てしまうだろっ! まで口を突きかけたが、真ん中の部舞台が目に入った瞬間に、そのセリフは喉の奥に転げ落ちた。


 闘技場内の激しい戦闘は、中心にある武舞台を避けるようにして繰り広げられていた。二メートルほどせり上がった舞台上には一人もいない。スレタはそこに雷を撃てと言っている。


 完全に理解に至ったとき、ナワテの頬がキザったらしく緩む。


「なるほどな。闘技場内は今、両軍乱れ合う闘乱状態にある。背水はいすいじんであろうが、雌雄しゆうけっする戦いの渦中にあろうが、その中心に空から予期せぬ雷鳴が鳴れば……誰しもがこごえるように凝結ぎょうけつを起こし、戦闘は止まる。それはまさに晴天の霹靂だ」


 そうでなくとも、突然の落雷を前にすれば直後に思考と身体は固まる。

 つまり、『直接攻撃ではなく、大きな光と音でもってこの疾風怒濤しっぷうどとうをいさめろ』というのがスレタの提案の意図だ。


「ごたく並べてる場合? カッコつけてないで早くしなさいよ!」


 怒りの感情を引き立たせることで、ナワテの身体は輝きを纏う。なぜかは分からない。

 ルルになじられた手前、本来ならナワテの胸は湿っぽい感情が席巻せっけんしていることだろう。

 だが矛盾した感情を呼び起こすことなど、元天才子役のナワテにとってみれば朝飯前。赤子の手を捻るより簡単に、一瞬で己の感情を『怒り』に書き換えた。


 プログラム通り、その身体がよいの空に眩しい輝きを放ち出す。


 その輝きを集中させた右腕が、闘技場の中心部分に向かって真っ直ぐに振り下ろされた。


「霹靂よ、我らのひのき舞台を──ッ!」


 先の戦いから数十分が経過。すでに充電は完了していた。


 両軍の兵士が空の異変に気付いたときには、もう手遅れだった。

 強烈な光によって、視界が真っ白く塗りつぶされる。


 それから一拍おいて、

 場内にいる全員の内臓がバイブした。

 両耳をつんざく激しい雷鳴が場内に轟く。閃光に視覚が焼かれ、落雷の衝撃で揺らぐ地面に立っていられる者は一人もいない。

 こうなればもはや、互いに聖戦がどうのこうのと言っていられない。スレタの作戦通り、先ほどまでの激しい戦闘はナワテの霹靂によって中断させられた。


 ……やがて視界の靄が晴れ、兵士たちが立ち上がると、直ちに六感が震えを感じた。

 そのただならぬ気配は、落雷のあった場所から発せられている。

 先ほどまで勇壮な戦闘を繰り広げていた王都の猛者たち。その全員が、怯えきった視線を場内の中心部分に動かす。

 そうして、舞台上に立つ四人の男女が目に映った。


「そこまでだ。同胞の削ぎ合いなど、王も殿下も望まない」


 一歩前に出た金色の髪の男が、勇ましく声を張り上げた。

 ナワテだ。朗々とした声に乗せられたのは、身の程をわきまえぬ両君の代弁であった。

 この状況。本来であらば「何者だ」の声の一つや二つ聞こえてきそうなものだ。しかし、ナワテが放った一撃の余韻で、声を発せる者など一人もいなかった。


 よって今、デスラー闘技場は、ことりとも音がしない静観が漂っている。


「最もである。くの如き愚かな所業、われの本懐ほんかいでなければ、アダルアへの天命てんめいでもないわ!」


 ナワテに同調するその声は、忽然こつぜんと天から降ってきた。


 声を辿ると……ひな壇になっている客席の最上。そこに、影を潜めていたはずのブルーバーグ殿下、キャサリン妃、二人の姿があった。その後方には、リリ・マッケナーもいる。


 その姿を捉えた仲間たちの安堵の吐息を、ナワテは背中に感じた。


 これには、政府軍、ブルーバーグ軍、双方の兵士たちが驚きの声を発した。それにより、寂然せきぜんとしていた場内が一気にどよめき立つ。

 殿下はその声をものともせず、高い位置から睥睨へいげいするように場内を見渡した。


「遺憾ながら、我が王は此度の主賓しゅひんに不当な行為を働いたため拘束するに至った。したがって、現在我が国は空位くういとなった。そのかん、第一後継者のわれが王代行の任を担うこととなる。これは、我が国の法律上なにも問題はない。異論がある者は直ちに申せ!」


 上階にいでたつ殿下は、王の拘束、自らの君主代行が法律に沿った結果である旨を主張し、述べ終えると鋭い目つきで威光を放った。

 その横に立つキャサリン妃も、あのふわふわとした振る舞いからは想像できないおごそかな表情で場内を見渡した。

 曲がりなりにも、アダルア王国は法治国家である。国民感情によって判決や判断が下されることはあってはならない。いま殿下が述べたことに異論を申し立てるならば、法律の解釈でもって反論しなければならない。


 …………。


 やはり、反論を述べる者は一人として現れなかった。

 これは体制側にとっても仕方のないことであった。ブルーバーグ殿下が第一後継者であることはさることながら、王の愚かな拘束理由もすべて揺るぎない事実なのだから。

 述べられた既成きせい事実に、体制側とおぼしき者は皆、なんともいえぬ表情を浮かべている。その顔は、ならばこの抵抗はなんだったのかと、これでは殿下のお言葉通り愚かな所業ではないかと、なげうれいているようだった。


 そのとき、ゴーン……。ゴーン……。と、時計台の鐘が鳴った。

 反射的に、皆が会場内の時計に目をやる。月光が照らす針は、午後九時を指していた。


「さぁ、闘技大会は幕は下りた。今から上がるのは、演劇大会の幕じゃ!」


 殿下が揚々と言い放つと、うつむいていた者たちも含めた全員が跳ねるように顔を上げた。

 さすがは演劇の国アダルアだ。どんなに憂いていても、芝居に関連した単語が耳に入れば条件反射で興味を示す。

 その反応を見た殿下は、大きく広げた右手で闘技場の中心を指し示した。


「皆の者。いま舞台に立つ彼らを何者と心得る。その名を聞いて驚け。彼らこそ、復活せし魔女の劇団じゃ!」


 殿下が紹介すると、「おお!」という歓声が立ちのぼり、会場内が一気に色めき立った。皆の視線が両殿下から、魔女の劇団に集中する。

 リリも言っていたことだが、昨日の『魔女の逆襲』はアダルアの国営新聞に載っていたほどだ。その結果、王都にも魔女の劇団の名は知れ渡っていた。

 これが舞台人の本能なのか。期待の視線を360度に浴びると、魔女の劇団の背筋が自然と伸び、役者の顔つきに変化した。

 まるで、マーガレットの魂を代弁するような感情がナワテの胸に湧き上がってくる。


 ── この公演が、真の意味での魔女の復活だ。


「そよ風よ、とばりを吊るせ──!」


 スレタが唱えると、松明たいまつ灯火ともしび、戦闘の残り火が消え、会場内が真っ暗になった。

 暗転あんてん直後は少しどよめいたが、舞台の始まりの合図だと気付くと、皆が静観した。

 完全に静まり返ってから、5秒ほどが経ったとき、


篝火かがりび、明転せよ」


 スッチの唱え通り、舞台脇の五本の松明にのみ火が灯った。


 そして今、クランクアップの幕が上がる。


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!


もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m


今後の励みに致します!(^^)!

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