魔女の疾走!!!
魔女の劇団四名は、王宮の螺旋階段を駆け上がり地表へと這い上がった。
王宮内の護衛は、潜入したダークメアとスレタたちによってほぼ制圧されていた。そのため、ナワテたちが警備を掻い潜るのに苦労はなかった。
門前に立ち王都を見渡す――。
ナワテの視界には、異様な様相が映し出された。
空は雨雲が去り、茜がかった満月が王都の夜を照らしている。月に朱が差している原因は、結成されたブルーバーグ軍がそこここで発生させた火災によるものだ。今は収束しつつあるが、余韻の光は今もなお、月の表面を照らし続けていた。
四体の身体はまず、大きな街路に立った。王宮からデスラー闘技場に繋がる一本道。先ほどまでパレードが行われていたのがこの道だ。
なのに、周辺はまるでがらんどうだった。
だがこの場所から一路、自分たちの行く手を目で追っていくと、段々と人々の混乱が激化していく様子が見て取れた。
激しい爆音、凄まじい噴煙、それらと共鳴する妖光が闇夜を不気味に照らしている。
そして、最も暗澹とした光が立ち登っている場所が、ナワテたちが目標とするデスラー闘技場だ。
「あの明かりは、火事から出る光じゃない。戦闘か……」
「間違いないわね。覚悟はしてたけど、どうやら思った以上よ」
ナワテの口を突いた嫌な予感に、ルルが太鼓判を押すような確信で返す。
ブルーバーグ軍の作戦がクーデターであることは否定しない。が、目的はあくまで王を討つこと。被害は最小限に食い止めなければならない。故に火災を発生させた場所は、過去に使われていた無人の夜番小屋や、あらかじめ食料を別の場所に移動させた備蓄倉庫などである。
パレードのルート──即ち、闘技場までの進行ルートの警備をさらに手薄にさせる。それがブルーバーグ軍の狙いだった。
しかし、穏便に進めるはずだった策略は今、完全に崩壊していた。
「行こっ」
そう言い放ち、先陣を切って走り出したのはスレタだ。
彼女につられて他の三人も脚を回す。最年少の女の子が躊躇なく危険地帯に足を踏み入れるのを見て、自分たちが尻込みするわけにはいかなかった。
「ほんでナワテ。闘技場に着いたとして、なんの芝居をやるんや?」
スッチが走りながら持ち出したそれは、魔女の劇団にとって喫緊の課題だった。闘技場の舞台に上ったところで、題材や演じるものがなければ芝居は始まらない。
「焦るな。今から考えればいい。どのみちクランクアップの幕が上がれば、役者がやることは一つしかないんだからな」
「つまり考えてなかったってことでしょ。素直にそう言いなさいよね」
「うっ……」
うんざりするように放たれたルルの言葉は見事、ナワテの痛いところを突いた。
「初めて会ったときから思ってたけど、ナワテって無駄にカッコつけだよね」
「な、なんだよ、ルル。またこんなときに君は……」
「運命を信じ……ぷっ」
「スレタ、しつこいぞっ! だいたい、君もきのう同じようなこと言ってたじゃないか。ブルーバーグ家に生まれた者の運命がなんちゃらって」
「あーん。ルル、ナワテが怒鳴ったー。ナワテと同列に並べられたー」
「あんた、謝りなさいよね」
チャチャを入れるスレタをたしなめるつもりが、逆にたしなめられるナワテ。まるでコントのようなそのやりとり。
本番前の息はぴったり……なのか。
そんな時、四人の前方に、黒いフード付きのロングコートを纏った男が二名現れた。
あの服は体制側の兵士のものだ。現段階でのそれは、反ブルーバーグを意味する。当然のことながら、彼らが魔女の存在を良く思っている可能性はゼロに等しい。
「魔女だ!」
「くそ、逃走を図ったか」
兵士二人は、向かって来るナワテとルルに気付くと、開口一番に驚きの声を上げた。
アダルアの兵は半数以上、トランシーバーなどの近代アイテムを常備していない。情報過疎の兵士に、つい先ほど王宮で起きた事件のことなど知る由もないのだ。
兵士二人は四人の進路に立ち、腰を深く沈めた。それはなにがしかの魔法が繰り出される前兆だ。
しかし案ずることはない。構える兵士二人を正面に、最強幼女スレタが指先を走らせる。
「埃風よ、煙に巻け──」
雑詠術者のスレタが、この状況で選択したのは風の魔法。だがその風は兵士たちへの直接攻撃ではない。彼らの足元にある地面の土を狙ったものだ。
「うう、くそ!」
「目が──ッッ!」
突風により巻き上げられた土埃が二人の視界を塞ぐ。こうなれば魔法はおろか、手も足も出せない。兵士二人は目のダメージを庇うのに精一杯だ。
そんな二人のすぐ横を、ナワテたちはすり抜けるように駆けていく。
「ごめんなさーい。スレタたち、新しい明日に行かなきゃいけないのー」
「「は?」」
遠ざかるスレタの声を背に、二人の兵は目を瞑りながら頭上に疑問符を浮かべていた。
引き続き疾走する魔女の劇団。
しかし、それからも幾度か敵に見つかり、そのつど足踏みを食らってしまう。これでは疾走ではなく逃走だ。
暴動は闘技場を中心に広がっている。ここより先はさらに敵が増えると予想される。
「アカン、この道は危険や。時間が掛かりすぎる。相手をすり抜ける裏道とかないもんかな」
「スレタ、ジモッティだから知ってるよ」
薄い希望も口に出してみるものだ。王都育ちのスレタがすぐに答えてみせた。御三家の彼女にとって、ここは住み慣れた街なのだ。
「スレタさま、うまく掻い潜れそうな道をお知りで?」
「いっぱい知ってるよ。ここらへんは、よくお店の人に追いかけられてた場所だから」
「お店の人……追いかけられて……?」
スレタの漠然とした身の上話に、ルルが走りながら首をかしげる。
一方、ナワテにはそれがなにを指しているのかがすぐに分かった。
「スレタは、商売人に拐われた果実たちを助け出す仕事をしていたんだよ」
「???」
ナワテはフォローのつもりだが、ルルの頭の中に余計な混乱を生むに終わった。
スッチも混乱しているようだが、その口は「ジモッティってなんや?」と言っている。カビの生えた古い頭は、その前の会話で躓いていた。
ともあれ、魔女の劇団四人はスレタの地の利を活かし、路地をクネクネ渡りながら行軍を進める。複雑な道を迷いなく進むその足取りは、ジモッティと自称するだけのことはあった。
そのうち、路地裏の屋根に浮かぶデスラー闘技場が段々と大きくなってきていた。
「ところで、どうするんや。題材は」
「あ、そうだった」
ここへきて、喫緊の課題がまだ決まっていなかったことに気付く。
目的地はもう目と鼻の先だ。このままの状態で板に付いてしまえば、今宵の演目は『魔女の棒立ち』となってしまう。
「スレタ、もう決まってるよん」
「「「え」」」
勝手に決められても困るものだが、この土壇場でスレタが手を上げた。正直、このテーマに関しては最も頼りない人物からの申し出だった。
しかし、今は一刻を争う。なりふり構ってなどいられない。
そう考えた三人は、藁にも縋る思いでスレタに視線を送る。
「エチュードでやったやつ。ナワテも参加した天使のやつだよ。スレタ、あれがやりたい!」
即興で作られた作品に題名はない。よってスレタの無邪気な口ぶりから飛び出したのは、部外者が聞いてもピンとはこない抽象的な言葉である。だが、その『天使のやつ』は、バルグラの前日にみんなで行ったエチュード練習のなかで出来上がった物語の一つだった。
よって、魔女たちの顔にはニヤリとした笑みが浮かび上がっていた。
「よし、それでいくぞ!」
ナワテの掛け声に、全員が納得するように首肯した。到着ギリギリで出た、スレタの案が採用されたようだ。
暗い路地裏を抜けると、一気にくる眩しさが四人の網膜を刺激した。再び、魔女のメンバーが街路に降り立ったのだ。
そこはデスラー闘技場の正門前。四人の眼前にあるのは、表面にトゲトゲの付いた四辺形の鉄門。いかにも闘技場らしい、厳つい面構えだ。
その巨大な門前で、兵士と市民が人垣を成すようにして、ナワテらを待ち構えていた。
大群が目に入った途端、王宮からノンストップで回転し続けていた四人の脚が遂に止まる。
「ここは通さん。我々はこれまでの相手とは一味違うぞ!」
人垣の中心でこちらを指さす、いかにもキャプテンシーのありそうな大男が声を張った。
「なにがなんでも、通さないつもりか?」
ナワテが一歩前に出て問うと、大柄の男は不敵な笑みを浮かべた。
「今はな」
「いまは……それはどういうことだ」
「貴様らがここに入るときは、そこにいるお嬢さまが父の亡骸を見るとき。そう言ったのさ」
目的が先か、暴動が激化してそうなったのかは定かではないが、闘技場内では殿下の命が危険にさらされている。大男の口ぶりは、それを匂わせるものだった。
今闘技場内では、反ブルーバーグの連中が血眼になって両殿下を探し回っていることだろう。それを阻止せんと奮闘するのが、リリ・マッケナー率いるブルーバーグ軍。
つまり今、ルルとスレタ、両方の親の命が危ない。
ナワテのすぐ後ろにはルルとスレタがいる。この位置からでも、焦燥に駆られる彼女たちの息の乱れを感じた。
そんなものを聞いてしまっては尚のこと、ここに佇み続けるわけにはいかない。
眼前にそびえし人垣は20人弱で成されている。このまま突貫しても、勝機がないわけではないが必ず手こずる。すぐには闘技場内に立ち入れないだろう。
斯くなる上は──、
「稲妻よ……」
「「「!!!」」」
なんと、ナワテが唱え始めた。放電を始める身体は闇夜だと一層映えて輝きを放つ。
驚愕の表情を浮かべたのは、ナワテの一歩後ろ──光輝の背中を眺める仲間たちだ。
一方、正対する敵軍に特段驚いた様子は見られない。当然だ。彼が雷の使い手だと知っているのは、ごく限られた人間のみなのだから。
脅しの効果がない以上、もう方法は一つしかない。
出来ることなら怪我人は出したくなかった。ましてや死人など尚のこと。
そんなの分かってる!
しかし、現状こうするしか門は開かないと、このときのナワテはそう決めつけていた。
「みんな、飛ぶよっ!」
しかし突然、ナワテの後方からそんな声が聞こえた。
「天狗風よ、バネになれえええ──ッ!」
スレタだ。スレタの風の詠唱が、妙光の照らす闇夜に溶けた。
その瞬間──、
ブゥワァアアアアアアアアアアアアッッッ ──! っと、
ナワテたち四人の足元に、常軌を逸するほどの突風が吹き荒れた。
「うあ────ッ!」
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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