許すまじ、上王!
キースの銃弾により、ドリスコルを撃破した。
ルルとスレタはこの隙に、ナワテとの距離を取ることに成功していた。スレタの風の魔法で壁際まで一気に飛び去ったのだ。
これで条件は揃った!
ナワテがしてやったりの顔で見やると、上王の顔に一気に陰りが差した。
「ぼくの雷は怒りの感情とともに出力が変化する。その理由は、ぼくにも分からない」
「な、なるほど、そういうからくりか。思えば、貴様の母もそうであったわ……な、なれば、怒りさえ沈めてしまえば、その物騒な光も膨張を抑えるというわけだな」
「悪いがそれは無理な相談だ。あんたは自分の意にそぐわない者たちを政治犯に仕立て上げ、その存在を地球上から消し続けてきた。それがたとえ血縁であろうと、民の心のより所であろうと、……正義を、愛国を、芝居で訴え続けた名優であってもだ。そのような生殺与奪な男を前にして、頭が血走らないほどぼくはお人好しじゃない」
怒りによって膨張した火花が、明滅を繰り返すナワテの周りを駆け暴れ始める。爛と輝きを放つ鋭い視線は、悪しき上王を串刺しにした。
上王の瞳に映し出されるその姿は、ある人物を連想せざるを得なかった。
「マーガレットの……亡霊だ……」
配給を止めると口走り、怒りを買ってしまったあの時のマーガレットの目、そのものだった。
「稲妻よ……!」
ナワテが詠唱を開始──。
黄金色の火花はより動きと音を散らし、その渦の中心でいでたつナワテの明滅を激しくした。
「ま、まて。いや、まってくれ!」
顔中を恐怖で引きつらせた上王の口から放たれたのは、命乞いとも取れる弱々しい震えた声であった。
その言葉を素通りするかの如く、冷徹に輝く黄金の一本腕が再度、振り上げられた。
怒り。悔しさ。哀しみ。憂い。敵討ち。
すべての人々の想いを、この体内エネルギーに込めて。
「輝け──!」
ナワテが勢いよく腕を振り下ろすと、煽られるように天から黄金色の閃光が一本落ちた。
視界が真っ白になったその直後、空間に音という音がなくなった──。
時間差で、鳴動と地響きが唸りを上げる。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!」
爆音の向こうから、上王の金切り声が聞こえてくる。
本来、限られた人間しか経験できないであろう、壮絶な断末魔が上王の体内を駆け暴れた。
ルルはスレタの目を押さえた。網膜を守るため。幼い女の子の脳に残虐な描写を刻まないため。その二つの意味で。最も、手を外したところで、激しい光しか見えないだろうが。
王宮の最下層は現在、地球上の光をかき集めたような極光が閉じ込められている。
…………。
長い時間だった。
幌船のような揺れが収まり、部屋全体が静まり返っている。
明滅も収まっているのか……。ナワテが放った光輝の余韻は、しばらくの間ルルのまぶたを開かなくさせていた。
ややあって視界が晴れると、まず目に入ったのは、地面に倒れている巨大な黒い塊だった。ナワテの一閃をまともに受けた上王の巨漢だ。
……しかばねかは分からない。今すぐ確認する必要はなさそうだ。動きそうな気配は微塵もない。
「みんな、無事!?」
仲間の安否が心配なルルは、部屋全体に響くように自分の声を木霊させた。そこここに目を凝らすよりそのほうが手っ取り早い。
まもなく、遠くの方から「うい〜」というスッチの声が聞こえた。彼には作戦を伝えていなかったが、どうやら風を読んで非難していたらしい。
「終わったんかぁ?」
「うん。ナワテがやったよ」
「そうかぁ。キースも無事やでぇ〜」
ついでにキースの無事も確認できた。スッチが非難させたのだろう。
だが、あともう一人、安否が確認できない。
「ナワテ……」
あれだけの攻撃だ。この凄惨な現場を作り出した張本人が無事である保証はない。
「あそこに居るよ」
「あ、スレタさま!」
突然、自分の胸からスレタが飛び出したのを見て、ぴょんとルルの尻が浮いた。極限状態にありすぎて、スレタを抱きしめていることを忘却していたのだ。
そんなスレタの短い指は、ある場所をさしていた。
……黒い巨体の前に伏せる、ボロボロのシャツを着た、上王よりも二回りくらい小さな体。
「ナワテっ!」
ルルはスレタを手放し、凸凹になった地面の上を脚を回して駆け寄った。
傍まで来ると、地面に付いたナワテの頭を持ち上げ、膝の上に置いて呼びかけた。
「ナワテ、大丈夫?」
「無事だよ。なんとかだけどね」
しかばねかもしれないと思っていたその口から、はっきりとした応答があった。全身を撫でおろすような安心感が一気に押し寄せると、ルルは目の奥が温かくなるのを感じた。
「へへ。早くみんなでうちに帰りたいよ」
「もう……ナワテったら……」
一つ屋根の下で三人がのびりと過ごす日がな一日。ズタボロのナワテの口から出たのは、そんな風景を思わせる言葉だった。それを聞いたルルは、涙を堪えきれなかった……。
しかし、その滲んだ視界が指し示す先は、未だ青い光輝を放射するトルマリエの勾玉。
「わたしが……ごめんなさい」
苦い声で発せられたルルの謝罪は、多くを語ることなく噤まれた。
かつて名を馳せた二人の名優、その子どもが世代の垣根を越えて出逢った……いや、再会を果たしたと語っても過言ではない。偶然の一言で片付けられないこの運命は、すべてを終わらせるために導かれたものなのだと、ナワテの説得を聞いたとき、ルルはそう感じていた。
……なのに、トルマリエの勾玉は壊れていない。
……終わらせられなかった。
……自分のせいで。
「悪いのは君だけじゃない」
「え」
ナワテからの思わぬ言葉により、慚愧に堪えない様子で伏せていたルルの目が弾くように見開いた。
「どういうわけか、ぼくの雷はイメージ通りの場所に撃てるんだ。だけど、雷は勾玉を避けるように落ちた。君の水の魔法と同じように。たぶんだけど、本能的にそれを回避してしまったように思うんだ」
「つまり、トルマリエの勾玉が無傷に終わったのは、わたしたちになんらかの拒否反応が出たからってこと?」
「わからない。ぼくたちに流れるアダルア民族の血が、瞬発的にそうさせたのかもしれない」
「ナワテ……」
無理もない。アダルア民族は先祖代々魔法とともに生きてきた。古き時代には、世界各地の人々を救い笑顔にしてきた。そのような民族の特徴を、歴史あるアダルアの誇りを、自分たちが終わらせていいものなのだろうか――。そう思うことは通常の心理である。
もしくはナワテの言う通り、理屈ではなく二人の血統がそうさせなかったのかもしれない。
「ルル。みんなが無事なら、それでいいじゃないか」
「──」
自分たちは新たな戦争の懸念を拭えない、危険な未来を選択してしまったのかもしれない。
ナワテのセリフは、そう思うルルの罪悪感を、ひと時のあいだ紛らわせてくれる優しい言葉だった。
そんな二人を尻目に、誇らしげな表情で勾玉を眺める少女がいた。
スレタだ。
彼女は二人とは違う立場だが、国家の困難を乗り越えた旨を、先人たちに報告しているのだろう。
しかし、そう簡単には問屋が卸さなかった。
「よくも我が上王を。憎き魔女どもめ。今度こそ奈落の底に叩き落してくれるわ」
「!」
記憶に新しいしわがれた声が鼓膜を震わせた途端、一同のたゆんだ心が再度張り詰めた。
報復めいたセリフを吐いたのは、キースの銃弾に倒れ、ナワテの渾身の一撃を食らったはずのドリスコルだった。
その顔は、まさに鬼の剣幕。片膝を付いた手負いの状態でありながら、つかみ掛からんばかりの恐ろしい形相でナワテたちにねめつけを放っている。
すぐさまルルが立ち上がる。そして、ナワテとスレタを庇うようにして一歩前に――。
ナワテ、ダウン。スッチ、ダウン。キース、ダウン。スレタも、手負い。
まともに戦えるのはルルだけだ。しかし、いくら弱っているとはいえ、相手はアダルア最強と名高い魔術師ドリスコル。対等に戦える自信すらない……。
「お前たちを殺せるくらいの余力は残っている」
ドリスコルは自信満々にそう言い放ちながら、たたらを踏むような千鳥足で立ち上がる。
「本当かしら。その様子だと、相当まいってるように見えるけど?」
ルルが余裕めいた口ぶりで降伏するよう促す。出来ることなら舌戦で戦意を喪失してくれないかと思う一心で。
しかしドリスコルはルルの質問に『違う』とでも言うように、不気味な皴を寄せた顔の前で人差し指を揺らした。
「自爆しようと思えば、出来るくらいの余力だ」
「なっ!」
その回答はルルの予想の遥か斜め上をいった。ドリスコルは自分もろとも、この場の全員をあの世に葬ろうというのか──。
どうやら、ドリスコルは本気のようだ。主君を倒されるという恥辱を受け、吹き出る私怨がその老眼に深く刻まれている。そもそも、この土壇場でハッタリをかますメリットがこいつにはない。
卑劣な自爆宣言に、最下層部屋の全員が息を呑んだ。ルルはもちろん、その傍らにいるナワテとスレタ。この会話を遠くで聞いているスッチでさえも……
「勾玉を壊さなかったことを、あの世で後悔するがいい」
怒りを含んだ醜い笑みを浮かべたドリスコルが、皴だらけの指で大きな円を描く。そこから繰り出された魔法は、直径三メートルはあろう大火球──。
赤いガラス玉のようなつややかな表面。爛々(らんらん)とした深紅の輝き。それは酸素をエサに大きくなる炎とは明らかに様相が違う。そのただならぬ不気味さに、全員の身がたじろぐほどだ。
「これまでのような陳腐な火玉ではないぞよ。光と熱を凝縮させた魔力の結晶だ。今からこれに風の刃を当てる。さて問題じゃ。限界まで膨らんだ風船に針を突き刺せばどうなるか」
答えは無論、風船は割れて中にある空気が勢いよく弾ける。
だがこの風船に入っているのは、空気ではなく圧縮された熱と光。
ドリスコルの問題に対する答えがそうであるならば、彼が行おうとしていることは自爆というに相応しい。
つまりこれは──、
爆弾だ!
ドリスコルの言う通りだ。勾玉さえ破壊しておけばこんなことにはならなかった。
悪の元凶とはこのことだったのかと、ルルとナワテは今さらながらキースの言葉を反芻する。
…… ここへきて万事休すか。
この部屋内の誰もがそう思っていた、
そのときだった。
「そこまでよ、メイバード・ドリスコル。その物騒な指を頭の後ろで組みなさい!」
「な――ッ、なに⁉」
突然、勇ましい女の声が轟き、最下層に充満する剣呑な雰囲気をかき消した。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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