禁忌事項
「ぼ、ぼくが……殺される」
ここへきて、やっとナワテが驚きの感情を蘇らせた。弛んでいたまぶたがぱっと見開く。
「ちょっと、約束が違うじゃない。スレタさまの居場所が分からない限り、相手はわたしたちを殺せないんじゃなかったっけ。それに、国のしきたりってどういう意味よ」
「言うまでもない。この坊主に宿された第四の魔法。アダルア政府にとってみりゃ、そいつがとんでもない禁忌事項なんだよ」
思わず強い口調になったルルだったが、神妙な面持ちをするキースの迫力で押し黙った。
「訓練を受ければ、水や風、火の魔法は殺傷能力を持つまでに鍛えられる。だが兵器で例えるならその威力は鉄砲程度のものだ。一人で何百人もの人間を殺せはしない。それに引き換え、雷の能力は例えるなら爆撃だ。初めて繰り出したお前でさえ、一瞬で大量の兵士を横なぎにすることが出来るんだからな。その威力はもはや大量破壊兵器と言ってもいい」
玉座の間での記憶がないナワテは、内心「大袈裟だろ」と思っている。
しかし、キースは決して飛躍していない。納得を見せるルルの表情がその裏付けだ。あの凄まじい威力は、彼女の五感に真新しく焼き付いている。
「なるほど。そんな危険人物を野放しにしていては、一人の魔法使いに国が滅ぼされかねないってことね。ましてそれが国家に盾突きそうな人間ならなおさら、か」
やっと話についてきたルルを見て、キースはニヤリと笑って頷いた。
「18年前、この禁断の魔法を会得していた一人の女がいた。現にその女も王権により命を狙われた。つまり、お前が消されることはなんら不思議じゃない」
雷を使いし者はすべて、アダルア政府に命を狙われる。
キースがその確信に至る理由は、過去の雷使いに起こった悲劇──つまり、実際に起こった前例に基づいたものだった。
「ふーん。それで? 結局その女の人は殺されたのかしら?」
ルルは訊きながらも、さほど興味がなさそうに薄暗い天井を見上げている。
一方、女の話になると、キースはなにかを思い出すように苦い顔を浮かべた。
「ある一人の男が救い出したんだ。その女のことを、この世で一番愛していた男だった」
「まあ、ロマンティックな話じゃない。で、で、で? どうやって救い出したの? 迫りくるアダルアの兵をなぎ倒して? それとも愛の口づけかしら?」
話が色恋沙汰に発展した途端、手首が千切れるほどの手のひら返しを見せるルル。実に分かりやすい性格だ。彼女の身体は文字通り、前のめりになっている。
だが、ルルの期待を裏切るように、キースは顔の前で手を振った。
「残念だがもっと現実的な話さ。男は外交官だった。デリスランド側のな」
「は、なにそれ。どういうことよ?」
「愛する女の危機を、亡命という形で救ったのさ」
ルルはがっかりした様子で「なーんだ。チューじゃないんだ」などと言って、また体重を壁に預けた。
だがナワテは違った。これまでの経緯、自らの過去、キースの話が、脳内で繋がっていく。
やがて一つの仮説が膨らみ、ナワテの胸から押し出されるように喉を通った。
「その女の人って……まさか」
ナワテが問うと、キースはより真剣な顔つきになった。そして静かに頷いた。
「かつて、アダルアの魔女と呼ばれた、マーガレット・ベルルックサリーだ」
「!!!」
アカネ大臣との会談。
アダルア潜入。
スレタ、ルル、スッチとの出会い。
不思議な縁で母の劇団にたどり着きバルグラ攻略。
そして今、ナワテはアダルアの中心部にいる。全てを手探りで進んできたこの旅は、いばらの道そのものだった。
しかし、ナワテは思った。
自分はまだスタートラインにも立っていなかった、と。
── 本当の物語はここからなのだ。
ここが地下だからだろうか。降り出した雨がやたらと籠って聞こえる。
憂鬱な音でも、孤独な音でもない。
むしろ、地上の雨音がこんなにも体を熱くしたのは、生まれて初めてのことだった。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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