弾丸は、魔法よりも速い
暖炉の火がパチパチと音を散らしている。
現在、ナワテの耳にそれ以外の音は一切入らない。
マリエ・ナワテ。
突然現れた男が口にしたそれが、ナワテの身を縮み上がらせていた。
「発足から魔女の劇団を守るスッチル・カール。そこから少し目を動かせばブルーバーグ家のご息女、デスレタさま。両者ともに過激派からも一目を置かれる存在だ。それに一世を風靡した名女優、リリ・マッケナーの一人娘ときた。こんな豪華メンバーに自分の正体を伝えていなかったとは……尊敬するよ、マリエ・ナワテ。よくもそんな酷いことができたもんだ」
男は面々の顔を見渡しながら、嘲笑うように言った。
「なるほど。わしらはそないな有名人やったんかいな。光栄なこっちゃ。でもな、あんちゃん。あいにくわしらはアンタのことを知らん。人の素性をツラツラ読み上げる前に、自分の素性を明かすのが筋やないか?」
スッチが話を迂回させながら男の正体を暴こうとする。
そうしながら、左手を隠すように外股の辺りに置いた。
「これはこれは失敬した。俺の名はキース。今は、アダルア政府の要人……とだけ言っておこう」
狙い通り、男はあっさりと素性を明かした。
その次の瞬間、
「焔、琥珀を映しだ……」
スッチが潜ませていた左手を繰り出し、猛スピードで男の喉元へかざした。その動く手のひらから小さな火が出始めるのが、ナワテの目に映った。
キースと名乗る男が王の刺客だと知った瞬間、スッチが攻撃を仕掛けたのだ。
しかし、
「おっと」
「せッ──!」
スッチの素早い動きがピタリと止まった。手のひらの炎は、煙を巻きながら消えていく。
ナワテ、ルル、スレタの三人はそれを茫然と見ていた。全てが突然すぎて、なにが起こったのかが理解できていない様子だ。
しかし、スッチに目を向けた瞬間に、三人の眼球は剝き出しになった。
スッチの頭に、黒光りするなにかが突きつけられている。
── 拳銃だ!
「おいおい、おっさん。随分と手荒なおもてなしじゃねーか。こちとらお前たちを祝いに来たんだぜ」
物騒なシルエットから繰り出されるのは、大人の余裕すら匂わせる穏和な語気。攻撃を仕掛けてきた相手に対するものとは思えない穏やかな音色は、キースという男をさらに不気味に感じさせた。
「……い、祝うって、なにをや?」
恐怖を押し隠そうとするスッチだが、言葉の中に荒々しい息が混じっている。
それを確認したキースは、またもやスッチに向かって優しい笑みを浮かべた。
「おめでとう。この度、魔女の劇団はバルドに選ばれた」
「……は?」
スッチには彼の言っている意味が分からない。魔女の劇団は今日、スタディオンに昇格したばかりだ。あと二週勝ち上がらなければ、バルドに選ばれるはずがない。
「やめときな、おチビちゃん」
「ふぁっ!」
突如、異変を察知したキースの細長い目がスレタを捉えた。
スレタは蛇に睨まれた小動物のように肩を跳ねさせ、おもむろに右手を隠した。どうやら得意魔法の風でキースの虚を突こうとしたようだ。だが、攻撃の直前に見破られてしまった。
「俺の弾薬は君が繰り出す疾風よりも遥かに早い。俺が魔法ではなくこいつを相棒にするのはそれが理由だ。その綺麗な瞳に、人の頭がポップコーンみたいに弾ける絵を焼きつけたくはないだろ?」
キースはスッチの頭に拳銃を突き付けながら丁寧な口調で問いかける。そうして幼い女の子に人質の存在を再確認させた。
子どもながら凄絶な描写を脳裏に浮かべてしまったスレタは、成す術なく後退りを選択。
そうして靴底を後方に滑らせていた……その途中。
スレタの目が巨峰のように大きく見開かれた。
「あ……!」
帽子のツバ影からキースの素顔がちらりと見え、スレタがなにかに気付く。
それを受けたキースも、バツが悪そうに顔を背けた。
本来ならば疑念が沸く場面だが、慚愧に堪えない様子のナワテをはじめ、その意味深なやり取りが頭に引っかかる者は、この部屋には一人もいなかった。
現段階で分かることは、アダルア政府の要人と名乗る男が突如として現れ、魔女の劇団が無条件に等しい形でバルドに昇格したことを伝えた、ということだ。
……信用できるはずがない。あまりにも信憑性に欠ける。
しかし、
「そいつの名はマリエ・ナワテ。デリスランド政府から送り込まれたスパイだ」
「っ!」
それは謎の男、キースの口から発せられた。
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