敵か、味方か──
「そいつの名はマリエ・ナワテ。デリスランド政府から送り込まれたスパイだ」
その言葉を聞いたナワテは、キースと名乗る男が、アダルア政府の関係者であることは事実だと悟った。
しかし、ナワテ以外の三人は、キョトンとした表情を浮かべている。
「どいつもこいつも、ピンとこないって顔だな。……まあ無理もない。子どもを前に夢を壊すようで悪いが、現実のスパイってのは案外地味なもんなんだよ」
やはり、キースはナワテの正体を知っているようだ。あとは彼が敵か味方かでナワテの運命が大きく左右される。その点においては僅かな望みもないだろう。
だがそんなことよりも、仲間を裏切ってしまった罪悪感がナワテの頭を支配していた。
「嘘よ、そんなの。デリスランド人は全員黒髪なんでしょ。ナワテは金髪じゃないの」
信じたくない一心で思い当たる根拠を述べるルル。それが余計に、ナワテの胸を苦しめた。
「仲間を信じるその気持ちは買ってやりたいが少しは頭を使え。そいつは君に匹敵する芝居力を有している。以前からそんな人間がこの町に住んでいたのなら、そいつはもっと前から有名人だったはずだろ」
「それは……最近この町に来たからでしょ。なにかの理由があって」
「なにかの理由……? こんな廃れた町に引っ越す理由がどこにある」
「っ……」
キースの話す言葉には説得力がある。当然だ。彼は本当のことを言っているのだから。
案の定、ルルは口を噤んでしまった。直後、助けを求めるような彼女の目線がナワテに向けられる。
「ナワテ、どういうこと……?」
状況が分からないルルが、唇を震わせるように言った。
ナワテは心の中で、嫌なカウントダウンが始まったような気分だった。
「ぼくはどうなってもいい。だがこの人たちには手を出すな」
ナワテは己の身柄を差し出す代わりに仲間の助けを求めた。キースという男が敵ならば、十中八九、殺されてしまうと思ったからだ。
それが、今のナワテが思いつく、最大限の罪滅ぼしだった。
「お前ならそう言うと思ってたよ」
キースの口ぶりはまるで、その言葉を待っていたかのようだ。
満足そうな含み笑いを浮かべたキースは、スッチに向けていた拳銃を懐に収める。
「俺は今朝、王の命を受けここへ来た。魔女の劇団を明日、王宮に招くようにとな」
「王宮……? 分からない。ぼくだけならまだしも、なぜ全員が呼び出しを食らう?」
キースが知っていたのだから、すでにアダルア政府はナワテの正体を掴んでいるのだろう。本来ならスパイ容疑で拘束されていてもおかしくない。ナワテが王宮に呼び出される理由は十分にある。
しかし、アダルア王はナワテだけでなく、魔女の劇団全員を王宮に誘い出そうとしている。
…… なぜだ。
「言っただろ。お前ら魔女の劇団がバルドに選ばれたからだ」
「飲めない。連れて行くならぼくだけにしろ!」
ナワテの直感が、これは罠だと訴えている。理由は明白だ。アダルア政府になんのメリットもない状態で、魔女の劇団がバルドに選ばれるはずがない。
拒むナワテを見て、キースはやれやれとでも言いたげにハットの上から指で頭を掻いた。
「ならこうしよう。ひとまず明日、ここに居る四人にはデスラーに来てもらう。ブルーバーグの娘には政府の監視が届かない宿を俺が用意する。スッチル・カールのおっさんとお嬢ちゃんはそこに身を隠せ。だが、お前とリリ・マッケナーの娘は王宮に来てもらう」
「信用しろと?」
「そうだ。やつの狙いは、そこにいるブルーバーグの娘だ。そいつの居所さえ隠しちまえば、やつはお前たちを殺せない」
ナワテの予想通り、アダルア政府には別の狙いがあった。魔女の劇団を王宮におびき出す本当の理由は、どうやらスレタにあるようだ。
しかしこのとき、ナワテはキースの口調に強烈な違和感を覚えた。
「王をやつ呼ばわりとは妙だな。まるでぼくたちに、これは罠だと伝えたいようだ」
「その通りだ。そうでなきゃ意味がない」
「さっぱり分からない……あんたはどっちの味方なんだ?」
「さあな。一つ言うなれば、上王の側近も一枚岩じゃないってことだ。自国の将来を現実論でもって心配する人間はこの国にもいる」
ここへきて初めて、キースは王ではなく上王の名を出した。
前にも述べたが、アダルア革命集結のため、先代の王は自分の息子を後継者に選んだ。しかし、その王は飾りである。実質この国の実権は先代の王、つまり上王が握っている。
これは、この国の大半の人間が薄々勘付いていることである。証拠はないが、そう考えればすべての合点が合ってしまうからだ。
であるならば、ナワテたちを食い物にしようとしているのは、王ではなく上王だ。
キースの話は筋が通っていた。彼が嘘を言っているようにも思えない。もしそうなら、完全なるナワテの敵ではない。むしろ、上手く取り込めば味方になるのではないか。
しかし、たとえそうであっても、そう易々とナワテが首を縦に振ることはできない。
未だ狐疑を示すナワテに、キースは嘲笑うように鼻を鳴らした。
「無辜の民に巻き添えを食わす革命なんかより、内部で事を片付けた方がいい。お前もそう思うクチだろう?」
キースはそう言うと、足元に置いていたボストンバッグを持ち上げ、テーブルの上へ乱雑に置いた。無造作に開いた口からは、黒光りを放つコートとローブ。黒いハットと、青い宝石のような石が埋め込まれたループタイが覗き見えた。
バッグから顔を出すそれは正しく、バルドの称号を得た者にだけ与えられる贈呈品だ。
「その無言は了解と受け取った。出発は明朝だ」
うまく丸め込まれるこの状況を、ナワテはどこかで感じたような気がした。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m
今後の励みに致します!(^^)!




