祝勝会
初戦が終わった、その日の夜。
魔女の劇団メンバー四人はナワテの家に集合し、祝勝会を兼ねて食事をしていた。
献立はパンとシーチキン。質素に見えるが、この町ではこれがご馳走なのだ。
一安心するナワテの目にも、今宵の卓上は豪勢に映った。
「ナワテ、今日のスレタの演技どうだった?」
ツナサンドを両手持ちしながら、今日の出来を訊ねるスレタ。相当手応えがあったのだろう。見るからに褒めて欲しそうな顔でナワテを見つめている。
「まるでダメだったな。立ち方や発声がなっちゃいない。舞台俳優にとって基本中の基本だぞ。明日からまた特訓だ」
「そうだろそうだろぉ。やっとナワテもこのスレタの実りょ…………ふぁ?」
しかし、返ってきた言葉はスレタの予想と背中合わせ。思考が追い付かない彼女は、目を点にしたまま石のように固まっている。
そんな悲劇のお嬢様を見せられて、黙っていられるルルではない。
「ちょっと、あんた。スレタさまは昨日演技を始めたばかりなのよ。それにしては良くやったわよ」
「そ、それにしては……?」
「あっ! い、いえ。あの違うんです、スレタさま」
余計な一言を滑らせてしまったルルは、顔の前で両手を振りあたふたしている。
一方、褒めてもらうつもりが、逆に鼻を折られてしまったスレタ。落ち込んでしまった彼女は、しょんぼりした目でパンに挟まれたツナを見つめている。
「でも、嬉しかったぞ」
「え……!」
ぼそっと囁いたナワテの言葉が、スレタの体温を一気に熱くした。
実はこれ、マーガレットが幼少期のナワテに、よく掛けていた言葉だった。
マーガレットは演技に対して厳しかった。演技でナワテが褒められたことは殆どない。母を思い出すときも、叱られた記憶が真っ先に蘇るくらいだ。
でも、どんなにけちょんけちょんに言われても、最後に必ず掛けてくれる言葉があった。
―― 『でも、お母たん嬉しかったよ』 ――
それだけで、明日も頑張ろうと思わせてくれる、ナワテにとって魔法のような言葉だった。
赤く火照ったスレタを見ると、ナワテはあの頃の母の気持ちが分かった気がして、スレタ以上にハニカミそうになった。
「あっ、そういえばスッチ。風を起こす前の唱えなんだが、声が客席まで届いていたぞ。次からは無言で魔法を出してくれ」
照れる自分を誤魔化すように言ったそれは、本番中ナワテが唯一気になっていた点だった。祝勝会中ですらダメ出しをする彼は、生粋の芝居バカなのだ。
「なに言うてんねん。断りもなく魔法を繰り出せ言うんか。そんなこと出来るかいな」
「断り……? 唱えがなきゃ魔法は出せないのか?」
ナワテが訊ねると、全員が不思議そうな顔を浮かべながらナワテを見た。
…… あ、マズい。
うっかり魔法についての質問をしてしまった。この国の人間にあるまじき言動だ。
案の定、訝しげなルルの視線がナワテに向かって突き立てられた。彼女と出会ったとき、幾度となく浴びせられたあの視線だ。
焦るナワテは、この場を誤魔化せる最善の言葉を脳内で検索した。
その時だった。
「お前も飯を食うとき神に祈るだろう。それと一緒さ」
「──⁉」
詠唱の理由が判明したと同時に、ナワテの肩がビクンと跳ねた。彼が驚いた理由は、その声がスッチでもルルでもなかったからだ。
声を辿ると、……玄関の扉の縁にもたれる何者かのシルエットが見えた。
ナワテとルルは立ち上がって、警戒しながら扉の方角に目を凝らした。
その者は180センチはあるだろう高身長の男。洒落た茶色のロングコートを纏い、頭には同じ色のハットを目深くかぶっている。下半身も青いジーンズに革製のブーツと、どれもこの町の人間が身に着けないであろう高価そうな代物だ。
都会人だとは思うが、ハットのツバ下から生える栗色の髪はボサボサで、口まわりに無精髭を蓄えているという、なんとも男臭いいでたちだ。ナワテの目には、その男が西部劇の登場人物のように映った。
「よう、魔女の諸君。今日はたいそうな躍進ぶりだったな」
男は小さくハットを持ち上げ、ねぎらいの言葉をナワテらに送った。
ナワテは目くばせを送り、ルルにスレタを匿わせた。
皆が気になることは一つ。男が敵なのかどうか。その堂々たる振る舞いから見て、泥棒や強盗の類ではないということは分かる……。
「おう、おやじ。いいもん呑んでるじゃねーか。一緒にやるか?」
「え? お、おう」
陽気な男は内ポケットから手のひらサイズのウイスキーの瓶を取り出し、誰の断りも得ることなく椅子に座った。
「どなたでしょう。あいにく貴殿のような都会かぶれの方をご招待した覚えはないのですが」
速やかに男の素性を暴きたいナワテは、なるべく丁寧な言葉を掛けようとした。しかし、その語気には、並々ならぬ不信感が漂っていた。
男は酒を一口含んだあと、問いかけてきたナワテの顔を見た。暖炉の光に灯された片側の顔には、淡い笑みが浮かんでいる。
その余裕綽々な態度は、ナワテをあからさまに嫌な予感にさせた。
そして、次に男が口を開いた時、その予感が見事的中することになる。
「そうツンケンすんなよ。マリエ・ナワテくん」
「──ッ!」
ナワテは生まれてはじめて、背中に冷たい汗が流れる感覚を覚えた。
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