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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
ベルルックサリーシステム
34/72

うさぎとオオカミ【後編】

「お父さん、お願い! この子を食べないでっ!」


 デリは金切(かなきり)り声で叫ぶと、父親からアルアを隠すように一歩前に出た。


「デリ、守ってくれるの?」

「当たり前でしょ! 友達なんだから!」


 デリが強い口調でそう言うと、アルアは驚くように目を見張った。そして、満足そうにうっとりと唇を緩ませた。

 普段ならありふれた子どもの笑顔だが、今ここにいる観客たちの目には、そうは映らない。


 ── 『アルア、狼さんと仲良しになりたいから』 ──


 皆の脳裏には、先ほどのアルアの言葉が再生されていた。

 その手前、悲劇の結末など誰も願わない。観客たちは手に汗握りながら、背中の子うさぎを守る狼を応援した。


 しかし、デリと観客は、次に聞こえたセリフによって驚愕する。


「お前、誰と話してんだ?」

「……え」


 辺り一面に、ことりと無音が落ちた。

 現在、デリと観客たちが、同じ表情を浮かべて静止している。


 まるでアルアの存在に気付いていないような口ぶりだ。デリの父親には、目の前にいるうさぎの姿が見えていないというのか。


 デリはゆっくりと、見比べるように、二人の顔を見た。


「まぁいい。帰るぞ。母さんが心配する」


 やはり、デリの父親にはアルアが見えていない。彼は首を斜めにしながら、舞台袖(ぶたいそで)に消えていった。


 舞台上に残されたデリは目を見開き、なにかを確信したような顔を見せていた。

 おそらくそれは、二人を見つめる観客たちも、同時に察したことだろう。


「アルア……あなた……」


 柔らかい笑みを浮かべるアルアは、デリをすり抜けるように舞台中央(センター)に移動した。サスのような日光が差しているあの場所だ。


「……思い出した。アルアね、狼さんに食べられたあのとき、お空に向かって願ったの。こんな死に方はやだって。生まれ変わったら、狼さんと仲良くなりたいって」


 なんと、アルアは狼に食べられたうさぎの幽霊だったのだ。


「なんで……どうして……」

「うさぎってね、いつ他の動物さんたちに食べられるかも分からないから、毎日ビクビクして生活してるんだよ。そんな一生嫌じゃん。だからアルア、生きてたときずっと思ってたの。そんな動物さんたちと、いつかお友達になりたいなって」


 彼女が狼と仲良くしたい真の理由はそれだったのかという表情を、デリと観客たちが同時に浮かべた。


春疾風はるはやてよ、踊り明かせ」


 アルアがそう唱えると突如、


 ビュン──ッ! と、音を立てながら風が吹いた。


 それは先ほどまでの穏やかな風ではない。目を開けるのがやっとの暴風だ。

 風は砂を巻き上げながら竜巻状になり、やがてアルアの身を取り囲んだ。


「お迎えが来たみたい。きっと、デリがアルアの願いを叶えてくれたからだよ」

「や、やだ……やだよ」


 デリが涙ぐみながら言葉を掛けるが、アルアは引き続き穏やかな笑みを浮かべている。



 ビュウウウウウウンッッッ ──── !

 


 と、風がアクセルを踏み込むように一気に強さを増す。


 疾風が目に刺さる。

 もうまぶたを開けていられない。


 遂に……観客全員の視界が真っ暗になった。


「デリとお友達……れて…かった……」

「やだあああああ──…ぁ……」


 砂が壁を叩くバチバチという音の中に、デリとアルアの声が聞こえる。悲鳴に似た叫び声を発しているのはデリだろうか。


 ……しばらくして、風が止んだ。


 観客たちがまぶたを開くと──、舞台上には、風の余韻(よいん)に向かって手を伸ばすデリがいた。

 しかし、かざされた手の先に、アルアの姿はなかった。


 ハッピーエンドを見慣れている観客たちからすれば、裏切られた展開だ。みながみな、満身創痍(まんしんそうい)のような顔をしている。中にはハンカチで目を強く押さえる女の人もいた。


 草原に一人残されたデリは、ゆっくりとした足取りでセンターまで歩き、陽光で照らされたサス明かりの下に入った。

 そして、眩しい光を放つ空に向かって手を組み、祈りを捧げた。

 その姿は哀愁が漂っていたが、どこか清々しくもあった。


 ── きっとアルアは、狼と仲良くなりたいという願いを叶え、成仏したのだろう。


 静かな光に包まれたデリは、観客の誰しもにそう思わせてしまう、穏やかな姿だった。


 目線は、遙か遠い空の先を見つめている。


 すると、パチパチ……という音が客席から聞こえてきた。

 最初は枝を踏むような小さな音だった。そこから導火線の火が渡るように、あっという間に割れんばかりの拍手となった。


 デリの視線を追って空を見ると、雲が散っていた。


 ポッポ街は今、温かい大気に包まれている。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 見事、逆境を跳ね返した魔女の劇団は、その後行われたソワレ公演も拍手喝采で締めくくることとなる。そこには思想信条に関係なく、純粋に目を輝かせるアダルアの民の姿があった。


 投票結果は言うまでもなく、魔女の劇団が一位通過。それも二位にダブルスコアの差をつけるほどの躍進ぶりだった。

 10年以上、日の目から消えていた反体制の劇団が、町の人気女優、ブルーバーグ家の末裔(まつえい)をひきいて大復活し、歓声の渦を巻き起こしたのだ。


 ヴァーレの人々は、この日の出来事を『魔女の逆襲』と呼んだ。


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!


もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m


今後の励みに致します!(^^)!

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