資金提供の影
ナワテたちがポッポ街に立ち入ると、力強い音楽が奏でられた。大会開始を知らせるファンファーレだ。
時計塔の針を見ると、7時55分を差していた。トップバッターが板を踏む5分前。
太陽は未だ姿を見せていない。曇り空の下での演劇は、アダルア人にとって慣れないことなのだろう。どことなく、俳優たちの顔色も曇り模様になっているように見える。異様な緊張感、とめどない重圧が会場内全体に立ち込めている。
ルルやスレタもその例外ではない。曇り空がもたらす独特の雰囲気に呑まれている。
それを察したナワテは膝をたたみ、不安げな表情を浮かべるスレタと目線を合わせた。
「緊張してるのか?」
「……大丈夫だよ」
スレタは唇にやっと当たるくらいの声量で言った。おそらくは、大人を心配させないために嘘をついたのだろう。それを聞いたナワテは、彼女らしい返答だなと思う。
「いいか、スレタ。緊張することは悪いことじゃないんだ」
「そなの? じゃあ緊張してる」
改めてスレタらしい返答だなと思ったナワテは、思わず口から笑い声が出てしまう。
しかし、すぐにいつもの朴訥な表情に戻った。
「だが極度の緊張は演技に支障が出る。セルフコントロールで抑えろ」
「セルフコントロール……?」
「教えたろ。己の心を自在に操るのが俳優の仕事だ。分かったな」
ナワテは必要以上の大きな声で言った。すぐ隣りにいるルルの耳にも届くように。
その時、少し離れた場所から大きな拍手と歓声が立ちのぼった。それはポッポ街の北側から発せられていた。とうとう、トップバッターの劇団が板を踏んだらしい。
ここからはナワテも経験したことのない未知の世界──
演劇の戦である。
「スッチ、ぼくは他の劇団の作品を観てくる。ルルとスレタを頼んだ」
「おう、安心せい。アンチはわしが蹴散らしたる」
スッチは歯を輝かせると、立てた親指をナワテに向けた。
「ルル。君たちの出番は12時30分だ。10分前には楽屋にいろ。いいな?」
「はいはい、分かってるわよ。じゃあね」
相変わらずのつっけんどんな物言いだなと思いながらも、ナワテは少し安心する。狐につままれていた彼女の顔が、いつものルル・マッケナーに戻っていたからだ。
── ◇ ◇ ◇ ──
ナワテは大通りの南側と北側を往復し、今大会に出場しているあらゆる劇団を偵察した。
毎月開催されているということもあり、10分間の戦い方を心得ている劇団が多いというのがナワテの率直な感想だ。
昨日スレタを出演させると決めてから、課題は山ほどあった。その中で最も苦難を強いられたのが、この10分以内のシナリオ作りだった。
ナワテは、このような極端に短い作品は、物語の序盤が勝負の鍵を握ると考えた。少なくとも、上演から3分以内には観客にストーリーの設定を理解させる必要がある。
しかし、他の劇団も同じことを考えるだろう。分かりやすさを重視してベタなシナリオを選んでしまうと、他の作品とストーリーが被ってしまう恐れもある。
つまり勝ち上がるためには、分かりやすく、かつ斬新な作品を作ることが必要となるわけだが、そのことをきちんと意識した作品がチラホラ見かけられた。
もちろん、杜撰な劇団も同じように見かけられた。
俳優を始めて間もないのだろうか。舞台上でセリフを忘れてしまったある一人の少女がいた。そんな少女に観客から励ましの声援が送られていた。心が暖かくなる場面だった。
……しかし、かなり厄介なこともある。
やはり優秀な劇団はこぞって、デリスランドに敵意を持たせる主旨の作品を上演していた。
架空の国名を使用した物語が多いが、ものによってはデリスランドという国名をそのまま使用し乱国と称していた作品もあった。優秀な劇団が演じているだけのことあって、それらのプロパガンダ的な作品は多くの観客の目に触れていた。
これでは緩いコンプライアンス規程も意味が無いに等しい。
ルルの話では、マーガレットとリリが活躍していた時代、アダルア政府に協力した劇団には資金提供がされていたらしい。
……きっと今回もそうなのだろう。
多少侘びしい気持ちにもなったが、勇敢な母を持ったことは誇りに思えた。
そんな複雑な思いに浸りながら観客たちに紛れていると、時計塔から正午の鐘が鳴った。
「あっという間だな……」
それだけ充実した時間だったということだろう。改めてこの大会が、この町の人々に愛されている理由が分かった気がするナワテだった。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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