黒山の理由
ナワテはルルたちの様子を見に、北側の舞台まで戻った。
そこでは、ナワテをたまげさす光景が待っていた。
「なんなんだ、この人だかりは……!」
舞台の客席に、物凄い数の人間が群がっている。
その人数……500人は下らない。
大会用に用意された客席のキャパはせいぜい300ほど。そのため、溢れかえった人だかりが、横幅約10メートルの大通りを完全に封鎖している。
尋常ならざる光景に、ナワテは身をすくませた。
「おーい。ナワテー」
自分を呼ぶ声にはっとして、ナワテは目を動かした。
手を振りながら駆けてくるのはスッチだった。その顔はなぜか晴れやかな表情だ。
「あ、スッチ。ルルとスレタはどこにいるんだ?」
「安心せい。この客の数や。一旦、楽屋に避難させといたったわ」
「そうか……」
一瞬ほっとするナワテだったが、すぐにピンときて呼吸を詰まらせた。
「客の数、ってことは、この異常な人だかりは……」
「ああ、そうや。その目に、魔女の復活を焼き付けに来た変わりもんや」
つまり、これらすべてが、このあと行われる魔女の劇団の芝居を観に来た観客だというのか。
よくよくかえりみれば、そうたいそうに驚くことでもない。魔女の復活が関係していなくもないが、これだけの人が集まった原因の大半は出演者にある。
ルルに関しては言わずもがなである。人気女優である彼女は、普段の公演でも100人程度の客を集めるほど人気を博している。
しかし、要因は彼女だけじゃない。
先王の方針に抗った魔女の劇団の一員として、現王に歯向かったとされているブルーバーグ家の末裔が出演するのだ。反体制側にとってみれば、これほど胸を刺激する朗報はない。
ナワテもある程度の集客は予想していた。しかし、現実が予想を遥かに超えすぎている。
「魔女の復活をこんなにぎょうさんの人が待ち望んどったやなんて。長い間、辛抱した甲斐があったわ。うぅ……わしは、わしは果報もんや」
スッチは歓喜のあまり、腕を顔に当てて男泣きしている。
…… しかし、本当にそうだろうか。
感激するスッチとは裏腹に、ナワテの胸には漠然とした不安が込み上げてきている。
その不安を確かめるべく、再び人だかりに向かって目をそばだてた──。
確かに、集まった観客の大半は、その目に期待を浮かべながら魔女の登場を今か今かと待っている。
しかし、残りの者たちの表情からは歓迎している様子は微塵もうかがえない。向けられている目線はむしろ、怒りに近い。
その結果、北側の舞台客席は『反体制側』と『反魔女の劇団側』の双方が、互いに犯罪者を裁くような目をして睨み合っていた。
舞台前は今にも、あらぬなにかが勃発しそうな雰囲気がかもし出されている。
どうやらこれだけの観客が集まった要因は、様々な思いを持つ者がいっぺんに集った末の結果だろう。全員が全員、魔女の復活を歓迎しているわけではない。
そぞろ心が垂れ込め始めたナワテの目には、なにげない曇り空も暗雲のように映る。
潜入からはや四日目。紆余曲折あり、平和を訴える方向に舵を切ったナワテだが、これでは逆に、世論を二分することになってしまうのではないか。
なにより、このままではあの殺気漂う舞台にスレタを立たせることになってしまう。
そんな後悔と同時に、ナワテは決心した。
── やっぱり、ぼくが出演すべきだ。
時計塔を見ると、時刻は12時25分。本番5分前だ。
「──ッ」
「おい、ナワテ。どこ行くんや⁉」
居ても立ってもいられないナワテは脚を回し、ルルとスレタがいる舞台袖に向かって走り出した。
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