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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
ベルルックサリーシステム
22/72

芸術とは即ち、感情のさらけ出しである

 その日の夜はぱらつくような小雨が降った。アダルアでは雨が降ることが珍しいらしい。しかし相変わらず夜は冷える。地球の具合を心配してしまうほどの気温差だ。

 暖かな輝きを放つ暖炉(だんろ)を眺めると、彼女たちをこの部屋に招き入れた自分を褒めたくなる。


 ベッドがある部屋からルルの透き通った歌声が聞こえてくる。その語るような歌詞はナワテが聞いたことのない童話を奏でていた。どうやらスレタを寝かしつけているようだ。


 主人の意向に反し、寝室は男子禁制とされてしまった。ナワテは例によって居間にいる。

 そんな彼は、ランプの光を頼りにある本を読んでいる。

 今日スッチに断りを入れ拝借(はいしゃく)した、ベルルックサリーシステムの本だ。


 ──ベルルックサリーシステム()(いち)

 役者たるもの台詞も唄も語るべし。その(くちばし)より発せられる口気(こうき)一抹(いちまつ)(きょう)ずるべからず。


 難しい語り回しだが、マーガレットから直々(じきじき)に指導を受けたナワテにはこの意味が分かる。

 俳優は台詞だけではなく、歌う時でさえ生きた言葉にしろという意味だ。今、寝室で歌うルルのように。


 ──ベルルックサリーシステム其の()

 役作りとは、形を創造(そうぞう)するのではなく、心を創造することがこれを意味する。しいては己の心情を操る技巧向上をすべし。役者の心動からざれば、観客の心もまた(しか)り。


 これは役作りをする際、衣装やメイクといった外側を形成するより先に、登場人物の心の具現化を目指しなさいということである。その上で感情の喜怒哀楽のコントロールもしなければならない。心が動いていない役者に、観客の心を動かせるわけがないという意味だ。


 そして次に綴られている文章は、ナワテが耳にタコができるほど()かれていたことだった。


 ──ベルルックサリーシステム其の(さん)

 芸術とは即ち、感情の(さら)け出しである。

 役者たるもの、役者である以前に芸術家でなくてはならない。


 ここに(つづ)られている『芸術家』は、絵で例えると分かりやすい。


 例えば、ここに二つの絵があったとする。

 一つ目は、まるでカラー写真のように本物そっくりに描写(びょうしゃ)した海の絵。

 二つ目は、水の色が赤く描かれたいびつな海の絵だ。

 両方とも海の絵には違いないが、芸術としての質は全く異なる。

 前者の本物そっくりに描いた海の絵を鑑賞した観客は、画家の才能や努力を称えるだろう。

 しかし、後者の水の色がいびつに描かれた海の絵は違う。

 きっとこれを鑑賞した観客は、こう疑問に思うことだろう。


 なぜ、この画家には海の水が赤く見えたのだろうか──、と。


 それはつまり、作者の内面、()()()()ということに等しい。

 マーガレットは前者の画家を職人。後者の画家こそが芸術家なのだと口酸っぱく言っていた。合わせて、後者の芸術家を目指しなさいとも言っていた。


 ベルルックサリーシステム其の三に綴られてある『芸術とは感情の曝け出し』『役者は芸術家でなくてはならない』とは、そういった意味が込められている。


 さらに頁をめくると、感情のコントロールについて詳細に記された部分があった。

 俳優は瞬時(しゅんじ)に感情を変化させることを求められる場合がある。例をあげると、ついさっきまで笑っていたのに、泣かなければならいシーンなどである。

 ベルルックサリーシステムによれば、『感情の変化には、呼吸を活用すべし──』と記されていた。

 なんでも人間は、笑うとき、怒るとき、泣くとき、それぞれの感情と呼吸が連動する性質を持っているらしい。日常においては、感情がキッカケで呼吸が変化するのだが、実は逆もまた然り。呼吸を変えれば、自然と感情が付いてくるのだという。つまり、そのシーンにあった呼吸を選ぶことにより、様々な感情を意図的に呼び起こすことができるのだ。


 人を好きになるのに根拠がないように、愛と恋の違いを詳細に述べることが難しいように、心や感情を動かす(たぐい)の芝居や演技を言葉で説明することは困難を極める。

 だが驚くべきことに、このベルルックサリーシステムの本には、その言葉にできないはずの演技理論が事細かに言語化されていた。

 そして、それらの内容はすべて、ナワテが母から教わった演技理論そのものだった。


 しかし、子どもの頃マーガレットから役を生きる演技を口答で説明された覚えは殆どない。強いて言うなら、体に覚え込ませるような教え方だったとナワテは記憶している。 

 この本を読んだあと、その理由がよく分かった。


「確かに……これは子どもに説明して理解できる内容じゃないよなぁ」


 独り言のようなその口ぶりは、どことなく思いを()せるような音色だった。


 本を閉じ、そろそろ寝ようかという頃、ルルが居間を訪れた。


「スレタは寝たか?」

「うん。寝顔すごくかわいい」

「……そっか」


 そんな些細(ささい)な報告が、ナワテを胸が裂ける思いにする。


「なんでスレタは笑っていられるんだろう。……あんな人たちに向かって」


 ナワテが思わずそうボヤくのも無理はない。

 その理由は昼間、三人が魔女の劇団の拠点を訪れる道中のことだった。


 人気女優のルルは、当然ながらこの町では有名人。歩いていると彼女に握手を求めたり、激励の言葉を浴びせる者たちがいた。業務上、過度(かど)に目立つ行動は控えたいナワテにとって、これは憂慮(ゆうりょ)すべき事態であると言える。

 だが、何度か垣間見(かいまみ)えるその気がかりな光景は、ルルだけに向けられたものではなかった。

 スレタだ。ブルーバーグ家の息女である彼女に送られる視線や声の数は、人気女優のルルをも(しの)ぐほどである。

 しかし、スレタに向けられていたのは全てが温かい視線や声ではない。子どもに浴びせるべきではない、憎しみを帯びた視線や罵声(ばせい)も少なくなかった。

 彼女を称える者は極端に称え、彼女を(ののし)る者はまた極端に罵る。おそらくは、彼女の父、ブルーバーグ殿下の存在が過剰(かじょう)に美化されたり、悪質に歪曲(わいきょく)された結果だろう。

 けれど、それが心ない言葉であっても、スレタがその顔に不満の色を浮かべることはなかった。彼女はむしろ、出来る限りの愛想(あいそ)を振る舞っていた。


「ブルーバーグの家名かめいに泥を塗らないように……だと思う」


 答えを聞いたナワテは、スレタに対する尊敬と胸を引き千切られるような哀しさを同時に抱いた。

 スレタを称えるのは、ルルを含め、ブルーバーグ家を養護する者たちだろう。つまり反体制側のアダルア人だ。こういった者たちの憎悪(ぞうお)の感情を()()け、この国で革命を起こさせるのが今回のナワテの任務である。それは結果的に、ブルーバーグ家を地の底へと追いやったアダルア政府が最も恐れる事態だろう。


 ── ならば、尻込みする理由はない!


 ここにきて、アダルア政府に強い憎しみを抱くようになったナワテは、『すずろぐ革命。演劇計画』を遂行(すいこう)する腹を決めた。


「ルル。君にはもう一つ訊いておかなければならないことがある」

「うん。なに?」


 ルルはそう言いながら、ナワテがなにを質問するかを悟ったような顔をした。


「君とマーガレットとのあいだに、どんな因縁があるんだ?」 


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!


もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m


今後の励みに致します!(^^)!

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