町の人気女優
太陽が傾き始め、あらゆる影の面積が大きくなっていく。平均気温は高いのに、日没時間はナワテの故郷とさして変わらないようだ。
この場所に足を踏み入れてから一時間ほど経った頃だろうか。
今や、ポッポ街は異様な熱気が立ち込めていた。
明らかにここを訪れる者が増えている。町の労働者たちが勤務を終えたからだろう。
各舞台を見てみても、先ほどより観客の数が増しているのが分かる。個人はもちろん、友達同士や家族連れなどもチラホラ見かける。手作りの応援幕を掲げる団体もいるほどだ。
中でも、強烈な熱気を放つ舞台があった。
その舞台前に集まっている観客の数は100人以上。ひしめき合うような人の群れは、隣の舞台の観客席にまで達している。
「スレタ、あれはどこの団体だ?」
「しらん」
一時間ものあいだ連れ回されたスレタは完全に不機嫌になっていた。
しかし、ナワテにとってここでの情報源はスレタしかいない。
「そっかー。教えてくれたらシーチキンをあげようとおもったのにー。残念だなー」
「しーちきん?」
「おいしいのになー」
ナワテの口から発せられる棒読みのシーチキンに、スレタが興味を示す。
すると彼女はかしこまったように背筋を伸ばし、「オホン」と咳払いをした。
「あれは、ルル・マッケナーだよ」
「ルル……マッケナー……。劇団の名前か?」
「違う。ルルは女の子!」
そうするとあの群れは、そのルル・マッケナーという女優目当てに集まった人だかりか。
…… いったい、どんな演技をするんだ。
無意識に、その異常な人だかりに向かってナワテの足が進み出した。
「ナワテ、しーちきんは?」
「あとでな」
「ナワテの嘘つき!」
「ありがとう」
スレタの苦情を話半分に受け流しながら、ナワテは雑踏を縫い歩く。
やがて近くまでたどり着くと、異様な群がりを見せる観客の後方から舞台上を眺め見た。
『聞いた聞いた? 人間がこの森に迷い込んだらしいよ』
『男と女の二人組らしいよ。いたずらしちゃおう!』
『だめだよ』
『そうだ、だめだ。妖精は人間に優しくしなきゃいけないんだぞ』
舞台上ではすでに、四人の子役が演技を始めていた。
子役たちは全員、ワンショルダーのシャツを着用している。加えて衣装の背中に羽の装飾が付いているため、即座に子役たちが妖精役だと理解できた。
さいわい物語は始まったばかりのようだ。そのお陰でナワテとスレタにも、この話が妖精たちと森に迷い込んだ人間が織り成す物語なのだと分かった。
妖精たちの中に、人間に親切な妖精、いたずら好きな妖精の派閥があるようだ。その小競り合いを可愛らしく描いたストーリーなのだろう。
セリフの掛け合いが終わり、四人の妖精たちが舞台上から捌けていく。
ややあって、舞台袖の幕がひらりとなびき、そこから二人の男女が姿を見せた。
すると、
「「「おおおおおおおおおおっ!」」」
「「「きゃああああああああっ! ルルさまーっ!!!」」」
地面が揺れるほどの大きな歓声が、一気にポッポ街を包み込んだ。悲鳴に似た声援は、近くで火事が起きたのかと勘違いするほど騒がしい。
耐えられなかったナワテは両手で耳を塞いだ。その体制のまま舞台上を見やる──。
その瞬間に、ルルという俳優が誰だか分かった。
別格だった。
身体の捌き方で分かる。ルルという俳優は、舞台上での自分の見せ方を熟知していた。森に迷った女を演じるその繊細な表情や動きには微塵の荒もない。
彼女は白と黒のストライプ柄のワンピースを着ていた。背丈はナワテと同じくらいだろうか。女性にしては少し高いくらいだ。顔も整っている。胸のあたりまで伸ばした艶のある茶髪が、傾いた陽光に反射してきらめいている。
もちろん、ルルの顔面偏差値は平均点以上。しかし失礼ながら、彼女よりも眉目秀麗な演者などごまんといる。しかし現に、ルルはそのような美人俳優を寄せ付けないほどの圧倒的人気を博している。
『アラン。もうすぐ夜になっちゃうわ。どうするのよ』
彼女が一言発するだけで、程よくワガママな女性を演じていることが分かる。ナワテは知っている。感情の微調整ができないと、観客にそれが伝わらないことを。
それだけじゃない。彼女の演技から特段気になることがナワテにはある。
── 自分の演技と、似ている。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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