因縁
子役のナワテが名を馳せた要因は、母から伝授された特殊な演技理論にあった。
演技とは、心で人を演じることであり、
それ即ち、役として生きることである。
これは、幼少期のナワテが母マリエ・ヒョウカによく書かされていた文章である。
身体ではなく、心を自在に動かすことが出来る人間を『役者』と呼ぶべきだという理論だ。
ナワテも職業柄、芝居のことに関しては色々と勉強してきたが、母のような演技理論を説く専門家は一人としていなかった。
ナワテがその理論を他人に教えたことは一度もない。今の会社に所属する俳優たちもその例外ではない。
よって、母が死んだ今となっては、その理論を知る者は自分だけだと思っていた。
しかし、異国の地で、それと類似する理論を会得する者がいる。
理由は、全く分からない……。
その後のストーリー展開に関しては、ナワテともなればだいたい見当がつく。
最初はいたずら好きの妖精たちの思うままに人間二人が翻弄されるも、最後は親切な妖精たちが人間たちを森から脱出させる。
もしくは、実は人間たちは駆け落ちして山に逃げてきている恋仲で、紆余曲折の後、妖精たちと仲良くなり山でともに暮らすことになる。
あるいは、人間たち二人の正体が実は妖精の王で、幼き妖精たちのテストをするために人間に化けていた。
など、星の数ほどの作品に携わってきたナワテには、この手の冒頭だけで幾十の結末を予見できる。ハッピーエンドを好むアダルア人の習性を加味すると、結末はさらに絞り込まれる。
しかし、そんなことはもはやどうでも良かった。
ルルの一挙手一投足に心奪われ、遠い目で終始その姿を追いかけていた。
あっという間に時間は過ぎ、気が付いたら割れんばかりの拍手と歓声が渦巻いていた。
彼女は誰から演技を教わったのだろうか。
それを考えると、ある人物の姿がナワテの脳内に投影された。
── 母、マリエ・ヒョウカの姿が。
「え、ちょっ、ナワテぇ!」
まるで焦燥に駆られるように、ナワテはルルがいる楽屋口に向かって走り出した。
楽屋口の前には、出待ちするファンが群がっていた。それを無理矢理手で掻き分ける。
無数の罵詈雑言を浴びせられながら、最前列までたどり着く。
ちょうどその時、楽屋口の扉がギィという鈍い音を立てながら開いた。
最初は男の演者が出てきた……。
次は子役の四人が観客に手を振りながら出てきた……。
そして、
「「「ルルさまぁああ──!」」」
歓声とともに最後に姿を見せたのは、衣装のワンピースではなく、この町の俳優の証──白いドレスシャツと黒のチュールスカートを着た、ルル・マッケナーだ。
この公演に限らず、他の演者はみんな観客に愛想を振りまいていた。
俳優は実質、人気商売である。悲しいかな、演者のイメージと作品のイメージが比例してしまうからだ。演者のイメージが悪ければ、劇団のイメージが悪くなり、自動的に作品のイメージまで悪くなってしまう。それはデリスランドであっても、この町であっても同じこと。よって、俳優にとってファンサービスは必須なのだ。
なのに、ルルはにべもなく軽いお辞儀をしただけで、その場を去ろうとしている。
そのふてぶてしい態度を見たナワテは、ゾクゾクと自分の胸が疼いてくるのを感じた。
直後、ナワテは立ち去ろうとするルルを妨害するように、彼女の前に立ちはだかった。
「「「──!」」」
ルルに送られていた数々の歓声が、ナワテの荒行によってピタリと止まる。
見も知らぬ男に帰路を塞がれたルルは、その紅黒い瞳を不機嫌そうに濁らせナワテを見た。
「邪魔なんだけど」
「訊ねたいことがある」
「常識知らずの男に、わたしが答える義理はないわ」
ルルはそう言うと、面倒くさそうにしながら、彼の横をすり抜け立ち去ろうとした。
二人の周囲からは、ナワテを非難する怒号の声が散漫し始めている。
「マーガレット・ベルルックサリーを知ってるか?」
「っ!」
ナワテがそれを言うと、ルルの眉間に一気にシワが寄った。
「知らない」
「……⁉」
ナワテは、明らかにルルの言葉と態度がリンクしていないことに気付いた。
それどころか、今度はルルがナワテを睨みつけて離さない状況になっている。
ナワテが言ったマーガレット・ベルルックサリーとは、アダルアに居たころのマリエ・ヒョウカの名前。つまり、ナワテの母の本名である。
ルルの心の演技を観たナワテは、彼女と自分の母に友好的な接点があるのだと思った。
しかし、母の名前を出した途端、ルルは物凄い剣幕で敵意を剥き出し始めた。
予期せぬ事態に、流石のナワテも表情から驚きの色を隠せないでいる。
ナワテに浴びせられていた怒号も、この重苦しい空気に押し潰されるように消えていた。
「ナワテ、酷いよぉ」
そんな険悪な雰囲気が垂れ込め始めた中、二人を取り囲む人混みから小さな顔がピョコっと出てきた。それは人と人の間から、かろうじて顔面だけ出しているスレタだった。
我に返ったナワテは、人垣からスレタを引っ張り出すため手を伸ばす。
「あ、スレタ。ごめ、うげ──ッ!」
しかし、猛ダッシュで走ってきた何者かにナワテの身体が突き飛ばされた。
彼は盛大に尻餅をついたあと、混乱したまま現場に目をやった。
そこに見たのは、スレタの服に付着したホコリや砂を手で払い落とすルルの姿。
「スレタさま。お怪我は?」
「大袈裟だなぁ。ルルは」
ナワテは尻餅をついた体制のまま、立ち上がることを忘れている。
「知り合いなのか?」
「うん。ルルはスレタのお友達だよ」
ルルは「恐縮です」といったあと、すぼめた猜疑の眼をナワテに当てた。
「スレタさま。この男とお知り合いなのですか?」
「うん。一番弟子」
スレタは自分のことを兄のように慕っているものだと密かに思っていたナワテ。それだけに、弟子扱いはさすがに辛いものがあった。
「あっ、そうだ。ルルはシーチキン好き?」
「え……しーちきん?」
周りを見ると、今度は不思議そうに見る人々の視線がナワテに集められていた。
目のやり場に困り上空を見ると、そこには薄いオレンジが広がっていた。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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