表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
446/488

 幕間・商業都市ベルトムーア・4

 落ち着かないくらいの、高級すぎる高級宿から一歩出て、私は安堵からとも、疲労からともつかないため息を吐いた。

 小市民である私としては、あんな絢爛な部屋や高級な晩餐は性に合わない。いや、この場合は、肌に合わないというべきだろうか。

ぶっちゃけ、この宿であと一週間過ごすより、野宿する方が気が休まる。いやまぁ、こんなのは幼い頃から旅から旅への根無し草をやっている私だからこそ抱く感想で、大多数の人間からしたら、この宿に泊まれたら一生の自慢にもなるだろう。

 それにこんな事を言えば、この宿の経営者であるシュルス殿に対する酷い侮辱だろう。

 しかしやはり、落ち着かないものは落ち着かない。


「あの六人が全員、同じ宿に泊まっているというのが、なにより一番落ち着かなかった理由なんだけれど……」


 もしこのセリフも、本人たちに聞かれたら失礼にあたるのだろうが、それでもこのくらいの愚痴はこぼさせていただきたい。昨夜の会議の内容を漏らさないくらいの分別は、私ごときでも持ち合わせているが、それも一層私の気を重くしている一因なのだ。


 結論として、この町の大富豪たちはパイモン商会に対する警戒を強める、という行動方針を固めた。


 それはつまり、パイモン商会は現時点で、真大陸トップクラスの大商人たちと敵対したという事になる。まぁ、形の上では。

 シュナイザー殿の目論み通りといえばその通りなのだが、パイモン商会の現在の勢いと、番付に名を連ねたときの影響力を鑑みれば、そこの会頭代理が魔王であるというのは由々しき事態なのは否めない。最悪の状況を考えれば、声高に反対はしにくいだろう。

 とはいえ、シュナイザー殿とメフメット殿以外の面々は消極的な協力を約束するにとどめた。結局のところ、商人キアスが魔王であっても、現時点では誰も損をしないという部分が大きいだろう。損がでそうになって初めて、彼等は結束してパイモン商会包囲網を築く。そうでなければ、一銭の得にもならないような事に、彼等の貴重な時間を使う事はしないだろう。そうでなくても、寄ってたかって一つの商会を追い詰めるようなやり方は、気乗りしない者が多かったのだろう。

 それでも、一応はシュナイザー殿に同意するあたり、やはり魔王という存在は大きい。


 これからパイモン商会包囲網ができるかどうかは、シュナイザー殿とメフメット殿の努力次第だ。とはいえ、彼等もそうそう余裕がある状況ではない。手練手管を駆使して、包囲網の展開に腐心するだろう。末端とはいえ、番付入りしている大富豪二人の協力体制だ。恐らくは、包囲網そのものはできあがるだろう。

 問題はその規模だ。


 我々ゴールドシュタインは、どう立ち回ろうか……?


 いやまぁ、行動方針は父が決める事であって、私はそれに従うだけの下っ端だ。無論、理解していなければいけない事ではあるが、考えなくていい事でもある。誰かに指示を出せるような人間では、私はないのだ。


「なんにしても…………」


 商人たちの世界は、動く。

 真大陸全土を巻き込んだ混戦となるだろう。商戦という名の戦が始まる。

 商業界にとっては、王国空運という革新的なファクターが登場したときから、予め発生の予想されていた混乱だ。それが、パイモン商会と行商人キアスをきっかけに、とうとう発生したというだけの事である。

 ある程度先見の明のある者にとっては、『ああ、ようやく始まったか』という感想を抱くだろう。無論、我々ゴールドシュタインとて、準備は万端だ。


「あー、もしもし? チュールです」


 懐から取り出したマジックアイテムのイヤリングを使い、目的の相手と連絡を取る。


「ええ、親父殿。概ね予想通りの展開です。これで主だったベルトムーアの商人は、パイモン商会の敵となるでしょう。ただし、現時点での積極性は、小。シュナイザー殿とメフメット殿に限っては、中といった程度でしょうか。これからどうなるかは不明ですが、ワインバーガー翁も協力体制には参加するようです」

『ふむ…………。やはりか…………』

「言うまでもありませんが、ワインバーガー翁が、消極的であろうとも参加するのなら、我々も参加しなければ、これからの取り引きに悪影響があるかもしれません」


 私のした余計な注釈に、重々しい口調で父が相槌を打つ。


『…………ふむ。チュール』

「はい」

『我々ゴールドシュタインは、当初の予定通り行動する』

「は」

『当初の予定――――つまり……――』

「この騒ぎの中で、一番儲けるように立ち回る、ですね?」


 そう、準備は万端である。


『そうだ。魔王だのなんだのは、俺たち一般庶民には関係のない話だ。そういうのは、政治屋連中のお仕事であって、俺たち商人の仕事は金を稼ぐ事だ』

「魔王が真大陸に攻めてきたり、魔大陸侵攻となると、また別の話なのですがね」

『そうだな。それにな、チュール。いくらワインバーガー殿が我々のお得意様だからって、どう儲けるかはそれぞれ自由。それに文句を言うのは、負け惜しみ以上にみっともないさもしい行為だろ』

「そうですね」


 もし仮に、我々とワインバーガー翁が袂を分かち、お互い敵同士となろうと、それに文句を言う筋合いは、どこの誰にもないのだ。まぁ、この場合は、我々が魔王の側につくという事になるので、どこかから文句のでてくる可能性はあるのだが…………。


「それに、翁は本当に消極的でしたので、なにかあればこの包囲網にも加わらないかもしれませんしね」

『そんなにか?』

「それはもう。あのように痛烈な嫌味を言う翁は、なんだかイメージと違いました」

『嫌味? お前にか?』


 は?


「いいえ。私にではなく、シュナイザー殿とメフメット殿に対してです。ネチネチとというか、チクチクとというか」

『…………他には?』

「他というと?」

『ロイドハイド殿やシュルス殿に対しての、翁の態度はどうだった?』

「それはいつも通りだったかと……」

『ふむ…………』


 どうしたのだろう。さっきから父の反応がおかしい気がするが、その原因がわからない。


「親父殿?」

『…………チュール、お前はまだしばらくベルトムーアに留まれ』

「なぜですか?」

『ワインバーガー殿と接触しろ。彼はなにかを隠してるぞ』


 え……?


「どういう事?」


 私は焦りの滲んだ口調で、父に問い返す。


『ワインバーガー殿は、笑顔で全てを覆い隠すタイプの商人。我々商人にとって、表情というのは武器の一つだが、その使い方は人それぞれだ』

「ええ、そうですね」

『まぁ、元々気のいい御仁だったから、普段の笑顔に作り物の笑顔を混ぜ込んだのだろう。好々爺然とした雰囲気も、その武器を扱いやすいようにあつらえた鎧みたいなもんだ。ちなみにお前は、無表情を武器にする商人だな』

「お父さん。先、続けて」


 商人としての口調を一旦やめ、言葉を区切りながらお願いする。イヤリングの向こうへ、ちゃんと怒りが届いている事を願う。


『わーったよ。ったく。…………そんな、敵には一層笑顔で接するはずのワインバーガー殿が、その二人には悪態をついたんだろ? 虫の居所が悪かったってんならわからないでもないが、他の連中には普通だったんだろ? しかもそのあと、消極的ながらそんな作戦に協力を約束している。

 …………なにかあんだろ?』

「それは……、単に他力本願なシュナイザー殿とメフメット殿に悪感情を抱いていたという可能性は……?」

『ないな。笑顔ですっぱり切って捨てる事はあっても、嫌味なぞ言って無駄な時間を使うのを、良しとする人ではない』


 なるほど……。


『よしんばなにもなくても、翁の動向を確認できれば良し。場合によっては、こっち側に取りこんじまうのもアリだ』

「なるほど。こちらに取り込んでしまえば、微々たるデメリットすら消滅しますね」


 私は口調を戻しつつ、頷いた。しかし今度は、父の方がからかうような口調で話しかけてきた。


『わかったら動け。まだまだ夕飯には早すぎるぜ? 怠け者は金貨を捨てる愚か者だ。働け働け』

「わかっていますよ。それでは」

『ああ――――』


 イヤリングを外し、懐にしまうと足を向ける先を変える。目的地はワインバーガー翁の自宅だ。アポイントは取っていないが、あの高級宿に戻るよりはマシだろう。最悪の場合、翁の予定に合わせて追いかければいい話だ。


「それにしても…………」


 私は空を見上げ、首を傾げる。空には高々と太陽が輝き、抜けるような青空が広がっている。


「夕飯には早いって、今はまだ昼前なのだが…………」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ