幕間・商業都市ベルトムーア・3
「いやはや、流石ですな!」
私の知っている限りの情報を披瀝すると、ホテル王シュルス殿が両手放しで賞賛の言葉をかけてきた。その言葉尻に乗るように、デミトリ・スペラント殿とワインバーガー翁も眦を下げて拍手をくれる。
「やはり、我々の持っていたものよりも、遥かに詳細なものをお持ちだ。ゴールドシュタインの秘蔵っ子の名は、伊達ではありませんなぁ」
「左様、左様。流石は噂に名高きチュール殿。我々老骨としては忸怩たる思いですが、時代は次代へと移ろっている、という事ですか。時代遅れと言われるのも、それはそれで感慨深いものではありますが」
「ハッハッハ。そう言われると、ロートル呼ばわりもいいものですなぁ」
「ロイドハイド殿は、あらゆる意味において現役でしょうに」
笑い合う大富豪三人。商人らしい情報交換の場と考えれば、これもまたよくある光景なのだろう。だが、この場はきっと、それだけの為に用意されたわけではないはずだ。
しかし、噂に名高きって……。私は別に、この人たちと違って凄腕でも金持ちでもない。たしかに父はそれなりの小金持ちだが、我が家のモットーは『働かざるもの食うべからず』だ。財産の所有権が私にあるわけでも、それを自由に使える立場にもない。そんな事を、あの頑固親父が許すはずがない。
こうまであからさまなおべっかを使われると、少々鼻白むところがある。
「まぁ、たしかに噂は聞いてるけど、やっぱり得体が知れないわよねぇ」
そう。こうして、話の内容に過剰反応してくれた方が、私としては助かる。御しやすいともいうが。
私に対する賞賛の言葉を遮るように声を上げたのは、シュナイザー殿だ。エジュザ……――メフメット殿も、彼女の言葉を無言で肯定している。
「頭角を現してからの稼ぎ方が上手すぎない? 上手いっていうか、早すぎるっていうか」
「そうだな。我々とて、そうそう簡単に追随を許すような商売をしてきたわけではない。正攻法でない方法――それこそ、先程チュール殿がおっしゃったような後ろ暗い者たちと共謀して、法を蔑ろにして稼ぐ悪徳商人の類いかと勘ぐってしまうのは、自然かと思う」
私は別に、彼が無法者たちと懇意だと言ったつもりはなかったのだが……。まぁ、懇意にしているマフィアもいるようなので、ここで否定するような真似はしないでおこう。
「自衛の為マフィアと懇意にするのは、商人の誰しもが経験してると思いますが……。まぁ、たしかにタチの悪い連中もいるので、十把一絡げに必要悪というつもりはないですが、ここで重箱の隅をつつくような真似をしても仕方がないでしょう?」
市役人も務めるくせに、やれやれとでも言いたげにため息を吐きながらそんな事を言う、ロイドハイド殿。聞き分けのない子供に言い聞かせるようなロイドハイド殿の言葉に、メフメット殿も言葉に詰まって黙ってしまう。
まぁ、口調はともかく、話の内容はその通り。面倒事を避ける為、裏家業の人間に話を通しておくくらいは、当然の自衛手段だろう。そこら辺は、我々隊商にも覚えがあるところだ。それを非難されても、だったら軍隊並みの自警団でも作って、財布をぶら下げて歩いても安心な治安の町でも作ってくれという話だ。無論、そうなれば今度は、貴族連中に目を付けられるだろうが。
商業都市の存続問題にまで発展しそうだが、まぁ、メフメット殿がやりたいというなら、私は否定まではしない。町の治安が良くなるなら、いい事づくめではある。頑張ってほしい。自腹で。
「さて、チュール殿のお陰で、情報はもう十分揃ったわよね?」
タンとグラスをテーブルに置き、円卓へと腰を下ろしてから、仕切り直すようにシュナイザー殿はそう言って一同を見回す。メフメット殿もその後に続いて、円卓へと腰を下ろした。
今日ここに集められた七人の商人が、一つの円卓に揃って座っている中、シュナイザー殿は続ける。
「今日私たちが集まったのは、このパイモン商会について話し合う為。でも、勘違いしないでほしいのは、私は別に、パイモン商会に番付を抜かれるからって『徒党を組んで彼を追い落とそう』なんて言うつもりはないの」
「ほほう。それは殊勝な心掛けじゃな。ま、パイモン商会が躍進しようと、我等にとってはそこまでの大事ではない。これからも、その心がけは大事にしてもらいたいものだのぅ」
「…………」
やはり少々あたりの強いワインバーガー翁。普段の彼を知る者としては、この意地悪爺さんみたいな彼は、意外極まりない姿だ。普段は老獪でありつつもどこか気さくで、上手い冗談に一本取られたと言って、本当に高級酒の酒瓶を一本渡してしまったというエピソードもあるような御仁なのだ。
たしかにワインバーガー翁や他の面々は、パイモン商会やキアス殿の躍進に対して、思う所はあろうと懸念はないのだろうが、この二人が焦っている理由だってわかるだろうに、このもの言いは冷たすぎる。冷淡といってもいいくらいに。冷酷といえば、やや過言だが。
商業組合の大富豪番付に名前が載るという事は、商人にとって誇りであると同時に、非常に有益な宣伝でもあるのだ。
それに名が載っているだけで商売相手には事欠かず、商売敵は勝手に逃げていくのだから、利点はそのまま実益になる。元手が必要のない宣伝としては、ローリスクハイリターンどころかノーリスクハイリターンといっていい。いや、ノーリスクというのは言い過ぎか。この場合、危険ではなく変化というべきだろう。盛者必衰ともいうが。
だからこそ、末端の十番であるシュナイザー殿や、やや業績に不安がある九番のメフメット殿が不安を覚えるのも理解できる。その立場に固執する理由も、痛い程わかる。
もし番付落ちするような事態になれば、たとえ何の落ち度がなかったところで、周囲からは落ち目に見えるだろう。番付から名がなくなれば、名が載っている事で得た知己も、全てではないにしろ失う事になる。自然、巻き返しにはそれなりの金と労力と時間が必要不可欠である。なにより恐ろしいのが、悪手を打ったわけでもないのに、信用が落ちるという所だ。
今の地位にしがみつこうとする二人を、必ずしも浅ましいと断じれない理由がそれだ。その点、デミトリ・スペラント殿は勿論、他の三人だって、もしパイモン商会が自分より上位に名を連ねても、番付から名がなくなる事はない。名さえ残っていればほとんど害がないのだから、モチベーションに差がでるのは仕方のない事だ。
「あの」
そこで私は、片手を上げて質問する。
「そもそもこの場は、なにを以って、誰が、なんの為に用意した場なのでしょう? 私は、商人キアスの情報を持っていけと、父に言われて来ただけですので、骨子を整理して話していただけると嬉しいのですが。もっと言えば、結論から話していただければ、各々方のスタンスも含めてわかりやすいのですが?」
少々踏み込んだ――というか、聞きようによっては失礼な私の台詞。それに答えたのは、議長のような立ち位置になったシュナイザー殿だった。
「ええ、そうね。じゃあ、結論から言いましょう」
そう言って、前置きを一切省いて、結論だけを言う彼女。
その顔には諦念も、強者に対する闘争心も窺えない。淡々と、ただあるべき事実を、ありのままに語っているように――見えた。
「商人キアスが、第十三魔王本人である可能性がでてきました」
しかし、そこまで言ったとき、彼女は彼女らしからぬミスをした。ニヤリと、妖艶とも思えるような笑みをこぼしてしまった。獲物に狙いを定めた猛禽のような、舌を出した蛇のような、獰猛な獣のような笑みを。
「もし彼が、本当に魔王だった場合の対処は、それぞれ決めておいた方がいいと思うのだけど? 場合によっては、今回魔王と戦う役目は、勇者じゃなく、我々商人が担う事になるのかもしれない。そうなれば、最も有力な戦士は、我々を置いて他にいないと思うの。
そのとき、我々が足並みを乱し、どころか足の引っ張り合いでもしてたら、結構マズイと思うわ。前回の魔大陸侵攻戦における、烏合の衆と化した連合軍の様相は、下手をすれば我々の身代すら傾けるかもしれない。だからこそ、早い段階で意思統一や行動方針の決定はしておいた方がいいと思うの。
――――だから、私がみなさんを集めさせていただいたわ。これでいいかしら、チュール殿?」
一瞬垣間見えた笑みを、商人らしい人当たりのよさそうな笑みで覆い隠し、彼女は笑う。
この危機的状況を打開したい彼女にとって、しかし素直に『助けてくれ』などと他者を頼れば、本末転倒もいいところだ。落ち目である事を、自ら証明してしまっているようなものなのだから。
だからこそ、別の問題を提起し――――大問題を提起し、皆の敵として、商売敵の商売敵を増やし、敵の敵は味方にしてしまおうという算段か。
「ええ。その噂話を、情報として開示する意味を、あなたが理解しているのなら、私から言う事はありません」
キアスが魔王であるという情報は、私も持っていた。だがこれは、眉唾だとしたって言いふらすべき事ではない。
『あいつは魔王だ』『誰それが魔族だ』
なんて、確証がない段階で言いふらしていいレベルの噂ではないだろう。それこそ、信用問題にかかわるというものだ。
だがそれを、彼女は言った。彼女程の商人が、それを口にする意味を分からないわけがない。という事は、私以上の情報を持っているのだろう。それこそ、確証とまでは呼べなくとも、心証を得るくらいのものは。この場合の心証は、良くする為の物ではなく、心に抱く確信の事だ。
「無論、心得てはいます、チュール殿」
そう言って、神妙な調子でこちらを見返す表情は、真摯そのものだった。
無論、商人の表情なんて、噂話以上にアテにならないのだが。




