非力なカイナに期待しては、カイナまで犠牲になりかねない
「カイナ様は意味不明なことを仰る。先ほど貴方は私が裏切った理由を知るために来たと仰った。それなのに、私が暗殺に加担した理由は既にわかっているとも仰る。ご自身の言葉が矛盾していることにはお気づきではないか?」
「わかりきったことを聞くんじゃない。俺が語ったのはあくまで過去の事実からの推察だ。俺の感性から言えば、貴公が両親の仇を取る為に暗殺に加担するのは自然な行動ではあるが、結局は推測に過ぎない。貴公の感情と論理を裏付ける証拠が無い限り、裏切り者への処罰に納得することなどできはしない」
「なるほど、あくまでご自身の納得のためと。では、どうされますか? その納得の為に、カイナ様も私を拷問なさるか?」
「俺も、拷問の全てが悪いと考えているわけではない。イクスガルドが侵略を受けており、貴公が敵国の重要な情報を持っているならば、躊躇いなくあらゆる苦痛を与えよう。だが、俺が聞きたいのは貴公の身の上話だ。苦悶の声を漏らされては、話に集中できん」
「……まるで、お優しい人情派かのような言い草ですな。チェル様を野放しにしている時点で、貴方は同罪だ。むしろ、止められる立場でありながらも静観して動かない貴方こそが、最も邪悪ですらあると……そう考える人間が居てもおかしくは無いでしょうな」
「……」
チェルよりも圧倒的に弱いカイナでは、チェルを無理矢理に従わせることができない。チェルよりも桁違いに弱いカイナの言葉には、チェルは聞く耳を持たない。
カイナなりに努力はしているつもりだった。チェルからなるべく目を離さずに。チェルが街に出ないように気を配り。己の身を犠牲にしてでもチェルが民たちに触れる機会を減らしてきた。
その結果が、積み上がった112人の死体だ。カイナの努力など、犠牲者たちからすれば言い訳に過ぎない。
「……失礼、少し感情的になりすぎたようです。あの弟君よりもカイナ様の方が邪悪など、そんなわけが無い。全ては聖剣のご乱心によるもの……いつまでもお飾りのままであれば、カイナ様もそのように悩まれる必要も無かったのでしょうな」
ダズの目から見て、カイナの落ち込みようが余程哀れに映ったのかもしれない。敵意に溢れていた声からは一転して、その言葉は憐れみと慰めに満ちていた。
「いや……貴公の言葉は尤もだ。俺とチェルは同罪だろう……目を背けるつもりは無い。だからこそ、語ってはくれないか。貴公は何故、イクスガルドを裏切った?」
「……」
松明による微かな明かりが二人を照らす中、互いの顔を正面に見据える。
沈黙と静寂による押し問答はやがて決着が付き、敗者は顔を逸らし溜息を吐いた。
「はぁ……語るも何もカイナ様の仰る通りですよ。両親を殺された恨み……そして、誰もチェル様を咎めることのできない国を変えるために、私は裏切りに身を落としました」
「なぜ、その前に俺に相談しなかった? 国を裏切って王子を暗殺するなど最終手段だろう。まさかとは思うが、俺がチェルのやり方に賛同していると本気で考えていたわけではあるまい。貴公の選択肢に、俺への直談判は欠片も無かったか?」
「貴方に相談なぞしたところで、結果は見えていましょう。カイナ様がチェル様を止めるために尽力していることは民たちも知っています。だからこそ、貴方の無力さも周知されているのですよ。カイナ様はただの人に過ぎません。私や民からの思いを伝えたところで、急に聖剣に比肩するほどの力を発揮したりはしない。カイナ様にプレッシャーをかけたところで現実は何も変わらず、何なら貴方まで聖剣の錆になりかねない」
「……」
ダズの正論は、カイナの胸を奥深くまで貫いた。弱さとは罪であるという暴論があるが、今のカイナにはあまりにもピッタリな言葉であった。
非力なカイナに期待しては、カイナまで犠牲になりかねない。カイナを死地に追いやることなどできない善良な市民は自分で何とかしようと奮い立ち、ダズはその一人であったのだ。




