両親の存在がどんどんと希釈されていくような感覚があるんです
「それに、仮に貴方がチェル様を止められたとしても、それは平和的な手段でしょう。実の弟を殺すなど、カイナ様がされるはずがない」
「……その言い方だと、チェルに死んでほしかったという風に聞こえてしまうな?」
チェルは王子だ。王族に対する殺意を口にするなど、例え虜囚であっても許されない。
カイナは遠まわしに言い訳の機会を与えたが、ダズは鼻を鳴らすと正面から言い放った。
「本当にお優しい方ですね、カイナ様は……気のせいではありませんよ。そのように言ったのですから。今も、私はチェル様を殺してやりたくて仕方がありません」
それは自暴自棄にも取れる言い草ではあったが、ダズの殺意は本物だった。もしも今目の前にチェルが現れたら、鉄格子を破壊してでも襲い掛かりそうな気迫があった。
「貴公は所帯持ちだ。帰りを待つ妻と息子が居たはずだ。自分が死ぬとわかっていても、両親を殺したチェルが許せなかったか?」
「……そもそも、私は両親とはあまり仲が良くなかったんですよ」
ダズはとつとつと語り出した。まるで懺悔でもするかのように、カイナへと身の上を話し出した。
「私の父は元々悪酔いする悪癖があったんですがね。足を怪我して職を失ってからはより酷くなった。幼い時分の私にまで拳を振り上げる始末で、どうしようもなかった。母も毎日のように青あざを作っていて、それなのに父から離れることもせずに、ダメな亭主と幼い息子の為に女を切り売りして日銭を稼いでいた。そんな父と母が、私は好きではなかった」
イクスガルドはまだ発展途上の小国だ。足を怪我したからといって、就ける職が無くなることはありえない。どこもかしこも人手不足であり、その気になればダズの父親も引く手数多だったはずだ。
怪我によって失った職によほどの思い入れがあったのだろう。酒に溺れ息子に暴力を振るい、妻の身売りも受け入れてしまうほどに。
そしてそんな父を愛し、その身を売ることも厭わない母に対して、幼い頃のダズは複雑な感情を抱いていたようだ。ダズの人生を想像することしかできないカイナには何も言葉をかけることはできず、ただ黙ってその感情の吐露を聞き続けた。
「命をかける職はそのリスクに見合った報酬が得られる。成人した私は家を出て金目的で兵役に就き、働かなくとも貧しい生活ができるくらいの仕送りを両親に送り始めました。その代わりに、縁は切りましたがね。両親の元には帰らず、新しい家庭を築きました。ただギリギリ生活できるだけの金だけを送り続けるだけの関係で……息子の顔すら見せていませんよ……」
その声に込められていたのは恨みや憎しみだけではなかった。既に両親が亡くなった今でも、ダズは葛藤しているらしい。本当にそれで良かったのかと、後悔している様子がカイナの目にも見て取れた。
「これは後から知ったのですが、私が出て行ってから両親は更に堕落していたようで……私からの仕送りの金は安酒に費やされ、母は青あざよりも栄養失調による瘦せ細りの方が目立つ有様だったみたいです。それを哀れに思った隣人が、兵に相談した結果……」
「チェルか……」
「どのような伝手で聞き及んだのかまでは私も把握していません。ただ事実として、チェル様は私の実家を訪れ、そこで父を殺害されました。ご本人の弁によると、噂通り女性に暴力を働いていたので殺したとのことで……母がそれを止める間も無かったみたいですね」
現場を見ていなくとも、その光景は容易に想像ができた。チェルの訪問時にタイミング悪く暴力が行われていたのなら、チェルは有無を言わさずにその聖剣をダズの父親の胸に突き立てただろう。
「父は最低の人間ではありました。酒に溺れ、暴力を振るい、誰かの足を引っ張ることしかできない人間だった。それでも……あんな風に殺されても文句が言えないほどの悪人だったのかは……私には判断がつきません。少なくとも、母にとってはそうではなかったのでしょうね」
「記録によると、貴公の母は父を殺された3か月後に暴行未遂によってチェルに殺害されたとあった。……街を散策していたチェルに対し、包丁で切りつけたそうだな」
カイナの言葉を受け、ダズは小さくを息を吐きながら俯いた。まるで馬鹿にするかのように。
「母はようやく父から解放された。実の息子である私ですら、そう感じていました。でも……母は最期まで駄目になってしまった父を愛していたようですね。父を殺したチェル様をどうしても許すことができなかったのか……それとも、父の居ない人生に耐えられなかったのか……。結婚して子供を授かった今でも、私にはあの二人のことが理解ができませんよ」
「理解できない親の仇討ちのために、自らの人生を棒に振ったと言うのか? 残される妻と息子のことは考えなかったのか?」
ダズは顔を上げると、カイナの顔をじいっと見つめた。どこか焦点の合っていない瞳は、カイナを通して別の何かを見ているかのようでもあった。
「……父は4人目の被害者でした。その素行を知っている者でも、死んだ際には哀悼の意を表していましたよ。足のケガさえなければ……もっと気をかけてやれたらってね……。母は11人目です……。私としては父よりもずっと哀れな人だと思っていましたが……父の時よりも死を悼む人は減っていた。死体が積み上がるごとに、被害者よりも加害者への関心の方が強くなっていく……またか……次は自分かもしれない……王はなぜ放置している……。私の唯一の父だった男は、今では100人の被害者の内の1人……その内300人の内の1人……はたまた1000人の内の1人か……。私の中でもね、両親の存在がどんどんと希釈されていくような感覚があるんです……それが耐えられなくて……気づけば、私の右手は敵国の間者の手を握っていました」
最後に、ダズは自嘲するように息を吐いた。屈強な肉体を小さく丸めた姿には、両親の帰りを待ち侘びる子供のような侘しさがあった。




