「ソラリス」
「今日さ、駅前の本屋ちょっと寄ったんだけど」
「珍しいね。急いで帰る日が多いのに」
「たまたま時間あってさ。SFコーナー見てた」
「SF?」
「うん。海の表紙の本があってさ」
「海?宇宙のSFなのに?」
「そこがヒント」
「どういうこと」
「宇宙にある“海”」
「……」
「分かった?」
「ソラリス?」
「正解」
「スタニスワフ・レムだよね」
「そう。読んだことある?」
「昔ちょっとだけ。難しかった記憶しかない」
「分かる。宇宙の話なのに、戦いとか全然出てこない」
「むしろ心理の話だよね」
「そうそう。宇宙の海が、人の記憶を形にして返してくる」
「それ怖いよね」
「怖い?」
「だって、自分の記憶が勝手に現れるんでしょ」
「確かに」
「ねえ」
「なに?」
「もしさ、自分の記憶が目の前に出てきたらどうする?」
「難しい質問だな」
「文学だから」
「便利な言葉だね、それ」
「答えて」
「うーん……」
「考えてる?」
「たぶん、少し距離とる」
「なんで?」
「本物じゃない」
「なるほど」
「そっちは?」
「私は逆かも」
「逆?」
「話しかける」
「話すの?」
「だって気になる」
「確かに」
「でもさ」
「なに?」
「ソラリスって結局、人のこと分からないって話だよね」
「そうだと思う」
「宇宙の海も」
「うん」
「人の心も」
「全部完全には理解できない」
「……」
「どうしたの」
「ちょっと思った」
「なに?」
「この帰り道って」
「うん」
「結構長いよね」
「そうだね」
「でも」
「でも?」
「まだ分からないこと多い」
「何が?」
「君」
「それ言われると困る」
「なんで」
「説明できない」
「なるほど」
「でも」
「なに?」
「分からない方が面白い」
「それ」
「うん」
「ソラリスっぽい」
「なんで」
「全部理解したら」
「うん」
「研究終わる」
「じゃあ」
「なに」
「帰り道の研究」
「まだ続く?」
「たぶん」
「まだ途中」




