第六十二話 見えざる手と、絡まる想い
「…セレスティアの賢者よ。本当に此度の褒賞はそれで良いというのか?」
その時、鋼鉄公国ウルバス・ドゥーム女王、グリーム=ヒルデは、謁見の間に現れ目の前に跪くセレスティア王国の至宝、セレスティアの賢者の言葉に戸惑いを隠せずにいた。
「はい。…元々、我々はこちらのグルム=フレアハンマ殿の言葉もあり、先に申し上げたことをお願いに参った次第にございます。…ですので、それ以上のことをして頂くつもりはございません。」
エレノアは、グリームの表情を窺うことなく顔を伏せたままその問いかけに答えた。
そのエレノアの一歩下がった両隣で跪いているグルムと耕助が黙ったまま首肯する。
「しかし、我が国の…そう、我らの危機を救った英傑にそれだけの褒賞とは余の面子も立たん。…後世、この戦いを語る時にこの話が出れば、余は物笑いの種になろう。」
「…つまり、陛下としては我らの望む褒美がそれでは少ないと仰せられるのですか?」
「当然であろう!あれだけの戦果を上げながら、精霊石を、それも二つでいいなど裏で何を考えているのかと勘ぐってしまうわ!」
グリームは、思わず言葉を張り上げてしまった。
この場に来るまで、強欲とも噂される王国の、それも魔女と呼ばれる賢者がどれほどの褒賞を要求してくるのかと恐々としていた。
それが、グリームにとっては造作もない程度の褒美で良いと言っているのである。
一連の話を聞いている、ドルムを筆頭に他の諸将達も微妙な顔つきでそのやり取りを眺めていた。
すると、静かにエレノアは顔を上げると諭すような声色で話始める。
「…恐れながら陛下。ウルバスドゥームにとっての精霊石の価値と我が王国との価値には大きな開きがございます。…王国では、国に管理されるどの宝石よりも得難い貴重な物と位置づけられております。…陛下がご懸念されるようなことは万に一つもございません。…それに…」
そこまで言うと、右斜め後ろに控えている耕助の方に視線をやり、ニヤリと口角を上げた。
「…ここに控えております、異世界人、神代耕助も陛下のお役に立てて大変満足しております。…この顔をご覧下さいませ。」
それを聞いて、耕助はエレノアの顔つきを見るとその意図に気づいた。
そして、その顔に満面な笑顔を浮かべると上機嫌な表情をグリームに向けて嬉しそうに口を開く。
「…陛下。初めて会った時はかなり驚いたが、俺がしたことでこの国の人達が喜んでくれたなら、本当に嬉しい。もちろん、陛下も喜んでくれたなら尚更嬉しいんだけどな!」
「おおお…なんと…。」
耕助の言いようは無礼にも感じたが、無邪気に笑うその姿に周囲の者達からは感嘆の声が上がる。
その様子に、エレノアは満足気に笑顔を見せた。
しかし。
もちろん、半分はウソである。
耕助は、仁のいないところで散々暴れられたことと、噂の白竜騎士団を叩きのめしたことに満足していた。
ただ、それと同時にドワーフ人達の気性も好ましく思っていたので、その住民達に害が及ばなかったことは素直に嬉しかった。
「………。」
グリームは、そう言って屈託のない笑顔を見せる耕助を黙ったまま眺めていたが、ふと厳しかった表情を崩すとエレノアに視線を移した。
「…そうか。では、そなたらの希望通りに精霊石と精霊との仲介を引き受けよう…。」
「…ありがとうございます。」
グリームの言葉に、エレノアとグルム、耕助の三人は恭しく頭を下げた。
すると、グリームの近くに立っていたドルムがエレノアに向かって口を開いた。
「…ところで、賢者殿。貴殿らの魔装騎士を見てみたいと軍事開発の者達から申し出がきている。…願ってもよろしいか?」
「もちろん。我々もはじめからそのつもりで参りましたので。存分にご覧になるよう、お伝えくださいませ。」
「感謝する。…それに、この後戦勝の宴を都市を挙げて催す。貴殿らには、今しばらく我が国に逗留して頂き参加して頂きたい。」
「それはそれは!ぜひ、参加させて頂きます!」
エレノアの言葉に、横のグルムが一昨晩の狂騒を思い出して頭を抱えた。
「…ワシは知らんぞ…。」
グルムは、呟きながら非難するような視線をドルムに向けた。
ドルムは、視線の意味を理解することなく笑顔を見せて大きく頷いて見せる。
「ありがとう。国民たちも、嘸かし貴殿らに感謝の言葉をかけたいであろう。よろしく頼む。」
そうドルムが言葉を返すと、グリームがゆっくりと顎を引いた。
これで、話は終わったという合図でもある。
三人は、それに気づくと最後にもう一度頭を下げ、ゆっくりと立ち上がり踵を返した。
すると、耕助は背中に視線を感じて小さく振り向いて肩越しにその先へ目をやった。
そこには、玉座のグリームがその見事なオッドアイを揺らし寂し気な視線を送っている。
「………。」
耕助は、それになにも応えることなくニッコリと笑顔を浮かべて頷いて見せた。その姿にグリームも口を開くことなく目を伏せて応える。
それを見届けると再び視線を前に向け、他の二人と共に豪奢な造りの扉に向かって歩き始めるのだった。
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「…なるほど。それで、俺は殿下の兄貴に会いに行けばいいのか?」
その頃。
セレスティア王国、王城内の庭園に設えられたガーデンテーブルの円卓で、仁はイリーナを伴ったアリステルにエスパード公爵領にあるエターナル城塞都市への同行を依頼されていた。
「そうだ。…頼めるか?」
アリステルの問いかけに、仁は苦笑いを浮かべて手にしていたカップに口をつける。
中には、普段の紅茶とは違い上質な香草茶が入っていて、口に含むと香草の爽やかな香りが鼻を抜けた。
「遠慮したいな。…だが、そうはいかないんだろう?」
カップに落としていた視線を、アリステルに向けながら応えてゆっくりとソーサーに戻す。
(相変わらずとんでもないヤツだな。)
たったそれだけの所作が、呆れるほど優雅に見えてアリステルは心で毒づいた。
現にアリステルの左側で、軽食を用意していた侍女達の見惚れている姿が視界の隅に入る。
「まあな。…私もあまり乗り気ではない。おそらく、カシアス兄上はお前を誘ってくるだろう。」
「…大変だな?。」
仁は、苦笑いから少し憐れむような笑顔に変えて他人事のように聞いた。その笑顔もまた破壊力が凄い。
城下の吟遊詩人達の詩から抜け出てきた傾国の王子さながらであった。
「大変なのはお前もだぞ?あの男の執拗さはヘビのようだとも言われている。…事実、そうだしな。」
「俺一人でいいのか?二人で来いと言われているんだろう?」
「知ってて言ってるだろう?耕助が大人しくしていると思うか?」
「…そういう相手なのか?あんたのその様子を見ると、そのカシアス殿下ってのはあまり気が合う相手ではなさそうだな?」
「まあな。王権を持つ自分が、全ての頂上にあるとお考えの立派な方だ。」
アリステルの言葉に合わせるように、傍らに静かに佇むイリーナが小さな息を漏らす。
「…笑えるな。」
「やめてくれ。だから、耕助が戻ってくる前にお前だけを連れていきたいんだ。…分かるだろ?」
アリステルはそう言って、耕助のセレバスでの振る舞い思い浮かべて二人は首を振って笑った。
「苦労してるな?」
「ああ。最近、よく言われる。少しは耕助が大人しくなる様に協力してくれ。仁。」
仁は、肩を竦めながら再びカップを手に取って香草茶を流し込むと話を変えた。
「それで、いつ出発するんだ?」
「実は、準備は出来ている。明日には出発したい。向かうのは私とイリーナ、仁、それと護衛に騎士団から十名連れて行く。…カレンは王都の防衛に残しておくつもりだ。本人は怒るかもしれんがな。」
アリステルの言葉に、仁は薄く笑って聞き返す。
「大人数だな。…ということは、ポータルは使わないのか?」
「察しがいいな。使えるポータルがないわけじゃないが…あまり急いで会いたいと思う相手でもないからな。…エターナルまでは十日ほどかかると考えている。」
そう言うと、アリステルもカップを手に取ると、中身を口にして広がる香りを楽しむように目を伏せる。
仁は、その動作を眺めると口角を上げながら言った。
「そういう仕草を見ると、アンタも王族だって思うな。とても戦姫なんて呼ばれてるとは思えない。」
「誂うでない。どこからどう見ても、王族であろうが。…ところで、仁。」
「なんだ?」
アリステルが向けてくる探るような視線に怪訝な表情を浮かべて応える。
「聞いておきたいんだが、先日、カレンに王城の書庫を案内するように頼んだそうだな?」
「ああ。」
「…その時、寝ていたカレンに上着をかけたというのは本当なのか?」
「まあな。でも、そこのイリーナにカレンが薄着だから上着でもかけてくれって言われてな。確かに、書庫の中は冷えてたからそうしたんだ。」
アリステルは、それを聞いて黙ったままのイリーナを睨んだ。
「ほう。すると、お前が気がついてかけた訳ではないのだな?…なるほど。…イリーナ?」
イリーナは、それでも意に介することなく目を伏せたまま口を開いた。
「殿下。このことは黙っておきましょう。カレン様もお喜びになっていることなので。」
「…お前なぁ…。」
アリステルは、相変わらずなイリーナの性格に思わず頭を抱えた。
すると、仁は閃いた!とばかりに指を一本立てて笑顔を見せながら口を開く。
「…なるほど。すると、俺が自分で気を利かせてカレンに上着をかけたことになっているのか?」
「ウム。そういうことになっている。…イリーナ、貴様、いつかカレンに斬られるぞ?」
呆れ顔のアリステルの横で、仁は口に握った手を当てて笑った。
「くくく…。そうか。まったく、カレンは可愛いもんだな?」
「助かる。そういうことにしてやってくれ。…お前もだぞ?イリーナ!…変な種明かしなどせずに、カレンに夢を見せておいてやれ。いいな?」
アリステルは、そう言って半ば詰め寄るように念を押した。
すると、イリーナはいつも通りに冷ややかな表情の中に、小さく微笑みを称えると静かに頭を下げるのだった。




