第六十三話 地下都市の夜、エールの奔流
その時、戦勝に沸くウルバスドゥームの地下都市の商業施設にある居酒屋は大いに盛り上がっていた。
大勢の客や店員達が、店内にある一つのテーブルを囲み叫び声を上げて、一種のカオス状態にまでなりつつある。
そのテーブルでは、いつの間にか上半身裸になった耕助が、ドワーフ達を相手に腕相撲をしていた。
「オラァ!ドワーフ魂はそんなもんか?!かかってこいやぁ!!」
すでに、三人をなぎ倒してこの店で一番強い酒を勝った相手に次々と呑ませていた。
自分は自分で大ジョッキに注がれたエールを水のように飲み干している。
「調子にのるなよ、異世界人!!今度はワシが相手だ!!」
身長は耕助の胸の辺りまでしかないにも関わらず、丸太の様な腕を持ったドワーフが腕まくりしながら、耕助とテーブルを挟んで立った。
「上等だ!俺の名前は神代耕助!アンタの名前はなんてんだ?!」
「オウ!ワシの名前はガンズ!掘削長をやってるガンズ=ベイドンじゃ!」
掘削長のガンズは、ドワーフ人の中でも荒くれ揃いの坑夫達を束ねる力自慢の一人でもある。
「おっしゃ、ガンズ!アンタにもあの酒を味あわせてやるぜ!!」
「洒落臭い!お前こそあの酒に溺れさせてやるわ、耕助!!」
二人は、ドン!!と大きな音を立ててほとんど同時に頑丈そうな木製のテーブルに肘をついて互いに手を握る。
すると、レフェリーとなった店員が組み上がった二人の手を押さえ右手を上げた。
店内は、物凄い熱気に包まれその場にいた者達は各々に応援の叫び声を上げる。
「ガンズ!!異世界人なんてやってしまえ!!」
「耕助!負けんじゃねえぞ!!掘削長の鼻をへし折ってやれ!!」
「ガンズ!!ワシの仇を取ってくれぇ!!」
その間も、レフェリーは二人の手を押さえて態勢を整えていたが上げていた右手を握った。
一瞬、観客たちがその手に注目するとレフェリーが右手を振り下ろして開始の合図を放った。
「レディ…ゴー!!!!」
「「ウオオオ!!!」」
耕助の腕は、他の人族の中では太い方だったがガンズと比べると半分くらいしかない。
ガンズは、膂力に寄って力任せに耕助を倒しに行く。それに対し、耕助は仙八掌の呼吸法を使い丹田に溜めた気を爆発させてガンズに襲いかかっていた。
「やる…ではないか…異世界人!!」
「お前もな…ドワーフ人!!」
二人の力は拮抗し、ちょうど真ん中で互いの腕の筋肉と肉がミチミチ…と悲鳴を上げている。
店内のボルテージは最高潮となり、通りを挟んだ向かいの店にまで声が響いて、外から次々と人が押し寄せ店の外まで人が溢れかえっていた。
すると、ここに来てジワジワとガンズが押され始める。
「「ウオオオ…!!!」」
二人は、最後の力を振り絞らんと絶叫を上げた。
だが、次の瞬間には耕助の右手がガンズの右拳をテーブル叩きつけて勝利をもぎ取った。
「また勝ったぜ!!…さあ、ガンズ!!呑んでもらおうかぁ!!」
その言葉と共に、小さなショットグラスに波々と注がれた透明な酒が女性店員の手によって運ばれてくる。
ガンズは、忌々しそうにそれを奪い取るように受け取ると、一気に飲み干した。
それを見て、周りの観客達も合わせるようにジョッキやグラスを隣同士で乾杯して注がれた酒を飲み干した。
「オオオ!また勝ったぞ、あの異世界人!!」
「あの細い腕でガンズにまで勝つとは、異世界人は化物じゃ!!」
周囲を取り巻くドワーフ人達は、口々に耕助に対して感嘆の声を上げる。
すると、そのテーブルの上にフワリと紫の外套を纏ったエレノアが立った。
耕助は、思わずその姿に目を見張る。
「おお?!エレノア!お前、なにしてんだよ?!」
だが、エレノアはそれに答えず、真っ赤になった顔で目を据わらせると両手を腰に当てて体を前に曲げながら耕助の顔を覗き込んだ。
「耕助ぇ…お前…ずいぶんと…強いじゃないか!」
「おい、お前大丈夫か?!」
その明らかに泥酔している姿に、耕助は不安に掻き立てられ抑えにかかろうとする。
しかし、その手を振り払うと人さし指をクルクルと回し始め、すぐ頭上に巨大な球体を作り始めた。
「水?!…いや、これはまさか…」
耕助がそれをよく見ると、球体を作るその液体は水ではなく、ドワーフ達に呑ませていたこの店で一番強い酒だった。鼻先に、強い蒸留酒の香りがツーンとする。
「おい!エレノア!お前、それをどうするつも…」
そこまで耕助が喚いた瞬間だった。
エレノアは、その球体を破裂させて耕助の頭の上からダバダバダバ…!っと大量の酒をたっぷりと浴びせかけた。
さすがの耕助も、酒の強烈さと量に一発で昏倒してしまう。ついでに、その周りの者達も巻き添えを食って倒れていた。
すると、エレノアは満足気に大きく胸を張るとテーブルの上で高らかに笑った。
「アハハハ…!!まいったか?!私の勝ちだぁ!!」
それを見ていたドワーフ達は、更に盛り上がり口々にエレノアを讃えた。
「ウオオオ…!賢者様が勝ったぞ!」
「オオオ!!さすが、賢者様じゃ!!あの異世界人を一発で沈めたぞい!!」
「凄いぞ!!やっぱり賢者様が最強じゃ!!」
「賢者様こそが最高じゃ!!」
しかし、盛り上がる観客達の後ろで、すっかり呆れた様子のドワーフが一人、頬杖をついて呟いていた。
「…なにが最高じゃ…。」
ドワーフの正体は、二人と共にウルバスに訪れたグルムだった。
普段、王国で飲む時は、豪快に笑いながら宴会の中心にいるグルムであったが二人の悪ノリにはさすがについて行けず、盛り上がる様子を他所に淡々とエールのジョッキを空けていた。
しばらく、その場所から二人の様子を掌に顎を乗せたまま窺っていたグルムだったが、思わず頭を抱えて再び呟いた。
「…あの二人、本当にここへ何しに来たんじゃ?」
――ウルバスドゥームの地下都市の夜は、街中に人々の安堵と歓喜による興奮に包まれながら賑やかに更けていくのであった。
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都市内が盛大に歓喜で沸いている頃、ルブラン城内にいくつも用意されている女王の私室の一つで、グリームはドルムとグラスを傾けていた。
住民達の住まう生活圏から距離があるにもかかわらず、城内にも国民達の歓声などの声が響いていたが、その部屋にはわずかなざわめきだけが聞こえていた。
まるで、隔絶されたような空間の中で、グリームは手にしたグラスの中に揺れる琥珀色の液体を眺めていた。
「…だいぶ賑やかになっているようだな?」
それまで黙っていたグリームが不意に語りかけてくる。
「…はい。この国の危機が去ったのです。民達の安堵も喜びも一潮でしょう。」
ドルムは、言葉を選びながら、それでも優しげな声色で言葉を返した。
「…賢者達は、どうしているのだ?」
「街中を練り歩きながら、一週間は飲み明かすと息巻いて、護衛も付けずに飛び出していきました。」
「…フフ。護衛?いらんだろ。歓迎はされても害することが出来る者などいるものか。」
グリームはそう言って、グラスに口をつける。
「…たしかに。…陛下…。」
「なんだ?」
「…あの異世界人ですが…私はあの男の苛烈な戦いぶりを見て、その凄さというよりも…」
ドルムは言葉を詰まらせて言葉を探した。
それを、グリームは沈黙したまま眺めている。
「…我々との違いをまざまざと見せつけられました。あれは、やはり異世界人でした。」
「…そうか。」
グリームは、言葉少なく返事をしながらグラスに視線を落とす。
「…ですが、こうとも思うのです。」
「…?」
「もっと早くに会いたかったと。…強さに裏打ちされたあの自由さ。正直、羨ましく思いました。」
「…そうだな。貴様のような愚直な男が、あのように奔放に生きる様を見せられては、嘸かし眩しく映ったであろう。」
「はい。」
ドルムは、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
そして、二人は永遠に続くような熱気とさざ波のように伝わる都市内の喧騒に耳を傾けるのだった。




