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第六十一話 閑話 ガールズトーク

「フゥ…。」


 その時、アリステル=ロゼ=セレスティア第四王女は彼女専用の執務室で、上質な紙に綴られた数枚の手紙を読み終えると大きなため息を一つ吐いた。

 同室しているイリーナとカレンは揃って怪訝な顔を浮かべてその様子を眺め見る。


 この世界で使用されている様々な紙は、南部諸国連合を発祥に、良質な物から粗悪な物までロナルディア全域に流通している。


 すでにこの世界では活版印刷も発明され、多様な書物も出版されていた。当然、各種族ごとに括られるわけだが全土における識字率は非常に高い。


 そして、多種族との関わりを深く持つ者の中には様々な文字を解する者もいるなど、人々にとって文字は身近なものになっていた。


 それ故に、上質な紙での手紙のやり取りは王族や貴族など上流に住まう者達の嗜みともなっている。


 発祥ということもあって、王国における王室や帝国の皇室が使用する限られた者達が使う上質な紙は、南部諸国連合の一つロンベルク公国産が好まれていた。

 

 そのロンベルク産の紙に、教養ある者の手によって書かれた手紙の中身はアリステルにため息を吐かせるには十分な物だった。


「…カシアス兄上が、二人に会いたいと言ってきた。それも、二人をエターナル城塞都市まで連れて、御前に參上させよとな。」


 その言葉に、同じ部屋にいたイリーナとカレンは訝しげな表情を作る。


「御前とは、またカシアス殿下らしいお言葉ですね。」


 アリステルが座る椅子の横で見守っていたイリーナが、虫でも見るような視線を手紙に向かって送りながら呟いた。


「まったく、父上こそが我が国の差配を決められるお方なのだがな。…兄上も偉くなられた。」


 そう言って、アリステルは手にしていた紙の束を机の上に放り投げる。

 エターナル内に駐留させている、アリステルの連絡員の報告によれば、カシアスがアリステルを揶揄する話を派閥内で吹聴している事も聞かされている。

 それだけに、三人にとってカシアスはあまり良い印象を持っていない。


 おそらくこの手紙を無視していれば、早急に訪問し説明することを命じる指示書が、更に上質な紙に書かれて届けられるであろう。

 アリステルは、鼻で笑い冷酷な目つきでイリーナと同様に手紙を眺めた。


「しかし、王位継承権第一位のアルヴィン殿下を差し置いて、御自らが配されているエスパード公爵領に参上させよとは、あの豪胆な気性極まりないアルヴィン殿下のお耳に入ったら如何なさるのでしょう?」


 イリーナは、やや楽しげに微笑んでカレンに視線を送る。カレンは、両手を軽く持ち上げるような素振りで上げて、知らん。とばかりに首を振った。


 その性格からも武勇を最も尊ぶ長兄アルヴィン=オル=セレスティアは、以前から王国最強と謳われるカレンを引き抜くために様々な勧誘を行っていた。


 だが、今はそれよりも今回の手紙の主、王位継承権第二位のカシアス=ルク=セレスティアである。

 その内容によれば、サトラムス渓谷の戦で帝国軍を退けた二人に対し説明させるようにと記され、カシアスが南部諸国連合に睨みを利かせるために身を寄せている三大貴族のエスパード公爵の賛同も得ていると言う。


 加えて、今年の南部諸国連合の議長国であるロンベルク公国からも説明を求める使者が、半ば降るように数回も訪れているらしい。

 

「連合も気が気ではないな。…帝国のみならず王国にも警戒せざるを得ない事態が起こるとはな。」


 アリステルは、そう言ってイリーナに意見を求めるように視線を送る。

 イリーナは、意に介する様子もなく目を伏せて頷いて見せた。


「…寡兵によって大軍が退けられる。これが、逆に連合側が起こしていたのであれば、慌てたのは我々の方です。…賢者様が王国に存在しあの二人を召喚出来たことをまずは喜ぶべきでしょう。」


「そうだな。カレン、特にお前にとっては良かったのではないか?」


 アリステルは、一転して誂うような視線をカレンに送り、動揺する姿を笑おうと口角を上げた。

 しかし、カレンは一切動ずることもなく落ち着いた様子で答える。


「そうですね。イリーナ殿の仰る通りかと。」


「…なんだつまらん。照れたりもせんのか?」


 アリステルは思わず口を尖らす。


「…?なにをですか?」


「なにをですか?ではない。私は、暗に仁のことを言ったつもりだったのだがな。」


「ああ、なるほど。そういうことでしたか。」


 カレンは、そう言うと余裕の笑みを浮かべてフンスと鼻息を鳴らした。


「…?!ちょっと待て、カレン。今のは頂けないぞ?!おい、イリーナ!今のを見たか?!」


 アリステルは、椅子から腰を浮かしてイリーナに向かって抗議するように喚いた。

 すると、イリーナは目を伏せたままコクコクと頷いて諭すように口を開く。


「殿下。カレン様は、色恋の駆け引きにおいて殿下よりも一歩も二歩も先に進まれたのです。」


「なんだと?!カレン!聞いてないぞ?!」  


 バン!と音を立てて両手を机に突きながらアリステルは立ち上がって、机の向こうで直立しつつも満足気な笑みを称えるカレンに詰め寄った。


「カレン!私の知らないところで、仁となにがあったのだ?!申してみよ!」


「いやあ、殿下には少し刺激が強いと思いますので…。」


「なん…だと…?!」


 お互いに武芸一筋で、男にはトント縁のない者同士と思っていただけに、裏切られたような気持ちになって更に詰め寄った。


「よいから、なにがあったのか申してみよ!」


「いやあ、そんなに聞きたいのですか?」


「そういうのはいい!申してみよ!」


「いえ、賢者様達がウルバスに向かった後なんですけど、仁殿から誘われまして。」


「仁からなのか?」


 普段、仁は外に出たがらないと聞いているだけに意外に思う。だが、そんな事でウソを吐くカレンではない。


「はい。それで、王城内の書庫に連れて行って欲しいと言われまして、イリーナ殿を介して案内したのです。」


「ウム。…それで?」


「それから三時間ほど、仁殿は色々な書物を読んでいたのですが、私はいつの間にか寝てしまいまして…。」


「だろうな。…それで?」


 カレンは、そのアリステルの物言いに少しばかり顔を歪めたが話を続ける。


「…はあ。ま、それでしばらくして慌てて起きたんですよ。そうしたらですね…。」


「そうしたら、なんだ?」


 すると、食い入るように先を促すアリステルを前に、カレンはその頬を赤らめながら弾けるように言った。


「そうしたら、あの仁殿が私に上着を掛けてくれてたんですよ〜!いやもう、参りました!ハハハ…!」


「わかったわかった!それで、その後はどうしたのだ?!」


「…は?…その…後とは?」


 カレンはアリステルの視線に、はて?という顔をして聞き返した。

 その様子に、煮え切らない表情でアリステルが先を促す。


「惚けるな!当然、その後になにかあったのであろう?!」


「いえ。それ以降は二人で宿舎に戻りましたが?」


 すると、キッ!という音が出そうな鋭い目つきでアリステルはイリーナに振り向いた。


「イリーナ、貴様…駆け引きがどうのこうのと意味深なことを言いよって…。」


 イリーナは、その凄まじい視線に動じることなく涼しげに口を開く。


「殿下。お言葉ですが、一体何を想像されたのですか?…カレン様にしては、大きな進歩ではありませんか。」


 アリステルは、その言葉を聞くと目の前で幸せそうに表情を崩しているカレンを見やると、安堵とも言えぬ複雑な息を吐いて力が抜けたように腰を下ろした。

 そして、思考を切り替えてカシアスの話題に戻す。


「…まあ良い。それよりもこの手紙のことだ。…やはり、エターナルに向かう事も考えなくてはならんかもな。」


「はい。カシアス殿下はもちろんですが、エスパード公爵様に対しての体面もあります。ましてや、連合への対応も考えなくてはなりません。」


「ウム。…それで、耕助と賢者殿が戻られるのは明日であったな?」


「はい。何事もなければその予定と伺っております。」


 だが、そうイリーナが言った途端、まるでそれに合わせたように執務室のドアにノックの音が鳴る。

 イリーナは、アリステルの顔を見て了解を得るとドアの向こうに消えた。


 そして、ドアの向こうにいた訪問者と言葉を交わすと出た時と変わらぬ表情で戻ってくる。


「殿下。そのウルバスに向かった訪問団についてなのですが。」


「なんだ?まさか、耕助がなにかやったのではないだろうな?」

 

 そう言いながら、アリステルは顔を歪める。

 するとイリーナは、小さく首を振って答えた。


「いえ。…そのウルバスに帝国軍一万が急襲し、その戦に神代様と賢者様が参戦されたそうです。」


「…は?」


 アリステルは、思わず呆けたように口を開いて聞き返す。イリーナは、その様子にも反応することなく言葉を紡いだ。


「その戦で半数を殲滅し、後の半数を捕虜としたそうで、結果として、その戦に勝利したとのことでございます。」


 そこでさすがのイリーナも、呆れたようなため息を一つ吐いて言葉を続ける。


「…それで、ヒルデ女王より褒賞が与えられるそうで、その授与式に参加するために帰国がさらに一週間ほど延びるそうです。」


 アリステルは、思わず呆れたようにそう言ってイリーナと同じ様なため息を吐いて机の上で頬杖をつく。


「…あの者達は、何をしにウルバスへ行ったのだ?」


「たしか、精霊石を譲って頂くためだったかと。」


「…まったく。これでますますエターナルに行かねばならなくなったな…。」

 

 アリステルは、淡々と答えたイリーナの横で右手の上に顎を乗せたまま、尊大に振る舞うカシアスの顔を浮かべて言いようのない思いに頭を抱えるのだった。


  

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