第六十話 歓声の裏側、女王の憂鬱
戦闘が終わり、参戦していた兵士達が鉄鋼門をくぐり抜けてきた時、都市内に通じる通路と呼ぶには広すぎる街道の沿道には、避難所に身を寄せていた多くの住民達がその場に集まっていた。
そして、勝利の凱旋を祝う割れんばかりの歓声を上げ、兵士達を労い感謝する言葉を口々に発し、その場は熱気に包まれている。
「ありがとう!!そして、おめでとう!!」
「よくやってくれた!!今夜は宴だ!!」
「お前達は、俺達の誇りだ!!ありがとうッ!!」
住民達が上げる思い思いの声を耳にすると、それまで傷つき俯いていた者や、戦場に恐怖していた者達までが顔を上げ、腕を上げ、高揚した表情を見せた。
その一団の中にいた耕助も、コクピットから立ち上がると歓声に応えるべく両手を上げて燥いでいた。
操縦は当然、ラグに任せてある。
「ヒャッハー!!また勝ったぜー!!」
それまで、耕助の戦いを見た兵士達は、その鬼神のような戦い方に畏怖の目を向けていたが、今、勝利を称える賞賛の声の中で無邪気に笑う姿を見て、そのギャップに戸惑いつつも自然と笑みを浮かべ始めていた。
「次も絶対に負けねえぜ!!俺が一番強いんだからな!!」
耕助は、力強いアジテーションを見せると、住民達の言葉に応じるように叫びその場のボルテージを上げていた。
すると、その直ぐ側で歩いていたドワーフの兵士が声をかけてくる。
「おい、異世界人!」
「なんだ?!」
「あんた、本当にすごかったなあ!!あの白竜騎士団を一人で殲滅するなんてな!!」
「おう!嬉しいねえ!もっと褒めてくれ!!俺は、褒められるのが大好きなんだ!!」
耕助は、そう答えて右腕に力こぶを作って見せる。
すると、今度は他のドワーフ達も声をかけてくる。
「あんたが、味方で本当に良かった!俺はもうだめかと思ったぞ!」
「俺もだ!あの白い連中が現れた時は、肝を冷やしてちびりそうになったわ!」
「ワハハハ…!!」
ドワーフ達のそれらの言葉に、耕助の周りはドワーフ人特有とも言える豪快な笑い声が巻き起こる。
耕助は、上機嫌に顔を綻ばせると今度は両腕で力こぶを作って応えた。
「なに言ってやがんだ!俺にかかれば、あんな連中、束になって来てもぶっ潰してやるぜっ!!」
「違いねえ!!ワハハハ…!!」
耕助は、嬉しかった。
前の世界でも、戦闘には必ず勝ってきた。
だが、終わった後はいつも次の作戦が始まる所だったり、すぐに脱出しなくてはならなかったりで多くの人に歓迎されることはまったくなかったのだ。
しかし、この世界に来てからは戦に勝つたびにこうして多くの人に戦勝を祝ってもらえる。
別に、賞賛されたいわけではない。
ただ、戦勝を祝われるという行為そのものよりも、『自分がこの戦いの場にいた』という実感を周囲から認められるようで、それが無性に嬉しかった。
しばらく、周りを囲むドワーフ達と高らかに笑い声を上げながら住民達に向かって手を振っていた。
すると、住民達の人だかりの中から、一人の兵士が耕助に向かって走り寄って来る。
「神代殿!!」
「ん?!なんだ?サインでも欲しいのか?」
「ドルム長官がお呼びです!格納庫に戻られましたら、案内を用意してますのでご同行頂けますか?」
その言葉で、耕助はようやくウルバスドゥームまで来た用件を思い出した。
「あ!ヤベッ。そう言えばそうだったな…。…わかった!すぐに向かうと伝えてくれ!!」
兵士は、その言葉に敬礼をして返すと再び人だかりの中に消えていった。
それを見ていた、ドワーフの兵士の一人が残念そうに顔を歪めて口を開く。
「なんだ、お前さん、行っちまうのか?…これから皆で飲もうと思っていたのに。」
「ありがとうな!また今度、誘ってくれ!今日は俺の代わりに存分に潰れるまで飲んでくれ!」
「言われるまでもないわ!ガハハハ…!」
屈託もなく豪快に笑うドワーフ達の姿を見ると、もう一度両手を上げて笑顔を見せる耕助だった。
■△■△■△■
その頃、戦勝に沸いている都市内とは対照的に、グリームの執務室は陰湿な空気に包まれていた。
勝利の報告を受けた後、グリームは総司令部から今後を思案するために執務室に詰めていた。
戦いに勝ったとはいえ、まず考えなければならなかったのは、今回の戦を決定づけた王国の二人に対する褒賞だった。
話によれば、精霊石に関わる話らしいが成し遂げた戦果が戦果だけに、どれほどのことを要求されるか分かったものではない。
五千にも及ぶ捕虜の事に加え、戦費や帝国との交渉など頭の痛い問題は山積みであったが、まずは目の前に置かれた問題はそれであった。
グリームは、それらの事を頭に浮かべると憂鬱な面持ちで今日で何度目かのため息を吐いた。
すると、近侍の従者が背にしている扉を叩く音が聞こえてくる。
従者は、機敏な動きでグリームに一礼すると扉を僅かに開けて、外の警備をしている兵士に何用かと言葉をかけた。
そして、その返事を聞くと再びグリームに一礼してドルムが来訪したことを伝える。
グリームは、鷹揚に頷いて入室を許可すると入ってきたドルムに声をかけた。
「此度の事、本当にご苦労であった。あれだけの時間でよく勝利を手にしたものだ。…大勝利であったな。」
しかし、ドルムの表情が柔らかくなることはない。
「…いえ、陛下。ご存知の通り、我々の戦いはこれからでございます。…陛下も、それをご懸念されこの場に来られたのではないのですか?」
「ウム。…報告を聞く限り、セレスティアの魔女はともかく白竜騎士団を倒した、あの異世界人…まともではなかったようだな。」
「はい。故に、陛下からの労いのお言葉にも素直に応じる事が出来ませんでした。…この勝利はあの二人のものと申しても遜色ありません…。」
ドルムはそう言って苦悶の表情を見せる。
だが、グリームは大きく腕を広げると高らかに言葉を発した。
「バカを申すな!この勝利は、少なくない我軍の尊い犠牲の上に成り立っている。指揮官である貴様がそのようなこと夢々申すでない。…死んだ者達にも家族がいる、このウルバスの国民であり、貴様の部下たちで
あったなのだからな。…滅多なことを申すな。」
グリームの半ば怒りを込めた言葉に、ドルムは深く腰を折ると訝しげに首を振りながら答えた。
「たしかに、陛下の仰る通りでございます。軍の指揮官として言ってはならぬことを申しました。…正直、あの二人の力を目の当たりにしたせいかと思われます。」
「…貴様ほどの男にそこまで言わせるとはな。」
「はい。…あの神代耕助と申す者。…あれは何かに括られる者ではありません。この世界の常識も、騎士の矜持も、なにもかもを笑いながら踏み砕くような…そう、まるで災厄そのものだと感じました。」
「……。」
ドルムの悲しげにも恐怖に畏怖するようにも見える視線を感じると、口にする言葉を探したが見当たらず沈黙で返す。
「…王国は…いや、魔女はあのような者達をこの世界に呼び寄せ、何を企んでいるのでしょう?…私にはあの者達を擁して作る未来を想像する事が出来ません。」
ドルムは、城壁から戦闘を眺めていた時の感想をそのまま言葉にしていた。
グリームは、変わらぬドルムの視線に一度遠くを見るような目を見せると、静かに背を向けてゆっくりと目を伏せて呟いた。
「…そうか。よくわかった。…やはり、あの者はダレン=ヒルドではなかったということだな。」
■△■△■△■△■
格納庫で帰還したエレノアと合流した耕助は、開口一番両手を腰に当てて、この上ないドヤ顔を浮かべるその姿に声をかけた。
「エレノア!お前、あんな派手な魔法が使えたんなら早く言えよな!…本当は俺たちなんかいらなかったんしゃねえのか?!」
エレノアは、ドヤ顔を崩さぬまま睨見つけるような表情で返す。
「バカモノ!あんな魔法がいくつも撃てると思うのか?!さすがに魔力も底を着いたわ。」
「はぁ?撃とうとしてたじゃん。」
「あんなのはブラフだ。ああすれば、残った連中も大人しくなるだろうと思ったし、事実、そうなっただろ?」
そう言って、フフン!と鼻息を鳴らすエレノアを耕助がジト目で見ていると、城内につながる奥の通路からグルムとミルンが駆け寄ってくるのが見えた。
「おお!ミルン!いい子にしておったか?!」
一転して、エレノアはその方向に満面な笑みを見せて駆け寄って行く。
「賢者様!もう、よろしいのですか?!」
いつもなら、周りを和やかな気持ちにさせる笑顔のミルンの顔が心配そうな表情を見せていた。
「ああ!大丈夫だ!ミルンを悲しませるような悪い連中は私自ら消し去ってやったからな!」
エレノアは、そう言って再び両手を腰に当てて、ローブ越しでも分かる見事な双丘を天に突き上げる。
耕助は、その姿に思わず目を見張りながらも不満気な言葉を口にした。
「お前、まるで一人でやったみたいな言い方だな?」
ミルンは、それに気づくと耕助にも声をかける。
「耕助も大丈夫?ケガとかしてない?」
「するわけないだろー?ミルンが心配するようなことは一つもないぜっ!」
耕助は、そう言うとミルンの両脇に手を入れて高く抱き上げると自分の左肩に座らせた。
ミルンは、顔をクシャクシャにして無邪気に笑う。
その様子に、エレノアも耕助も満足気なため息を吐いた。
すると、側にいたグルムが笑みを浮かべながらも難しそうな声色で口を開く。
「…だいぶ派手にやったみたいだな。」
「まあね!」
耕助は、屈託のない笑顔を見せて答える。
「ドルムがな。陛下の所に向かう前にワシの所に来た。…だいぶ困っている様だったな。」
「なにがさ?」
「おそらく、褒賞のことだろう。…多分、あ奴はお前と賢者様の力を見誤っていたのであろう。それで、勝ったというのに、難しい顔で陛下に相談しに行ったんだと思う。」
「気の毒にな!!」
それを聞いたエレノアは、微塵も思ってもいない表情で愉快げに言った。
グルムは、それに避難するような目を向ける。
「…賢者様。まさか、二人が私の姪っ子のために派手にやらかしたとは言い出しにくいですぞ?」
「なになに。剣匠殿も気にせず堂々としておればよいのだ。せいぜい、頭を悩ませておけばいい。話はこちらに有利になるだけだからな。」
その言葉を聞いて、グルムは顔を顰めるとかつての好敵手であり現在はウルバスの重鎮である友の心情を思うと深いため息を吐くのだった。




