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第五十九話 荒野の静寂・勝利という名の重荷

 白竜騎士団第二部隊隊長・ブライ=ロックウェルが死んだ後の戦場は、すでに戦いという形を成していなかった。

 その頃、百体あった白竜騎士団の魔装騎士マジックメイルも三分の一程度に減り、それらも耕助のラグナロクの餌食となる。

 そして、鉄鋼門に迫りつつあった帝国軍の前衛部隊も魔装獣機(マジックブルワーク)や、魔機関弩(マジッククロス)を携えたウルバスの兵士達によって掃討されていた。


「…あれが異世界人か…。」


 それまでの様子を、鉄鋼門のある城壁から千里眼(クレアボヤンス)を使い一部始終を眺めていたドルム=バセージはため息ともつかない息を吐いた。


 劣勢を強いられていた戦いを、たった一人で覆す力にドルムはこれまでの自分の常識を疑わざるを得なかった。

 それほどに、耕助の戦いはドルムにとって衝撃的であった。


 ドルムは、千里眼(クレアボヤンス)を解いて、日が傾き、俄に陽射しの勢いが弱まりつつある鉄鋼門前の荒野を眺めた。

 そこには累々と積み上がる両軍の屍や魔装騎士マジックメイルの残骸が所狭しと散らばっている。

 その光景に、苦々しい表情を浮かべながら門の麓に通じる城壁の階段へと歩き始めた。


「…王国は、あのような『怪物』を招き入れ、何を目論んでいるのだ?……いや、そもそもあれほどの暴威、人の身で御せるものなのか……?」


 ドルムは、歩を進めつつ呟きながら、尋常ならざる力を手にした自分を想像してみた。

 しかし、明るい未来を感じることが出来ない。

 思案することを諦めたドルムは二、三度ほど頭を振ると、再びため息を吐いた。


■△■△■△■


「なんだ…これは…。」


 遊撃部隊の散発的な攻撃を受けながら、前線にようやく到着した主力部隊五千の前衛が目にした物は、完全に蹂躙された友軍の成れの果てであった。

 戦場となった荒野には、幾分か敵の姿もあったがそのほとんどは味方の騎士や兵士の遺体と、魔装騎士マジックメイルの残骸が無数に転がっている。


 そして、その向こうにはほとんど無傷の魔装獣機マジックブルワークが、待ち受けるように横一文字に並び砲門を主力部隊に向けていた。


「先行していた白竜騎士団は…?」


 現場の指揮官でもある、主力部隊を率いていた大隊長は荒野を眺め回し、記憶にある勇壮な白い魔装騎士(マジックメイル)の姿を探した。

 だが、それを目にすることは出来ない。

 すると、横一列に並んでいた魔装獣機マジックブルワークの一台がゆっくりとこちらへと向かって来るのが見える。


「大隊長!いかがなさいますか?」


 側にいた中隊長が、心まで覗き込むような視線で聞いてくる。

 大隊長には、すでにこの戦が形を成さない事を承知していた。

 主力部隊が、前線に向かって押し上げた後、本陣は未確認の魔法の一撃により消滅し、前衛部隊も白竜騎士団を擁していたにもかかわらず全滅。


 戦えば、敵を損耗させる事は出来たとしても部隊の全滅は必至とも言えた。

 大隊長は、司令部だった本陣がすでに地上から消え去った事で、全軍を指揮する権限を与えられたが、その判断に窮して言葉にすることが出来ない。

 すると、相対する距離のちょうど半分のところまで近づいてきた魔装獣機(マジックブルワーク)から声が発せられた。


「私は、ウルバス軍防衛省長官であり、この軍を指揮するドルム=バセージである!…この戦いの勝敗は決した!このまま大人しく投降せよ!」


 ドルムは、風魔法の魔道具で敢えて全体に響き渡るように勧告する。

 もちろん、この状況を見た相手の戦意を削ぎ、味方の士気を高める効果も見越してのことである。

 だが、内心は戦闘を続けた場合に、相手に降りかかるであろう惨状を考えると気の毒にも思うものがあった。


 すると、ドルムが乗る魔装獣機(マジックブルワーク)の隣に、明らかにこの世界とは一線を画した機影を持つ一体の魔装騎士(マジックメイル)が立ち、手にする余りに暴力的な槍を地面突き刺して両腕を組んで見せた。


「戦闘を継続するのであれば、この異世界人である神代耕助殿が貴殿らと戦うことになるが、それでもよろしいか?」


 その言葉と魔装騎士マジックメイルの姿に密集する主力部隊全体がざわついた。


「異世界人だと?!なぜ、ここに奴らがいるんだ?!」


「サトラムスの悪夢がなぜ…」


「だが、一体しか姿が見えないぞ?どこかに隠れているのか?!」


「やはり、受け入れるしかないのではないか…?」


 大隊長の側に集まっていた各部隊の指揮官が口々に憶測や先を案じた言葉を交わしている。

 大隊長は、風魔法の魔道具を手にすると、出来る限り毅然とした声色で答えた。


「言いたいことは分かった。…一度、こちらで審議する時間を貰えるであろうか?」


「よかろう。…だが、あまり待たせぬことだ。我々以上に気が短く、情け容赦のない御仁がお待ちなのでな。」


 そう、ドルムが言った時だった。

 日が傾きつつあった主力部隊の上空に、漆黒の闇雲が渦巻き始めると、その中央に紫の外套を纏った魔女が高々と右手を上げて微笑む姿が目に入る。

 

「…セレスティアの…魔女…」


 そこにいた一同は、本陣がわずかな時間で消え去った理由をその時になって気付き、再び戦いが始まった時の自分達の行く末を理解した。


■△■△■△■


「…戦が終わった…だと?」


 ルブラン城内の最奥にある戦時下になった時、総司令部として使用される一室の玉座で女王、グリーム=ヒルデは耳にした報告の異常さに言葉少なく聞き返した。


 その部屋には、中央に大テーブルがあり、そこに戦場となる場所の地図が置かれ、ドルムを除くウルバスの上層部に当たる全員を召集し軍議が開かれていた。


 今回の戦には、ルブラン城を後方に配した周辺の地図の上に戦況ごとの敵味方を模した駒が置かれている。

 その周りには大隊規模の指揮官から物資の調達や兵站の運搬、都市内のインフラを管理する諸将達十数名が集められ、グリームと共にその報告を耳にした。

 

 戦闘が始まったのが、正午。

 今はまだ、それから四時間も経っていない。

 その、わずかとも言える時間に、ウルバス軍は敵に壊滅的な打撃を与え、主力部隊のほぼすべてを投降させたというのだ。


「はい!繰り返しになりますが…我軍は、敵の前線に展開していた部隊を全滅させ、本陣のあった後衛部隊はセレスティアの大賢者様の大魔法により消滅。…その後、前線に現れた主力部隊をドルム長官が降伏の勧告を行い、敵はそれに応じた次第にございます。」


 ドルムの次席に当たるドワーフは、伝令の兵士から聞き及んだ事を改めて自分の頭の中を整理するようにグリームを始め居並ぶ諸将の前で報告を上げた。

 それほどに、この状況は常軌を逸している。


「…なんと…。」


「…我々は勝ったのか…?それもこのわずかな時間で…。」


 諸将は、未だに勝利を実感できず顔を見合わせている。その様子を感じながらも、ドルムから報告を命じられた次官は顔を伏せたまま言葉を続けた。


「…陛下。此度の戦、我軍の勝利にこざいます。…おめでとうございます。」


 グリームは、祝いの言葉をかけるドワーフの後頭部を眺めながら難しい表情を浮かべる。


「…これは、喜んでばかりはいられないぞ…。」


 為政者として、まずグリームに浮かんだことは五千もの捕虜を捕らえるという意味だ。

 ウルバスには、当然、それほどの捕虜を収容する施設はない。

 それに、その後の衣食住に関する費用は数日だけでも膨大になることは必至だった。

 かと言ってそれらを処刑すれば、ウルバスドゥームはロナルディアの歴史に苛烈な国家としてその名を刻むことになる。


 たしかに、決戦にて雌雄を決した結果、損害をもたらされることを考えれば、心情として幾分か楽であったが、それにしても空前絶後の勝利という果実を掴み取ったはずが、その中身はあまりに毒が強すぎた。

 グリームは疼き始めた頭を抱え、深く椅子に沈み込んだ。


 だが、ため息を一つ吐くとそれらの戦後処理をこの時点で考える事を止めた。

 この後に様々な問題が残るとは言え、少なくない兵士が命を賭した結果の勝利であることには変わりはない。


「ドルムを呼べ。戦の詳細が知りたい。…それと、王国の者達を謁見の間へ連れて参れ。」


「かしこまりました。」


 次官は、その言葉を聞くと恭しく頭を下げて司令室を後にした。

 それと入れ替わるように、大テーブルの周りにいた諸将がグリームの前に集まり、片膝をついて言葉を発した。


「陛下。おめでとうございます。我軍の勝利です。」


「おめでとうございます、陛下。」


 グリームは、面映い思いに駆られていたが表に出すことなく毅然と立ち上がると、王杖を携えていた側仕えの従者に手を伸ばしそれを受け取りコン!と突き立てた。


「此度の戦、貴公らの働きにより勝利することが出来た。あの戦況からこの結果をもたらせたのは僥倖である。しかし、全てが終わったわけではない。寧ろ、これからが我らの正念場と捉え各々の役目を果たすように。…わかったか?!」


「「「「「ハッ!仰せのままに!!」」」」」


 グリームの言葉に、諸将は頭を下げると足早に司令室を飛び出して行った。

 それを眺めていたグリームは、再び玉座に腰を下ろすと、その顔に疲労感を色濃くさせながらため息を吐いた。


「…策を弄した我々が、このようなことになろうとは…まさか、これは魔女の策謀なのか?」


 誰も聞かぬ呟きを漏らしながら、グリームは山積された戦後処理のことや、民たちへの戦勝の布告を出して安堵させること、そして約束した王国の者達への褒賞の事を考えると頭を痛めるのだった。

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